A新聞とか、テレビとかで、「集団就職」が取り上げられるとき、
当時への郷愁とか、当時の誇らしい社会背景とかへの言及はあるが、
私は、「集団就職」は、都市計画や産業配置の誤りは、あのときから始まったと反省すべき事態であると考える。
当時、中卒の若い、幼い少年、少女が親元を離れて、東京や阪神地域に働きにでないといけない状況を、みんなが避ける方法を考えたら、その後の都市への集中も地域の衰退も避けれたはずだ。
なぜ、集団就職を減らすため、働き場を地方に分散させることを積極的に進めなかったのか。
結局、個人の幸福やヒューマニズムを無視しつづけた結果が、その後の、都市の過密、地域の過疎、核家族化など多くの社会全体の不幸につながった。
少なくとも、昭和30年代当時は、地方都市にもいまより産業があり、活気もあった。都市基盤も東京・阪神と大差なかった。
それが、すっかり地域は衰退した。
はじまりは、集団就職、個人の苦労、不幸を無視しし続けて、日本全体の「不幸」が始まった。
