●ヨハネ福音書 (田川訳新約聖書の解説より)
謎の多い福音書。一方では当時すでにキリスト教信仰の基本教条となっていたイエスは神の子だという信仰を共有しつつも、しかし、神の子であれば人間を絶対的、決定的に超えた存在のはずだから、人間が人間の表現力でもってそのことを描けるわけがない、という疑問を保ち、それを正直に突きつけ続けた。つまり自分の中に解決できない二律背反をかかえ続け、しかもそれを解消するのは無理だ、と自覚していた。その結果として彼は、わけのわからない謎のような発言を書き続けることとなった。
ヨハネという著者名は後からつけられたもの。この本を書いた以外は、どういう人物であるか、一切不明。内容、ギリシャ語の質からして(マルコよりも更に下手)、ユダヤ人出身であるのは確かだが(エルサレムの町の事情をよく知っているから、元々はエルサレム出身?)、新約聖書の著者たちの中でおそらくもっとも強く、ユダヤ教、ユダヤ社会に対して批判意識を持っている。
また、ごく僅かだが確かな証拠からすれば、明らかにマルコ福音書の存在を知っており、それを常に意識しながら書いている。そのことからすれば、時期的に、マルコ福音書から非常に遠く隔たっていたとは考えられない。またイエスの出来事の細部(特に受難物語、しかし他にもいくつか)についてマルコよりも事実を正確に知っていて、それを読者に伝えようとしている。
残念ながら、この文書にはやや後になって(数十年後?)、かなり水準の低いキリスト教教条主義者によって多く書き加えがなされた(6:37-58のうち大部分、15-17章の全体、その他多数)。現代の新約研究者はこの人を「教会的編集者」と呼んでいる。(第五巻註761頁以下)しかし、黙示録の場合は原著者の文とのちの編集者の文が極めて鮮明に識別できるが、ヨハネ福音書の場合は、大づかみにはこの個所は編集者の文だ、と言えるとしても、細部の個々の単語、表現まですべてどちらかであるか自信を持って言い切ることができるほどには私はまだヨハネ福音書の本文を十分に細かく検討していないので、本書ではまだ、両者の区別を訳文にまで持ち込むことはしなかった。気になる方は第五巻の註をお読みいただきたし。
第五巻の註761~「福音書著者、教会的編集者」の項
というわけで、本書の註では、両者を区別する都合上、このようによぶことにした。これは私の命名ではなく、これまでこの学説を採用する人たちが同様の呼び方をなさっておいでである。お気をつけいただきたいのは、マルコ、マタイ、ルカについては、これまでしばしば福音書の著者自身が「福音書編集者」と呼ばれてきた。つまりこの場合は「著者」と呼ばれているのと「編集者」と呼ばれているのが同一人物である。それに対し、ヨハネ福音書の場合は、この二つの呼称は全然異なる人物を指す。文中、紛らわしさを避けるために、私は前者については、「福音書著者」ないし「ヨハネの著者」等の言い方をしているが、後者については「著者」という語を用いず、一貫して「編集者」ないし「書き手」と呼んでいる。日本語では「著者」と「書き手」を単語としてこのように区別して用いるのはいささか無理があるが、本書に限り、一つの符号として御了解いただければ幸いである。
なお、この編集者のことを「教会的編集者」と命名したのはW・ブセットである(W.Bousset,Kyrios,2,Aufl.1921,Gottingen,117)言い得て妙。まさに、元来のこの書物に欠けていた(著者が敢えて無視した)教会的典礼(聖餐、洗礼)を強調する文章や語句をあちこちに挿入し、またそれ以外の教会的ドグマをちりばめたからである。ただし「編集者」と呼ぶのは適切かどうか。マタイやルカは明瞭に編集者であるが(マルコやそれ以外の資料を集めて一つの書物にまとめ上げる編集作業をなした)、ヨハネの「編集者」の方は、どうやら狭義の編集作業は何一つ行なっていない。あちこちに文章を挿入しただけである。
わたしが教会的編集者の手に帰したのは、以下の箇所である。それぞれについて、それぞれの個所の註をお読みいただきたし。
(1)確かにそうである箇所、ないしほぼ確かな箇所
一章 10b-13節、14後半―18節
三章 5節(「水」という語)、11-21節(の多くの語句、文)、31-36節
四章 22節」
五章 14節、28-29節、39節c
六章 37-40節、44-46節、51―58節
八章 51節
十一章 49-52節
十二章 37-41節、48-50節
十三章 10-11節、18-20節、28-29節、32-35節
