「それじゃ、始めるよ。」
ロイドのその声に快斗は頷くと、掌を強く握り締めて前を見据えた。

今から始まるのはきっとこの世界の真実。

スザクとルルーシュが悩み苦しんで。
それでも前へ進む事を選び生き抜いてきた世界の一端なんだと。

そう、思いながら。

「はい、お願いします。ロイドさん。」
「うん、それじゃセシル君、よろしく。」
楽し気に口許をあげたロイドのその声にセシルは頷くとコンソールパネルを見ながら告げた。

「嚮導兵器、SMZ-01『サファイア・ミロワール』起動します。」
青地に白とシルバーのラインが入ったパイロットスーツに着替えた快斗が改めてその機体を見上げる。

名前の通り、サファイアの様な美しい青地に関節部分にプラチナを思わせるシルバーの部品が装着されている。
自分達の世界ではアニメの中でしか見た事が無い、二足歩行の戦闘機がこの世界では既に実用化されて、その開発は第9世代まで進み、光学のフロートユニットを小型化したエナジーウィング、人型形態から戦闘機形態へと自由自在にその姿を変えられる機体まであるという。

自分にとっては夢の様な話だ。
でも夢ではない。

それは物凄い科学の進化だと快斗は思う。

ブリタニア皇帝が国是としている「奪い争い競い合う中に進化は存在する。」という主張はある意味間違いではないのかもしれない。

確かに戦争に勝利する為に発展してきた文化というのは数えきれない。
自分たちの世界でもそれは同様だ。

最初に飛行機を作ったといわれるライト兄弟は、本当に純粋に空に焦がれ、空を飛びたいと願っただけだろう。
だが、その数年後、飛行機は戦争に実戦投入されていく。
そして日本に爆弾を・・・。
きっと彼らは想像もしなかったに違いない。

だが、そんな事例は数え上げたらキリがない。

だから快斗にもその理屈はわかる。
そのおかげで今の自分達は恩恵を受けて、近代国家の中で何不自由ない暮らしが出来ているのもその為だ。

それでも・・・。

「嚮導・・・兵器か。」
快斗にはその言葉は自分の肩にのしかかる様に重たく感じられる。

間違いなくこの機体は『兵器』であり、現実に存在している。
実際にこの日本は、世界で初めてナイトメアによる猛攻、侵略を受けて、1カ月足らずでブリタニアの植民地と化したというのだから。

この兵器はいわば、自分達の世界でいう戦車や軍用機などと同じだ。
必要があれば、人を傷つけ、大勢の人の命をごく短時間に。
あるいは一瞬で。

要領よく効率的に。
大量に人命を奪う事が出来る。

『V.A.R.I.S.』(バリス)呼ばれる可変弾薬反発衝撃砲は砲弾を直立した状態で発射できる装置。
それはおそらく数発でビルを根こそぎ薙ぎ払う事だって不可能ではない。
また、MVSと呼ばれるメーザーバイブレーションソードは刀身に超高周波振動を起こす近接戦闘用の武器だ。
切れ味は非常に高く、これだけでも走行中の車や鉄道車両を一刀両断にする事も可能だろう。

これらの装備を使えば間違いなく人が傷つく。

それが自分に与えられた力。
(オレはこの力を、どう使う?)
快斗はその機体を見つめながらずっとその事を考えていた。

快斗はセシルの「ハッチ解放」の声と共に、機体の背中側にある人一人乗り込むギリギリの空間だけが確保されているコックピットに乗り込む。
KMF(ナイトメア)は安全装置として、いざという時にコックピットと機体をボタン一つで切り離す事が出来る。
そして、敵に攻撃され、破壊される最後の瞬間に、背中のコックピットをパラシュートの様に飛ばして辛うじて人命を守る仕組みだ。

だが、やはり戦争だ。
いざとなれば、コックピットに直接攻撃を受ける事も少なくないだろう。
だとしたら、その装置すらまったく意味のない無価値なものになってしまう。

絶対に安全な戦争なんて存在しない。
それが真実だ。

快斗は深く想いながら瞼を閉じて一度大きく息を吐いた。
そうしている間にハッチは閉じられ、快斗のいる場所は完全な密閉空間となる。

「初期起動に入ります。フェーズ20(トゥエンティ)。エナジーフィラー装着。」
セシルはそこで顔を上げて、ロイドと共に開発した新型KMF(ナイトメアフレーム)、『サファイア・ミロワール』を見つめる。

何度か動作確認のテストはしてきたが、パイロットを搭乗しての本格起動は初めてだった。
数々の新型KMFをロイドと共に開発してきたセシルにとっても、やはりこの時は興奮と緊張が入り混じる、そんな瞬間である。

それでも歩みを止める事は出来ない。
セシルは前を見据えたまま続ける。

「エナジーフィラー装着完了。プレスタート確認。エナジーフィラー出力定格。電圧臨界到達まで30秒
コアルミナス相転移。ユグドラシルドライブ起動。」
「順調順調。」
セシルのその声にロイドが頷く。

