12月1日 9時27分
じーじが旅立った。
今年の夏に膵臓癌が分かって手術。
術後リハビリ頑張ってたけど、秋に転移が見つかって再入院。
その時には余命宣告。
わたしの新婚旅行前に、あと数週間と言われ
年を越さずにとうとう旅立ってしまった。
なにかあったらすぐ電話して、と言ってたけど
結局朝の電話に気が付かず
11時頃携帯みたらお母さんからLINE来てて
じーじの訃報を知った。
すぐにでも帰りたかったけど、その日は午後予定がパンパンで変えれず、でも、翌日の出張を変わってもらい、沼津に帰ることができた。
じーじと対面したのは2日の昼過ぎ。
眠っているようだった…。
もう亡くなる数週間前は、ご飯を食べるのもしんどそうで、お母さんたちもはやく楽にしてあげたいと言っていたから、なんだかじーじに会ったら悲しいというより安心してしまって涙が出た。。。
運が良く、すぐ土日で通夜、葬式を執り行うことができた。
金曜日の夜も、通夜振る舞いのときも、通夜の夜斎場に泊まったときも、火葬中のご飯のときも、本当にうるさくてにぎやかで、なんだかびっくりした。
でも、きっと、これで良かったんだなあとも思った。
葬式のとき、にーにがびっくりするくらい泣いていて、それにびっくりしちゃった、、、。
覚悟はしてたけど、やっぱりずっと一緒に暮らしてきた家族が亡くなるってとても悲しくて、、、
良く着てた青いはんてんをじーじにかけてあげたけど、
それ見たらまた泣けてきたなあ。
炉からでてきたじーじはもうカタチはなくなっていて、、、。
しっかりお骨を納めて、、、。
あぁ、本当にもういなくなってしまったんだなあと実感した気がする。
でも今まで本当に頑張ってきたから天国でゆっくり休んで欲しいな。
私が1番悲しいのは、あれだけ涙を流して、悲しくて、寂しい出来事も、いつかは薄れていくこと。
じーじがいなくなった寂しさはしばらくあるだろうけど、そのうち少しずつ薄くなっていくんだろうな、、、。
でも、そうやってみんな、生きていくんだな、、、。
いつかはお母さん、お父さんも
その時がくる。
想像しただけで耐えられないけど、でも、、、
それさえも、
きっといつかは悲しみも薄れて
日常が戻ってくるんだと思う。
ふたりが元気なうちに、
たくさんたくさん親孝行したいなと強く思った。
そして改めて、増尾の家で育って幸せだと感じた。じーじとばーばがいなかったらわたしも生まれてなかったし、こんな楽しい家族じゃなかった。
本当に、ありがとうと言いたい。
わたしも年老いていつか天国に行った時は
また笑顔でじーじと再会したいな。