十四章 3節、12-25節(ただしうち16-19節は不明)、28節
十五章~十七章の全体
十八章 9節、13節(「その年の大祭司」という句)、14節、28節
十九章 23b-24節、28節(「書物が成し遂げられるため」という句)、34-37節
二十章 9節、17節(「わたしの父はあなた方の父」以下の句)、19-23節、24-27節(うち多くの部分)、30-31節
二十一章 これは、教会的編集者というよりも、それよりもっと後の付加
(2)かなり確か、ないし多分そうである箇所
六章 28-29節、36節
七章 38-39節
(3)もしかするとそうかもしれない箇所
五章 45-47節
もちろん本質的には、仮説の領域に属する事柄である。従ってこれが100%確かな表というわけにはいかない。しかし、ほぼ9割程度は確かと言えよう。そしてまた、もっと研究が進めば、この表に入れられていない相当数の個所もここに追加されることとなろう。
なお、御注意いただきたいのは、ここでもまた、残っているものは知ることができるが、残っていない事柄はわからないのである。つまり、教会的編集者が付け加えた文章は、以上のような作業によってほぼ明らかにすることができたとしても、もしも彼が元々の福音書著者の文章の一部を削除してしまったのであれば、その削除された部分はもはや永久に失われてしまって、そこに何が書いてあったのか、そもそも何が削除されたのかも、我々には知ることができないのである。しかし、実際のところは、教会的編集者の文章と露骨に矛盾する福音書著者の文が多く残されているので(その矛盾の故に、我々は両者の違いを見分けることができ、どこが教会的編集者の文であるかも判別できる)、彼らは、少なくとも組織的には、元来の著者の文をあちこち大量に削るようなことはしなかったのだろうと思われる。けれども、全体の傾向としてはそうだ、というだけのことであって、いかなる個所においても編集者が挿入文の両側にある著者の文を一単語といえども削ることをしなかった、などということは保証されない。明白に教会的編集者の文であると思われる個所を抜き去って、両側の原著の著者の文を直接つなげてみても、すんなりつながらない場合も時々見出されるのである。このあたり、どうも原著の文が少し消去されてるな、と臭う箇所がところどころある。しかし、何となく臭う、という程度であって、こういうことは、今となってはもはや、我々の批判的分析によっても再現することは不可能なのである。失われたものは、残念ながら、失われてしまったのだ。
それから、すでにお気づきのように(ところどころ「たち」をつけておいた)、教会的編集者は一人であったとは限らない。マタイ福音書の場合、最終的に文章を書いて現在我々が見る形に仕上げたのは一人の編集者であっただろうが、それに至るまでの過程で、彼の仲間たちが、ないし先輩たちが、いろいろと作業した成果を彼が引き継いで、それを最終的に仕上げた、という可能性が強い。(マタイ1:22の定型引用についての註参照)。ヨハネの教会的編集者の場合も、当然ながら、ある程度の人数の人たちの共同作業、ないし彼らの集団に支配していた意見を誰かが文章化して書きこんだものであろう。もしかすると、文章化する作業そのものも数人の異なった人物がやったのかもしれない。このことは、最も典型的に鮮明な教会的編集者の文と言える6:51-58と、同じく露骨に原著者の文とは質が異なる15-17章の長い作文を比べて御覧になると、よくわかる。文章の内容的な質は共通している。まさに同じような連中の同じような考えを文章化している。しかし、そのギリシャ語の癖がそっちこっちではだいぶ違うのである。とすると、それぞれ、考え方、志向においては一つ穴の狢であっても、そっちとこっちは別の人物が文章化の作業をやったのではなかろうかと、と考えたくなる。
けれども、もしかすると、あっちとこっちの文章の癖が異なるのは、6:51-58の場合は、何せ中身が聖餐式に関わる文言であるから、彼らの仲間の中ですでにこういう文章でくりかえし唱えられ、ほとんど記憶されるに等しい状態であったのを、一人の編集者がほぼそのまま文章として書き込んだのかもしれず、それに対し15-17章(ないし13-14章のかなりな部分も含む)については、基本的な理念、個々のドグマの箇条は彼ら全体が共有するものであったとしても、文章としては、6:51以下と同一の人物が書いたのかもしれない。等々。従って、この点についても、確たる答は得られない。