「デヴァイサーセットアップ。デヴァイサーのSMZ-01エントリーを確認。個体識別情報登録完了。マンマシンインターフェイスの確立を確認。ユグドラシル共鳴確認。拒絶反応微弱。デヴァイサーストレス反応微弱。すべて許容範囲内です。」
「うん、想定通り。それじゃ黒羽君、準備はいい?」
ロイドの声掛けに快斗は応える。

「はい、大丈夫です。」
「いいね、それじゃ。せっかくだからこの地下の中を走り回るだけじゃつまらないでしょ?」
そう言って笑うロイドにセシルが大きく目を開いた。

「ロイドさん、でも試運転ですし・・・。」
「セシル君、この数値を見てよ。彼をこの空間だけに閉じ込めておくのはもったいないと思わない?」
そういわれてセシルはロイドが指差すモニターの数値を見ると目を瞠った。

「通常稼働率、90パーセントを越えてる・・・?」
「そう。つまりスザク君と同レベルが期待できるって事だよ。」
本当に楽しそうなロイドの言葉に、だがセシルは表情を曇らせた。

「でもこの新型のKMFをここにいる日本の人に見られたら、圧政の兆候と見られテロの引き金にもなりかねないですよ。」
「わかってるよ。だから、この機体に装着した新機能を使うんだ。」
ロイドはデスクに右手をつくと、左手でヘッドセット型のワイヤレスマイクの先をもって呼び掛けた。

「黒羽君、取説は全部暗記済みだよね。」
「はい。」
応えた快斗にロイドは言った。

「それじゃ、発進後すぐに『エナジーウイング』を展開させると同時に『ミラードシステム』を起動して。そうすればステルス機能が働いて、視覚での視認はおろか、航空機のレーダーにも君の姿は認知されず、逆に君は自由にこの空を舞う事が出来る。」
「わかりました。」
「でも君はすべてまわりの航空機の情報を確認する事が出来るから、それらのパイロット達にバレない様に。まあ適当にこの世界を見物して、ここに戻って来てよ。」
「ロイドさん、いいんですか?」
たずねたセシルにロイドは頷く。
「大丈夫、大丈夫。彼なら平気だよ。」
妙に自信満々なロイドに返す言葉が見つからず、セシルは微かに目を細めた。
「黒羽君、無理しなくていいのよ。」
「わかってます。適当に戻ってきますから。セシルさん、心配しないでください。」
本当にわかっているのか、いないのか。
溜息を吐いたセシルはチラリと助けを求める様にスザクに視線を向ける。
ちょっとだけ肩をすくめたスザクはきっとセシルの心中を察しているのだろう。
深く頷き笑みを返す。
そんなセシルに待ちきれなくなったのか、ロイドは横目で視線を向け急かした。

「セシル君、早く続けて。」
「わかりました。では・・・。」
セシルは軽くコホンと息を吐いてからと目の前の機体を再び見据える。。

「サファイア・ミロワールMEブースト。」
その声ともに快斗は操縦桿を動かすと、スタート前の陸上選手の様に、サファイア・ミノワールに両足を広げ、右腕を中央に軽く下ろし、左手を上げた動作をさせて発進の指示を待つ。

「サファイア・ミロワール発進。」
セシルのその声と共に、高速フルスロットルで発進した快斗の機体は、100メートルほど先に扉が開かれた発進基地へ向かった。
そして滑走を続けると、次の瞬間光の翼を広げ、地面から足を離し飛び始める。
そのまま一気に上空へと上がっていくのだが、その姿は発進と共に『ミラードシステム』によりまるでマジックの様に機体が空中で姿を消してしまった為、その後の快斗の動作は誰にも視認する事が出来なかった。
そんな快斗のサファイア・ミノワールを見送ったロイドは、とても満足そうに上機嫌で眼鏡を持ち上げる。

「いやぁ、良いパーツだね、彼。あと数時間で元の世界に返しちゃうのがもったいないよ。」
その言葉にスザクは少しだけ苦笑を浮かべた。
それからスザクは快斗が飛び立っていった開放されたままの発進基地に向かい、そこから空を見上げる。
「快斗はやっぱり鳥の様に自由に空を飛ぶ姿が似合うね。」

そうスザクは思った。
だがやはり、単純にロイドの様にこの世界にい続けて欲しいと思う事は出来なかった。

優しい快斗がこの世界の現実に直面した時、どれだけ苦しむ事になるのか。
その時はもしかしたら、自分と同じ道を辿る事になるかもしれない。
大事な友人である快斗に、そんな苦しみを与えたくはない。
そう、思ったから。

「鳥は・・・本当は、自由じゃない。それに、帰る場所がある。そうだよね、快斗。」
スザクは上空を見上げたまま目を細めると、一人。
そう、呟いていた。