●ルカ福音書は、本当に「正確な記録」を提出しているのか。

 

WTは、ルカ福音書が歴史的にも本当に「正確な記録」であると主張しているが、疑問視せざるを得ない記述を2:1‐5から実例を一つ。

 

この個所には、イエスの誕生時に「キリニウスによる住民登録」が行なわれたことが記されている。

 

その頃、皇帝アウグストゥスから、世界中が住民登録さるべしという勅令が出る、ということがあった。この住民登録はキリニウスがシリアの属州長官であった時に最初になされた。そしてすべての者が住民登録されるために、それぞれ自分の町に出かけて行った。ヨセフもまたガリラヤから、ナザレの町から、ユダヤへ、ベツレヘムと呼ばれるダヴィデの町へと上って行った。ダヴィデの家と家系の出身だったからである。すでに妊娠していた許嫁マリアムとともに住民登録されるためであった。」(田川訳)

 

さてそのころ、人の住む全地に登録を命ずる布告がカエサル・アウグスツスから出た。(この最初の登録はクレニオがシリアの総督であった時に行なわれたものである。)それで、すべての人が登録するため、それぞれ自分の都市に旅立った。もとよりヨセフも、ダビデの家また家族の一員であったので、ナザレの都市を出て、ガリラヤからユダヤに入り、ベツレヘムと呼ばれるダビデの都市に上った。約束通り彼に嫁ぎ、今は身重になっていたマリアと共に登録をするためであった。」(NWT)

 

 

2:1 世界中が住民登録さるべし

ローマ帝国の住民登録は属州ごとに異なる仕方でなされた。ローマ帝国支配下の世界中で同時に住民登録がなされたという歴史的事実は存在しない。ルカによる誇大表現。次の節では、シリア地方の住民登録しか頭にないことは明らかである。ただしその実体は属州シリア全体で同時になされたものではない。

「住民登録」とは、為政者が税金を正確に徴収するために実施されるものである。人の名前、年齢、職業、家族構成(妻子)などが登録され、ローマにおける人頭税の基本台帳となった。

NWT「人の住む全地に登録を命ずる」。

 

2:2 キリニウス (Kyre(_)nios

ローマの有名な政治家でラテン語名は(P.Sulpicius Qurinius)。本名は、Sulpiciusだが添名のQuriniusで呼ばれることが多い。アウグストゥスの信頼を得た政治家で前5年にクレタ・キュレナイカの属州長官(proconsul)となった。後2/3年と後6年と二度シリアの長官になったと言われているが、前2/3年は仮説。

属州シリアはヘレニズム王朝セレウコス朝の本拠地であり、現在でも東方(メソポタミア)に対する国境の要の場所である。アウグストゥスの死後も次の皇帝ティベリウスにも重用された。後21年没。

 

NWTは「クレニオ」と訳しているが、この個所について、洞察では苦しい解説がなされている。(洞‐1、「クレニオ」の項より)

洞-1 「クレニオ」の項

 

ヘロデ大王の死を前4年とする学者の説を全面否定していながら、確たる根拠もあげずに前1年と確定し、前2年に住民登録の記録もないのに、ベネチアで発見された碑文のクレニオを同一人物としている。結局はルカを信じるか、学者やヨセフスを信じるかの二元論に問題をすり替えている。ところが西暦6年の登録に関しては、ヨセフスを信頼するという一貫性の無さ。自説に都合の良いことだけを信用するという、この詭弁的すり替えは、事実を事実として受け入れることはしたくないという確証バイアスがかかっていること如実に示している。

 

2:2 この住民登録は・・・最初になされた

「これが最初の住民登録であった」とも訳せる。

NWT「この最初の登録は、・・・時であった」。登録が二度なければイエスの誕生が前2年とするWT解釈と一致しなくなるので、「最初の登録」と訳したのだろう。原文では、「最初の」は「登録」の後に置かれている。「この」「登録」「最初」「であった」の語順。

 

洞‐2 「登録」の項には、「クレニオ」の項と同じような確証バイアスがかかっている。

 洞ー2 「登録」の項

 

クレニオの二度のシリア総督就任を一方では「疑問の余地がない」としながら、他方では「実際の総督在任期間はいまだに決まっていない」とし、確かなのは「西暦六年」が含まれていることだけであるとしている。

ルカが、「最初の登録」と「二度目の登録」を区別しているとしているが、原文での「最初の」(prote)という形容語は、「登録」にかかるのではなく、動詞の「あった」(egeneto)にかかるとも解せる。それを「登録」にかかるように書いているのは、「ルカ」ではなく、「NWT」の方である。どうしても、登録が二度あったことを正当化したのであろう。原文を素直に読むのではなく、WTドクマを前提にバイアスをかけ、「正しい」と唱えているだけの解説であるように思える。

 

2:2 この住民登録

ここでもルカは歴史的間違いを多数犯している。そもそも属州シリアはすでに帝国の属州になっていたから、この時点になって慌てて最初の住民登録を行なう必要はない。キリニウスの時の住民登録は、シリア全土に対するものではなく、ユダヤ・サマリア地方だけの住民登録である。

ヘロデ大王(前4年没)のあとアルケラオス(Archelaos)がユダヤ・サマリア地方の領主となったが、後6年に失脚させられ、以後ユダヤ・サマリア地方はローマの直轄地となった。それでこの時(後6年)に、ユダヤ・サマリア地方でローマ帝国による住民登録がなされたのである。

