2年ほど前から、知らない人に声をかけるということをはじめました。



街中で声をかけていると、あらゆる年齢のあらゆる職種の人と知り合いになれるし、

様々な情報が入ってくる。

人をたてから見たり、横からみたり、数多く繰り返していくうちに、

「人間」ってものが見えてきたりする。


緊張や、自分自身に向き合うこともできる。

なかなか楽しい。




僕は今、29歳で、会社員をしています。

はじめのころは隠していましたが、

今では会社の女性にも、よくナンパをしていることを言ってしまっています。



今まで大体100人ぐらいのナンパ師と会いましたが、

なんというか、ナンパする人って、もともともてない人がおおいです。


僕ももともとそうでした。25才まで彼女のいたことのないレアな人種です。

本が趣味だったし、ずっと一人で完結する仕事をしてたいなぁ、と学生のときは考えていました。




自分について、内向的な性格だとか、コミュニケーション能力に欠けるとか、

色々悩んでいた時期があったけど、小さな悩みだったなぁと最近思う。

街中で1000人も声をかければ、いくらでも変わる。

悩みは解消するし、自分自身の知らない面をいくらでも見つけられる。


ネガティブな反芻をなくすために、

暗示を繰り返して、自己意識のベクトルを変えるのが暗示だとするなら、

単純に思考を空にして、余計なことを考えないようにすることで、

結果的に正の自己意識を構築する方法があって、

その一つが瞑想である。


瞑想は、姿勢といった身体的な要素や、

マントラのような言葉を利用することもあるが、

基本的には、頭を空にするだけである。

頭を空にすると、一見すると中立に向かいそうだが、

実際には、脳が休まり、深い睡眠状態に近い状態になるので、

自己意識については、良いベクトルに向かいやすくなる。


自信を持ちなさい、という言葉について、素朴に疑問に思うのが、

そもそも自信は「もとう」と思ってもつものなのか、ということである。


自信のありそうな人について考えると、彼らが「自信をもとう」と思って持っているとは考えにくい。

むしろ自信は、いろいろな経緯を得て、気づいたときに「ある」というのが正しいのではないか。


それは、前項までの関わりでいうなら、

仕事になれて、実力がついたときに自然に「ある」だったり、

自分のなかの不安な要素が解消されたために「ある」だったり、

他人とのつながりを感じられた結果、「ある」だったり、

あるいは、バイオリズムが良いためにたまたまその日「ある」だったりする。


「自信をもつ」とごく自然にいわれるとき、

この言葉は、世界や他者との関わりではなく、

純粋に自分に対する規定を意味している。

(自信という概念は複雑で多義的である)


しかし、実際こういわれても、「実際なにをどうしたらいいの?」という疑問が必ずでてくる。

なにかの武術のように気の操作をするかのような提言だが、

現実にはそんなことは、なかなか難しい。


行動レベルで具体的に自信を操作する方法があって、

身近なもので自己暗示がある。

これは、言葉を介して自信に影響を与える方法である。



たとえば、「おれは頭がいい」とか「俺は女にもてる」とか

「おれは世界で一番かっこいい」といった単純な言葉を頭の中で反芻するのである。


注意すべきは、「実際はこうだ」とか「論理に考えると、、」といった理性的な問題として考えないことだ。

ただ単純に、純粋に、自分の自信に繋がるような言葉を呪文のように繰り返すのである。

イメージとしては、漢字の書き取りを覚えるために、同じ字を何度も何度も繰り返し紙に書きなぐっているのに似ている。


これは丸一日やればほとんどの人が効果を感じることができる。

ときにそれは本当に驚くべきほどである。

たとえば、朝起きて学校や会社にいくまでの間の移動時間に延々くり返す。

休み時間にも繰り返す。手が空いたら、また繰り返し、帰宅するときにもずっと繰り返し、

寝る前にも繰り返す。


どういったメカニズムで、暗示は効果を持つのか。

その主たる根拠を二つ挙げる。


一つは、ネガティブ思考をストップさせることができるからである。

たとえば「おれなんてだめだ・・、高校のときもああだったし、、この間もああだったし、、、ああ、結局おれなんて。」というネガティブ思考をしていた人が、ポジティブな暗示を反芻していると、

