最近、ババジの名前をまた目にすることが増えてきた。
ババジとは、インドの幻の聖者で、シヴァ神の化身とも言われる不老不死の聖者だ。ただ現在は、肉体を持つことを辞めているけれど。
私のババジとの出会いは、夢の中だった。
ちょうど師匠のもとで、海外支援活動に専念していた頃。
夢の中に師匠が出てきた。夢に師匠が出てくることはたまにあるのだが、その時の夢の中で師匠は、私に対して座ったまま深く頭を下げてお辞儀をした。そしてゆっくりともう一度顔を上げたとき…別人に変化していたのだ。
師匠はミャンマーの高僧なので坊主頭なのだけれど、顔を上げた時には髪の毛が長く、ちょっとエキゾチックな顔をした綺麗な青年に変わっていた。その美青年にニコッと微笑まれた。
…そんな夢。
その夢の中の青年が(美形だし)余りにも印象が深かったため、その日、当時携わっていた某セラピーのミーティングの時に友人のKちゃんに話した。するとKちゃんが「それってババジじゃないかな」と教えてくれた。
「パラマハンサ・ヨガナンダという人が書いた「あるヨギの自叙伝」という本があるんだけど、そこに出てくるマスターだよ。読んでみるといいよ」とKちゃんが教えてくれたとき…その瞬間、物凄いエネルギーがその場に降りてきたのを感じて「え?」と驚いた。場所は飯田橋の「カフェドクリエ」である。
でもその時一緒にいた3人が、3人ともその強いエネルギーを感じた。
そのエネルギーは滝のようなズドドドド!!みたいな感じの凄まじさだった。
「今の…何???」
「なんか…凄かったねw」
一緒にいたAさんが「何か、カードみたいの持ってる?」と聞いてきたので「なんで?」と聞くと、「今のエネルギーをそのカードに転写して残して置けると思う」と言われ、財布の中にあったもう期限の切れていた某店のポイントカードにエネルギーを転写して貰った。
Kちゃんからも、ババジだと言われている人の写真をパソコンで送って見せてもらうと、夢に出てきた人物と髪の感じや顔立ちがそっくりだった。

……これは…
………ただ事じゃないなw
あまりにインパクトのある出会いだったので、早速「あるヨギの自叙伝」を読み始めた。凄く分厚い本だったけれど、内容はとても面白く、スラスラと読めた。

特に、その頃、セラピストとして身を置いていたスピリチュアル業界と、霊的な事の様々な側面に結構振り回されていた時期だったので、物凄く勉強になった。読みながらハートが「これが『真実の霊性への態度』なんだ…」とはっきりと感じているのがわかった。
そして読み進めていくうちに、いきなり背後でまたカフェドクリエにいた時のような物凄いエネルギーを感じて「え?!」と思ったそのすぐ後にページを開いたら…
そこからババジの章だった。
これは…完全に注意喚起サインだな……
実際そこで書かれていたババジのお話は、とてもその時の私に必要かつ重要な物語だった。
当時、師匠の元で色々させていただいている他にも、仕事柄、霊的な能力を持つ何人もの人と関わりを持っていた。その中にはサイキック能力を、自分のエゴ(&人のエゴ)を増大させる為に使用しているスピリチュアル業界人も多かった。
特に当時繋がりのあったある一人の風水師に対して、私はひどく嫌悪感を抱いていた時だった。自分が引き寄せた人物であるにもかかわらず、どうしてもその人物への嫌悪と憎しみが手放せず、かなり悶々としていた。
その頃私は、シャスタというアメリカの有名な聖地に行く話が出ていたのだけど、行くと決めた後から様々に問題が起こって、頓挫しそうになっていた。
余りにいろいろ起こるので、とある神社にお参りに行った時におみくじを引いてみたら「凶」(その時初めて引いたw)が出たり。
「良くない旅になる」と出たのだが、それでもシャスタ行きに執着していた私は懲りずにそこでもう一度引いて、二度目にも全く同じ「凶みくじ」を引いてしまったりw
その他にも様々な情報が入ってきて、シャスタと言う地が、聖地ではあるけれど、あらゆる宇宙的多次元的存在のアクセスが集まる場所で、光と闇の両面ともに強く、所謂善良な意識体(宇宙人)もいれば、邪悪な意識体もいる為、霊的に結構危険な場所なのだということ。
そして自分の意識状態に合わせた「引き合い」が起こるため、どんな意識でそこに行くのかが凄く重要な場所なのだ、ということが知らされていた。
そんな中での、一連のババジ事件だったのだった……
そのババジの章では、サイキック能力を使って人に奇跡を見せて魅了し、人の注意を惹きつけるような霊性の使い方をしているエセ聖者のことを、ババジの弟子が「あれは間違っている、本物ではない」と内心で蔑んでいると、ババジが無言でそのエセ聖者の元に歩み寄り、深く礼拝する、とうお話だった。
つまり、確かに霊性を誤って歩む者もいるが、どんな人間の中にも「神」はいる。そこを見なさい、とババジが弟子に身を持って教えるという章だった。
衝撃だった。実際に私はその時に、その某風水師を心の中で蔑んでいたからだ…
まるで心をそのまま見透かされてるようだった。
恐らくそんなヤバイ意識のままでシャスタに行ったら、私のその闇的部分と引き合う存在と繋がってしまい、闇部分が増大してしまうような(いわゆるダークサイドに落ちるダースベイダーのごとく?)…かなり霊的に危うくきわどい状態にその時の私はいたのだろうと思う…しかも、相当にww
…でないとここまで連打でサインが来ないよね…
そうまでされないと気づかない私も私だが…(ΦㅅΦ;)
その章を読みながら、実は自分自身が、過去生(以前のセドナ旅行のときに最初に思い出した過去生)でその風水師と同じような事(否、もっと人として酷いこと…)をしていた事を思い出し
私自身がその過去生の自分自身のことを、もの凄く憎み、後悔して、許せずにいたことに、ハッと気づいたのだった
その瞬間、大号泣………
自分の認めたくない許せない部分を、その風水師に投影し、憎み蔑んでいたけれど、実際に蔑んでいたのは「自分自身」だったのだ…………
その気づきは、かなり大きな転換となった。
それまでずっと、切ることが出来ずに悩まされ続けていたその風水師との腐れ縁は、その後綺麗に消滅した。
またシャスタへの旅も無事行けることになり、結果、とても光溢れる面白いものとなった。
そしてその一連の体験を通して「まやかしの光」というものがこの霊的世界にはあることを識った。
まあ、もっと大きな括りで言ったら「まやかし」って無いのかもしれませんが、でも明らかに違いがある、ということ。
それは例えれば、太陽の発する光と、電飾の発する光のような違いなんですけれど…(後者はなんだかやたらとキラキラ、チカチカするんですwそれにどこかで己の本性を偽っている…「そうでしかないもの」ではない感じ?)
そして何よりもこの体験を通して、私にとってはババジという存在が凄く身近な存在となったのだった。
2へ続く