九州下町おやじの珍道中

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下町おやじが、愉快に美味しく楽しく過ごす九州。
よかとこやね~九州は♪大好きバイ(^^)

2021年8月11日大分県津久見市・佐伯市散策の続き。

 

見星寺」「金毘羅水」「直良信夫博士生誕の地」「切通し・甚吉坂」と回った後は、「旧真光寺」に向かいました。

 

 

見星寺金毘羅水・直良信夫博士生誕の地・切通し・甚吉坂のレポ

https://ameblo.jp/indyaki12/entry-12873222921.html

 

 

 

 

 

石垣に挟まれた路地を進んで…

 

 

 

 

お休み処」という看板がある、昔ながらの門を発見。

 

 

 

 

こちらが、「旧真光寺」。

浄土宗本願寺派仁王山善正寺の塔頭として、享保元年(1716)旧臼杵藩士稲川小右衛門の長男宗適により開基されました。

 

 

 

旧真光寺を核としたこの界隈は、切通しと呼ばれ臼杵の町並みを代表する景観として、人々に親しまれています。

真光寺の移転に伴い、街並散策の休憩拠点とするため。寺跡市有化し、平成4年修復整備しました。

 

 

 

門をくぐると…おお!!美しい!!

 

 

 

 

左手の建屋から、中に入れるようです。

 

 

 

 

入口から入ると、広いスペースが…

 

 

 

 

井戸もありますね~

 

 

 

 

中根貞彦」という臼杵出身の由緒書き。

「父母を慕い 故郷を想う歌人 初代三和銀行頭取 日銀理事」

父は西南の役で討ち死に。母は三歳の時に病死。臼杵高等小学校(現臼杵東中)卒。

中根祚胤(佐伯市)の養子。アララギ派歌人。生家は向かいの石段の家。

 

 

 

向かいの石段のある家(現渡辺家)が生家で、父は明治10年6月の西南の役(臼杵市内で激戦あり)で薩摩軍と戦い、ここより程近い塩田で討ち死にした臼杵隊分隊長切刃八三郎貞彦はその時母マツエの胎内にあり翌年誕生しました。

母も貞彦3歳の時に亡くなり、その後は叔母キクの手で育てられ、臼杵高等小学校(現臼杵東中)を卒業後、佐伯の中根家の養子となりました。

 

大分中学、五高予科を経て東京帝国大学法科へ進み、卒業後、日本銀行に入行。理事、大阪支店長等の要職を歴任し、日銀総裁と目されましたが、昭和初期の恐慌下に関西の鴻池・第三十四・山口の三銀行の合併に尽力し、三和銀行を発足させて初代頭取となりました。

その後、広田内閣、近衛内閣からの大蔵大臣の要請を断ったと言われ、終戦直後には貴族院議員に勅選、ダイハツ工業監査役、高島屋顧問などを歴任し、関西経済界に重きをなしました。

 

アララギ派の歌人としての一面も持ち、父母を物心がつく前に亡くし「位牌子(いはいご)」として育った貞彦は特に父母に対する「孝」の想いが強く、その想いを故郷臼杵に重ねて多くの短歌を発表しています。恵まれない家庭環境下で育ちながら堂々と生き抜いた貞彦を慕い、臼杵公園には首藤定氏などの市民有志の手で「孝道の歌碑」が建てられています。

 

 

 

旧真光寺」の建物内を進みます。

 

 

 

 

小上がりの階段を上って…

 

 

 

 

趣のある座敷ですね~

 

 

 

 

この座敷の押入と棚。

 

 

 

 

こちらの押入と棚も、珍しい形態で…

 

 

 

 

更に進んで…

 

 

 

 

階段を上って、吹き抜け部を…オシャレな行灯ですな~

 

 

 

 

こちらの部屋は…あら?変形畳が!?

 

 

 

 

その部屋の奥の床の間。

 

 

 

 

2階の窓から、歩いて来た路地を…

 

 

 

 

屋根裏の梁。立派ですね~

 

 

 

 

旧真光寺」の見学を終え、再び路地を進みます。

 

 

 

 

旧真光寺」のすぐ向かいに、「旧片切家屋敷」という由緒書きを発見。

石段と立派な門構えが目を引くこの屋敷は、幕末に臼杵藩随一の剣豪であり、西南戦争の臼杵の戦いで戦死した片切八三郎の屋敷として知られ、息子・中根貞彦(中根家養子)は、経済人・歌人として有名でした。

ちなみに、この建物は、外観のみ公開されていて、内部の見学はできません。

 

 

 

 

この由緒書きのある場所は…おお!!高い石段と立派な長屋門が!

こちらが、中野貞彦の生家になるんですね!

 

 

 

 

路地を進みます。

 

 

 

 

すると、左手にお寺が見えて来ます。

 

 

 

 

こちらは、「法音寺」。

 

 

 

 

本堂。あら?また横から入ってしまったようです…(^^;

 

 

 

 

こちらが、山門。仁王門のようです。

 

 

 

 

由緒書き「竹林山 法音寺」。日蓮宗、慶長7年(1602)創建。

臼杵藩主の正室(熊本城主細川三斎公の姫)の菩提寺として建立され、深田・野田の郷50石を寺領とし、二天門は元禄11年(1698)稲葉家裏鬼門に当たる処から、持国天王、毘沙門天王を祭祀し、城の守護神としています。

 

 

 

二天門正面額字の竹林山は、正二位内大臣花山院誠公の筆蹟。花山院の側室に信通公の第一子女 永春院殿が嫁しています。

 

仁王門ではなく、二天門なのか~

 

 

 

二天門にお祀りされているのは…おお古そうだこと!

 

 

 

 

こちらは、「持国天王」。時国天王とありますが…(^^;

釈尊の教え(仏法)を信仰する人々を守る四天王の一人で、東の方位を守護し、水難火難の災いを除く天界の護法神。

 

 

 

 

こちらは…

 

 

 

 

毘沙門天王」。

四天王の一人で多聞天と云われ、北の方位を守護し夜叉の災いを除く七福神としても広く信仰されている天界の護法神。

 

 

 

 

二天門の石段を下り、振り返って…

 

 

 

 

参道を下って、路地に出て…こちらが正面なんですね(^^;

 

 

 

 

旧真光寺」「旧片切家屋敷」「法音寺」と回った後は、「蓮乗寺」に向かいました。

その様子は、また後日。

 

 

 

 

旧真光寺

大分県臼杵市二王座270

https://www.usuki-kanko.com/sightseeing/%e4%ba%8c%e7%8e%8b%e5%ba%a7%e6%ad%b4%e5%8f%b2%e3%81%ae%e9%81%93%e3%83%bb%e6%97%a7%e7%9c%9f%e5%85%89%e5%af%ba

 

 

 

 

旧片切家屋敷

大分県臼杵市二王座(旧真光寺向かい)

https://www.fundokin.co.jp/meisho/26/index.html

 

 

 

 

法音寺

大分県臼杵市二王座256

 

 

 

 

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福岡を中心に活動する王道アイドルグループ あいらしっく&E.N.S Record研究生

『鐘の音が鳴る頃に』大好きな曲の一つ♬