コウタロー競輪 -31ページ目

コウタロー競輪

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親が子供を駄目にする原因には、

言葉の暴力が大きく左右しています。



私はそんな暴力的な言葉は使いません。

答えはいつもこう言う答えが返ってきます。

本当に使ってないか考えて見ましょう。



 お子さんに対してだから言ったでしょう。

とかいつもそうなのだから、やはり駄目だったのとか、

だから、いつも、やはり、このような言い方はすでに言葉の暴力なのです。

始める前からその子を馬鹿にした言い方なのです。



人権を無視した言葉の暴力なのです。



 もしあなたがお友達や上司からこのような言い方をされると、

けむたがり少しずつ距離を置くようになりませんか。

言葉の暴力から逃れる賢明な策です。



誰でも好きな人には近づき、

嫌いな人から遠ざかる自然な動きです。

あなたのお子さんも、言葉の暴力から逃げる為、あなたから遠ざかったのです。



知らず知らずの言葉の暴力、直したいですね。

あなたが変われば周りも変る、楽しく明るい家庭はあなたによって変るのです。

あなたの居場所を大きくするのも、居場所をなくすのもあなた次第なのです。







流しそうめんの季節ですね
家族で仲良く流しそうめんパーティー
しませんか?



【ドリフ大爆笑'85】 流しそうめん




土佐犬


もはや人間で言えば還暦になる土佐犬

彼は既に現役を引退したが、
過去の栄光を忘れられない


夢は現実化すると信じ生きる土佐犬
まだこれからだ!

出来ない事は
出来ないではない

できるまでやるのだ

たとえ今老いていても
それが夢だったとしても

みかん

今から三十五年前、愛知県の知多半島で測量の仕事をした時のことである。

単に送電線の測量をしただけであるが、その感動は今も鮮明によみがえる。

栃木県の田園地帯で育った私は、みかん畑の測量が言葉に出して言えないぐらいの感動ものでした。

 みかん畑の上を送電線が通る為の地形測量である。

送電線の線下にあたる、みかん畑の中を喉が渇いたと言い、みかん一個失敬して、又喉が渇いたと言ってみかんを失敬して、まるでピクニック気分で仕事をしていました。


それは異国の地で測量をしているような気持でした。


実際その後何度か海外で測量の仕事を経験しましたが、これを上まわる感動はありませんでした。

 このピクニックのような仕事も、私たち測量の仕事だけで、この後すぐに工事関係の人達で、みかん畑の中を大勢の人達が行ききするようになると、みかん農家から苦情が入り、みかんを取るなというお触れが入り、休憩所にみかんの箱がいつもいっぱい置いてありました。

でもみかんはみかん畑から直接もぎって食べるのが美味しいのです。いいとこの横取りは私たちで終わってしまいました。

 このみかん畑の測量の感動があったから、今まで測量の仕事をしてこられたのだろう。

若い時の感動、たわいもないことでも、あれほどの感動はしたことがない。

目に見える感動をと思い、人は頑張っているのだろう。

人の感動とは、その人の物差しで測るのであって、他愛もないことが大きな喜びであることがたくさんある。

あのみかん畑の測量を上まわる感動がない。

そんな他愛もないことがいつも鮮明によみがえり、明日へのパワーとなるのです。