プロローグ ─── 「ブッシュ王朝(1)忘れてはならない歴史」からのつづきです。

 

 

ブッシュ王朝(2)

Global Research]2018年12月5日 ゲイリー・G・コールズ医学博士

 

pixabay

 

 

パナマ侵攻

1989年、数え切れないほどの無実のパナマ市民がアメリカ兵によって殺害されたのがパナマ侵攻であり、ノリエガを投獄した「Operation Just Cause(ただそうなった作戦)」です。

 

一つの大きな動機は、1977年にパナマとジミー・カーター大統領が結んだ「新パナマ運河条約」にありました。運河地帯のアメリカ支配を徐々に放棄し、2000年までに基地を撤廃する約束です。

 

しかし、ブッシュのパナマ侵攻は、おそらくウォール・ストリートと軍産複合体のの意図通りにはならず、すべてのアメリカ軍施設は最終的にパナマに引き渡され彼らの不満は募りました。

 

「Operation Just Cause(ただそうなった作戦)」は、民主党が支配的だった連邦議会の承認を得ていません。

 

たくさんの進歩的な法律が議会で承認され、共和党のジョージ・HW・ブッシュの署名を得るため大統領執務室に届けられました。署名する以外にほとんど選択肢はなかったでしょう。

 

署名された法案

 

1989年  4月10日 内部告発者保護法
1989年10月28日 1989年の旗保護法
1990年  5月22日 1989年の生物兵器反テロ法
1990年  7月26日 障害を持つアメリカ人法
1990年  8月18日 油濁法
1990年  8月18日 ライアン・ホワイト・ケア法
1990年  9月25日 ホテルおよびモーテル防火法
1990年10月30日 ネイティブアメリカン言語法
1990年10月30日 個別障害者教育法
1990年11月  5日 オムニバス予算調整法(1388年ヒトゲノム・プロジェクト資金提供を含む)
1990年11月12日 水資源開発法
1990年11月15日 行政紛争解決法
1990年11月16日 アメリカ先住民の墓地保護および返還法
1990年11月28日 トンガス森林改革法
1990年11月29日 交渉された規則制定法
1990年11月29日 移民法
1990年12月  1日 司法改善法

 

 

拒否された法案

 

1990年10月22日 公民権法

 

ビジネス・プロット

アメリカ政府に対するウォール・ストリートや軍産複合体の影響は、「ビジネス・プロット」と呼ばれたや1933年のクーデターが象徴的です。概要は次のとおりです。

 

1933年、KKKやアメリカ自由連盟などと緊密な関係にあった裕福な実業家グループが、FDRをホワイトハウスから追い出し、アメリカ政府を転覆させようとしたクーデター計画を多くの人は知らないでしょう。

 

退役軍人を特攻隊にし、FDRを辞任させ、ニューディール政策を止める計画があったのです。グループは、名誉勲章の元海兵隊スメドレー・ダーリントン・バトラー少将にアメリカのカエサル(皇帝)になるよう頼みました。

 

幸いにもバトラー少将は真の愛国者で、クーデターに協力せず、議会とジャーナリストに陰謀を暴露しました。

 

 ─── 『ホワイトハウス乗っ取り:FDR打倒という衝撃の実話』(ジュール・アーチャー著、Skyhorse Publishing刊、2015年)

 

このクーデターの首謀者の一人が、プレスコット・ブッシュです。2010年3月6日の私の記事から補足します。

 

今日、アメリカとヨーロッパにあるのはファシスト銀行主義です。ビッグマネー(銀行と大企業)は、何をしているか分かった上で、私たちを奴隷に変えました。エリートとファシズムには、長く語られてきた歴史があります。

 

特権階級の人々が、過去のファシスト政権に出資し支援してきましたた。彼らは、ビジネス・プロットでアメリカを手に入れようとしました。政治の裏口は開かれ、すでに彼らが権力を握っています。

 

ビッグマネー(銀行と大企業)は、ファシズムこそ完璧な政治形態だと信じています。人々は、強欲な機械と戦争の労働力に過ぎません。誰も信じたくはないでしょうが。

 

しかし、これも彼らの計画の一部に過ぎません。

 

国のお金の管理を任せてくれるなら、誰が法律を作るかなど気にしません。

 

─── マイアー・アムシェル・ロスチャイルド

 

 

エピローグ ─── ビジネス・プロットの詳細については、機を見てご紹介したいと思います。風雲急を告げる。現在、さまざまな重要な問題が浮上しておりますので、そちらを優先しようと思います。

 

ブッシュ王朝(3)ビジネス・プロット」へつづく・・・。