NTT西日本コミュニケーション大賞より
藤崎マリア(ペンネーム)作
【その日、届いたサプライズ。】
「あゆみ、こっち向いて!」
小さい頃から、振り向くといつも父はカメラを構え、ファインダーごしの私を見てくれていた。
数々の賞を獲得し、趣味の写真が転じて写真店を始めた父。
父の写真はいつも「人」そのものにスポットを当てた、素晴らしいものだった。
母から聞いた話では、長女の私が生まれたことが相当嬉しかったらしく、私のアルバムは、「あゆみ、生後1日目。ザンネン! ついてない!」のモノクロ写真から始まって、毎日父のコメントとともに、数十冊にもなっていた。
いい加減なところはいっぱいあったけれど、いつも明るく楽天的な父は誰からも好かれていた。
家族も大切にしてくれとりわけ私は子どものころから”パパっ子“で、大きくなってからも腕を組んで歩くほど父が大好きだった。
「パパ、私が大きくなったら私の花嫁姿の写真は、絶対パパが撮ってね!」
「もちろん、オレの自慢の娘の花嫁写真は、オレが必ず撮ってやるからな。」
子どもの頃から、この、同じ会話を数え切れないくらいしてきた。
私を「自慢の娘」と言ってくれるパパが、本当に大好きだった。
時が経ち、そんなパパに「この人と結婚します」と紹介する時が来た。
父は、泣きそうな顔をして声を震わせながら、「幸せにしてもらえ。」
とひと言だけ言ってくれた。
すでに挙式が決まり、案内状を出し終わった頃、母から電話があった。
「もしもし、あゆみ? お父さんが……、
お父さんが脳梗塞で倒れて意識不明なの……」
「えっ……?」
口から心臓が飛び出しそうになりながら病院に駆けつけた時、ICUの中の父は人工呼吸器でかろうじて命をつなぎとめていた。
呼びかけても、呼びかけても、ピクリともしない。
「どうして? なんでなの? 私の花嫁姿、撮ってくれるっていったじゃない!
目を覚ましてよ!
パパ、パパ、お願い、ねぇ、パパ、お願い……」
大好きな父と歩くはずだったヴァージンロード……。
最高の写真を撮ってもらえるはずだった私のウェディングドレス姿……。
意識は戻ったけれど、もう、歩くことも、カメラを持つことができない父は、結局結婚式に出席することはできなかった……。
披露宴当日。
どうしても、父にお礼が言いたかった。
わがままばっかり、心配ばっかりかけてきたことを謝りたかった。
そして、なにより花嫁姿を見て欲しかった。
祝福の喜びの中で、その場に父がいない淋しさで私は一生懸命涙をこらえていた。
終宴の間近の花束贈呈の時、会場が突然真っ暗になった。