実際の仕事は、キリニウスがシリアの長官となったと同時にユダヤの代官(procurator)に任命されたコポニウス(Coponius,後6‐9年)が、キリニウスの指揮下で実施したものである。歴史資料にいろいろ記録があるが分かりやすいのは、ヨセフス「ユダヤ古代史」18:1‐2(1:1)、17:355(13:5)、「ユダヤ戦記」7:253(8:1)など。

 

ルカの最大の間違いは、もしこの記事が正しければ、イエスの誕生が西暦紀元後6年になってしまうことである。そうすると、ピラトが代官だった時にイエスが殺されたのは確かだから、イエスは20代半ばで死んだことになる。

しかし、ルカ自身がイエスの宣教活動のはじめを、30歳ぐらいだった、としている。(3:23)こちらを受け入れると、イエスの誕生はヘロデ大王の死の直前か、アルケラオスの即位直後あたりになる。(前4年)ユダヤがまだローマの直轄地となっていなかった時代である。

ルカはマタイのようにイエスの誕生に関してヘロデ大王による幼児虐殺の伝説(歴史の記録には存在しない)を記してはいないが、マタイと同じくイエスの誕生を前4年の時期に想定している。(ルカ1:5参照)

 

結局、ルカはこの住民登録の話(2:2)をイエスがベツレヘムで誕生した話と結びつけて書いてしまったのである。ユダヤの歴史やユダヤ教についてはそう確かな知識は持ち合わせていないのに、すべてを、はじめから、詳細に(NWT正確に)、追って、福音書を書いた(1:3)、などと言っているのである。

 

マタイ・ルカの時代になると、イエスはガリラヤのナザレで生まれたのではなく、ユダヤのベツレヘムで生まれたはずだ、という信仰が流布しはじめていた。メシア=キリスト信仰の伝播と共に、メシアがガリラヤの片田舎に生まれるはずがない。メシア=ダヴィデの子であるのだから、ダヴィデの都市であるベツレヘムで生まれたにちがいない、という信仰も生まれていた。

 

マタイはその信仰を基本に福音書を書いているし、ヨハネ福音書はその信仰に対して批判的に言及している。(7:42)ルカは奇妙に律儀だから、ガリラヤ人のイエスがどうしてベツレヘム生まれとされているのを読者に説明する必要性を感じて、キリニウスの時の住民登録の話を思い出し、住民登録のためにベツレヘムに行った時に誕生した、としてしまったのか、ルカ以前にそうした話が伝承されていたのか、であろう。

 

次節以降にも、いろいろ事実に反する記述が並ぶ。何とかしてこれらの記述すべては歴史的にも正確なのだと悲壮な論証が試みられてきた。(ヘロデ王の時にもローマ帝国による住民登録が行なわれた、とか(WT採用)その他いろいろ)

 

20世紀初めに、ドイツのシェーラー(E.Schurer,asso.,508-554)が長大な論文で論証したが、無駄な抵抗を続ける神学者が今も絶えない。エセ神学者のJWはなおさらである。

 

NWT「(この最初の登録・・・)」。2:2全体を( )でくくり、挿入句であるかのように見せかけている。本文であるにもかかわらず、WTは本文とは認めないという宣言のようである。キリニウスによる登録がAD6年に行なわれたものであることを知っているからである。キリニウスをクレニオとしているのも、歴史的事実とは異なることを指摘されないための工作であろう。統治体が真理を愛しても居らず、真理を信者にも教えるつもりもなく、当然真理を探究するつもりもない存在であることは、この( )からも明らか。WT解釈を論証するために、ルカ2:2を本文から消し去りたいのである。

 

2:2 属州長官 (he(_)gemoneuo(_)n

この語は「支配する」という動詞の現在分詞を名詞化したもの。ローマ帝国から地方に派遣する行政責任者を指す語。

一方、「地方長官」と訳される役職名は、proconsulで、ローマ元老院議員から1年交代で同時に二人選ばれる行政の最高地位であるコンスル(consul)経験者に与えられた称号。実質的には属州の長官がそう呼ばれた。

ギリシャ語の訳語は、anthypatosが用いられる。(使徒18:12「アカヤの長官ガリオについて」)しかしギリシャ語では意味が拡大されて、proconsulでなくても地方の代官にも用いられることがある。(使徒13:7のセルギオ・パウロス)ルカはそれより位が低い代官(procurator)のピラトに関してもプロコンソルと呼んでいる。(3:1)

NWT「総督」。

 

2:3 すべての者が住民登録されるために、それぞれ自分の町に出かけて行った

間違いが二つ。

第一に、住民登録は現在居住している土地でなされるものである。古今東西、先祖の土地に行って登録する、などということはあり得ない。ローマ帝国の場合も税金を徴収するための基本台帳を作るための登録であるから、当然のことである。ルカがはっきりローマ帝国による住民登録だと言っているのに、ユダヤ人国家の場合は先祖の土地に行って登録した、という説(WT採用)もあるが、すでに多数のユダヤ人は自分の遠い先祖がどの町の出身であるかなどは解らなくなっていたのであるから不可能である。

第二に、家父長制社会における住民登録は、家父長が代表して行なうものであり、妻がわざわざ夫の先祖のそのまた先祖の町まで夫と一緒に出かけて行く、などということはあり得ない。詳しくはシェーラーの論文参照。

NWT「すべての人が登録するため、それぞれ自分の都市に旅立った」。

 

2:4 ダヴィデの家と家系の出身だった

1世紀末近くになって、イエスを「ダヴィデの子」とみなす信仰が確立した以後に、こうしたことが考えられた。

NWT「ダビデの家また家族の一員であった」。

 

 

 

 

 細かく文章にすると面倒なので、メモだけを載せたが、歴史的には「正確な記録」ではない記述がルカ福音書には記されているようだ。