
24年前の今日
3月19日(火)午前7時26分
長女を出産しました。
予定日はたしか…
3月9日だったはずです。
よほど私のおなかの中は、居心地がよかったのでしょうか^^;
予定日から一週間を過ぎてもまったく産まれる気配がありません(゚.゚)
あまりに遅すぎるので
3月18日は検診入院決定。
この日は春の兆しを思わせるようなポカポカ陽気
でした。入院、出産をしたらしばらくは
に戻れないので、と大きなお腹を労りながら
ベランダでお布団干しなどしていた午前中。
タクシーで15分ほどの
板橋の大学病院に着いたのは午後のことでした。
4人部屋に入り、
検査をひと通り夕方まで受け
夕食を済ませた頃
看護師さんが病室に入って来て
「今夜、陣痛が来なかったら明日の朝、お薬を飲んで産みましょうね~
」とだけ言って、どこかへ行ってしまいました。
???
陣痛誘発剤を飲むんだなぁ~

と、すぐにわかりました。いやだな~

朝が来る前に
薬を飲む前に産もう!
直感的にそう決めました。
決める ものではないのかもしれないけれど・・・。
4人部屋にいた私のほか
3人はすでに出産を終えた先輩の方ばかりでしたので
私は皆に「その時」の様子を尋ねていました。
あの~?
陣痛ってどんな感じですか~?
皆それぞれでした(^^ゞ
消灯時間が過ぎても
皆で楽しく話をしていた。
相変わらず
お腹の中の子は大人しいままです。
しばらくして
日付が変わろうとする頃。
一回目
の陣痛が来た。すぐ消えたけれど…
これだ!と直感しました。
30分も経たぬ内
二回目
が来ました。三回目、四回目・・・は
すでに5分間隔。
隣のベッドに居た先輩お母さんが
「来たね

」と、喜んでくれました。
お腹の中の赤ちゃんからの合図だったんですね

かなり一気に来たので、
看護師さんはシブシブだったけど
陣痛室に移らせてもらいました。
おそらく、あと1~2日は産まれないと思っているかの様な落ち着き過ぎる対応でしたけど^^;
あ~!なるほど。。。
私のこの感覚(痛み)は今まだ、看護師さんには伝わってないんだ~^^;
『その時』が近いことは
私だけが体で感じていたのです。
赤ちゃんがゆるやかな螺旋状の狭い産道を
体をひねりながら降りているのもわかりました。
その度に先生を呼んでもらって、様子を見てもらう。
私が初産だからなのか・・
まだまだ生まれないよ、と先生は言う。
しばらくして
また赤ちゃんが産道を降りてゆきます。
かなりの痛み。
妊娠中、区の保健所の
母親教室で教わった事を
思い出していました・・・
出産は母親と赤ちゃんの共同(協同)のしごと。
陣痛の痛み以上に
赤ちゃんも痛みを通過して産まれてくる。
お母さん以上に頑張ってることを出産するとき
決して忘れないように!
って講師の方が言ってた言葉と、その時に心に決めたことを。
そうだ

この子も肉体を持ってして
この地球と言う星で
生きる、を選択し
多くを体験するため
私のお腹の中を卒業して
産まれようと
今、頑張っている。

その一生懸命な想いが
私の腰や背中やお腹に
痛みとして伝わってくる。
また先生を呼んだ。
「多分、早くても今日の夜か明日の朝だね。」と先生が言う。
まさか!
こんな痛みをあと一日以上続けるわけにはいかない。
私とこの子のために!
必ず朝までに産もう!
また決めました^^;
そう決めたら
また産道を降りてくる
我が子。
夜中に何度も呼ばれるのに少し疲れた様子の先生が
・・・あら?と、
あわてた様子で
分娩室への移動をやっと指示してくれました。

看護師さんに支えてもらいながら
歩いて
数メートル離れた分娩台へ。。。。。


30分も経たないうち
産まれた







女の子でした





産まれた瞬間
とっても気持ちがよかったのを覚えています^^


あれから24年。。。
『いろんなとき』の月日が流れました。
一人っ子の娘を
育てながら

実は育てられていると
気づいてゆきました

私が親としての学びと体験をするため
そして母娘を越えて
最高の魂の娘です

親思い、で

お祖父ちゃま、
お祖母ちゃま思い、で

友達思い、で

のんびりしてて

しっかりしてて

時々おっかないけど

すごく優しくて

何にでも

情熱いっぱい

愛情いっぱい

とりくんで

私が老けないようにと

いろんな刺激をくれて

心くばりをしてくれて

思いやり深く

愛情深く

父親の転勤による
個性の異なる幼稚園
(カトリック系、お寺、無宗教)の3ヶ所の転園。
関東と関西の言葉の違いに困惑する関西のお友達と仲良くしたくて
いち早く大阪弁を覚えた
就学前。
泣き虫な自分を克服した
小学校の低学年時代。
「ただいま~♪」の声に
玄関まで行くと、そこにはランドセルしかない。
逃げ技が得意だった
小学校高学年時代。
吹奏楽部でテナーサックスに命をかけていた
中学生時代。
突然、英語が好きになり
一年間、親元はなれて
カナダ留学の高校生時代。
アルバイトに力が入り、
「そのお店のオーナー?」になった気分で帰宅しては、経営について意見を述べていた
大学生時代。
長くも感じられた
大学生時代でしたね。

のんびり就職活動をスタートし一気に内定。
まさかと思えた業界で
まわりの人達に愛され、
支えられ
愛を学んでいる、今。
様々な経験をしながら
さらにたくましく
さらに頼もしく
さらに優しく

そして
何より楽しい娘




そんな貴女が

そして
そんな貴女でなかったとしても



大好きです



愛してるよ

産まれてきてくれて

ありがとう

わたしの娘でいてくれて
ありがとう
心から感謝しています


真理

誕生日おめでとう

これからも
本当の自分自身で生きてほしいと願っています

母より