ただ、一つだけ鮮明な事実は、この点についても、文章化の作業そのものは一人でやったのかもしれないとしても、彼らが一つのまとまった集団を形成していたということである。そのことは、第一ヨハネ書簡と比べてみればよくわかる。福音書の教会的編集者と第一ヨハネ書簡の両者は、内容においても、考え方の傾向、質においても、ギリシャ語の言葉遣いの特殊な癖についても、極めてよく似ている。両者同じ人物ではないか。という説を唱える人もいたくらいである。第一ヨハネ書簡はいわば、ヨハネ福音書の教会的編集者たちの間で支配していた理念、ドグマ、異端排除の姿勢を文章としてまとめたものと言ってよい。つまり、第一ヨハネも含めて、教会的編集者の仲間は一つの集団をなしていたのである。従ってまた、福音書の中の文章で、いくつかの理由により、多分教会的編集者の筆になるのではなかろうか、と疑われる個所が、さらに第一ヨハネの文章と一致する点があれば(しかしその特色は福音書著者の書いた部分には出て来ないとなれば)、その箇所は確実に教会的編集者の文だ、と結論を出すことができる。
最後に21章の復活者顕現の伝説を付加したのは、文章の質からして、多分、これら教会的編集者ではなく、それよりも更に少し後の別の人物である。
WTによるヨハネ福音書の解説 (洞察-2 「ヨハネによる良いたより」の項より)
イエス・キリストの地上における生涯と宣教に関する記述。四つの記述のうちの最後に書かれたもの。
筆者 この書は筆者の名前を挙げていませんが,これが使徒ヨハネの手によって書かれたことは,ほとんど例外なく認められてきました。2世紀に存在したある小集団を別にすれば,当初から,ヨハネが筆者であることを疑う人はいませんでした。その集団にしても,この書の教えを非正統的とみなしたゆえに異議を唱えたのであって,筆者に関する何らかの証拠があって異議を唱えたわけではありません。ヨハネが筆者であることが改めて疑われるようになったのは,現代の“批判的な”学者たちが登場してからのことです。
ゼベダイの子である使徒ヨハネが実際に筆者であったことを示す内的証拠は,いかなる反対の論拠をも圧倒するほど多く,様々な観点から成り立っています。ここではごく少数の限定された点にしか言及しませんが,明敏な読者はそれに留意することによって,もっと多くの点に気がつくでしょう。次のとおりです。
以下略
WTがヨハネ書から引用する場合は、「教会的編集者」の箇所が非常に多いことに気付く。
WT信仰の要でもあり、多くのJWが大好きな聖句の一つとして挙げるヨハネ3:16「神は世を深く愛しご自分の独り子を与え、誰でも彼に信仰を働かせるものが滅ぼされないで、永遠の命を持てるようにされたのです。」という句も、ヨハネ17:3「彼らが唯一まことの神であるあなたと、あなたがお遣わしになったイエス・キリストについての知識を取り入れること、これが永遠の命を意味しています。」という聖書研究の必要性を説く句も、田川訳によると「教会的編集者」による原著への付加文である。
WTによれば、「使徒ヨハネが実際に著者であったことを示す内的証拠は、いかなる反対の論拠をも圧倒するほど多く、様々な観点から成り立って」いるようです。
しかしながら、使徒ヨハネが福音書を書くほどギリシャ語ができたということを示す、聖書的な内面的証拠はどこにあるのだろうか。聖書中にイエスが実際に発語した言葉として記録されているのは、すべてアラム語であり、ギリシャ語ではない。同郷の使徒たちもアラム語しか理解できなかったのではないか思われる。十二使徒の中にトマスがいるが、彼だけがギリシャ語名であり、彼らの通訳をしていたのではないかと思われる。
また、イエスが自分で自分のことを「キリスト」であると語ったという確かな事実は存在しない。イエスを「キリスト」に仕立てあげたのは、イエス自身ではなく、むしろ「弟子たち」の方であることを考えると、ヨハネ17:3の最後の晩餐におけるイエスの長い講話やドグマ的な発言は、弟子たちのキリスト信仰をイエスの口に置いたものと考える方が自然のように思う。
「現代の“批判的な”学者たち」の意見を検討することは、「明敏な読者」がすべきことではない、という刷り込みを与えようとしているように読める。
”批判的な“学者たちに、「圧倒的な論拠」を示し、検証することこそが、聖霊によって油注がれ、「み言葉を委ねられた地上における唯一の組織」と主張する「キリストの代理をする大使」の方々の役割ではないだろうか。