ネガティブな思考がその間入り込まなくなる。これは、頭がそんなにたくさんのことを考えられないということと、

相反する二つのことを同時に考えられないという仕組みによる。



もう一つは、記憶の構造によるもので、ポジティブな言動が、過去のポジティブな記憶を連想するよう刺激するのである。

たとえば、「おれは最高に運動神経がいい!」と一日中頭の中で繰り返していると、

過去にスポーツで調子の良かったときの記憶を思い出しやすくなる。

ネガティブ思考が習慣づいているひとは、これと逆のことをやっているので、

数ある記憶のなかで、悪いものだけが記憶の表層にでてきてしまっている。




とにかく知識として考えないで、黙々と繰り返すこと、理性的に考えないこと。

友達が一人もいない人が「俺は世界で一番人に好かれている」と反芻しても全く問題はない。

よく「自信に根拠なんていらないんだ」といわれるのは、こうした文脈において正しい。







自分という意識は他者や世界との関わりなしで語ることはできないので、

自分が他人とどう関わっているかを意識することが自信に影響を与えることがある。


実際には、意識していようといまいと、他者とのかかわりで自己意識はできているが、

生活する中で、その時、その状況での関わり方により、自己意識は常に変動している。

そして、他者や世界との関わりを感じられなかったり、疎外感を感じるとき、

自信はマイナスの影響を受けやすくなる。


よく自己啓発書で、他人に感謝をしなさい、などといったことが言われるが、

それはこの文脈においで、意味をなす。

つまり感謝をすることにより、無意識に変動する自己意識の負のベクトルを

正のベクトルに向けることができるのである。

たとえば、身近な人のいやな思い出や、不愉快な欠点が気に入らず、

一日中頭の中でそのことがめぐっているとき、

意識的にその人の良い面や、自分が恩恵を受けている面を考えたり、

他の好きな人のことを考えたりすることで、気分を転換することができる。






次に、自信は対象との関係でもとらえる事ができる。


私達が自分の行う仕事に習熟しているとき、

一つ一つの行動に自信が伴いやすい。


逆に、仕事に未熟であるときは、いま、こうすることが正しいのかどうかわからず、

人に聞くにしても、この人にこのことを聞くのが正しいのかわからなければ、

不安を伴いやすい。


自信は、自分が関わる世界に、どれだけ慣れ親しんでいるか、

つまり自分と対象との関係性に影響を受けやすい。

正義とか、正しい知識といった客観性が自信に深く関わっている。


一般的に、自信は、内面を規定する言葉に見えるが、この文脈では、

他人や世界を抜きにして語ることはできない。

また、この側面から見たとき、

「そもそも自信は持つべきものなのか」という議論もでてくる。

なぜなら、世界とのかかわりにおいて、迷ったり、悩んだり、不安をもったりすることは、

他人への配慮ややさしさや、謙虚さにも繋がるものだからだ。



ところで、正しい知識や、権威などに影響されることによって、

自信をもって振舞っている、というとき、

「それは他人に影響されているだけ」だとか「他人に後押しされているだけ」

だとか、「洗脳されているだけ」だと批判して、

逆に自信のなさの現れだ、と見ることもできるが、

結局は、自分という概念をどう捉えるかによる。

つまり、自分というのものを、他人によって作られるものか、

自分自身でできているものか、と見るかによって異なるのである。






自信は、対人関係を望むとおりに構築する上で、重要な要素といわれるが、

詳細についてはほとんど語られることがない。


この自信という概念は人の内面を規定する言葉であるので、

その内実について語ろうとすると、哲学的ならざるを得ない。

規定の仕方も様々な角度からできるので、議論は複雑になりがちである。


対人関係で、まず特筆すべきは、

自信という概念の、消極的側面と、積極的側面である。

平たくいうと、「否定的な要素がない」という意味での自信と、

「積極的な自信の要素がある」という意味での自信である。


前者について例を挙げると、

「おどおどしていないこと」「目を泳がせていないこと」

「からだのあちこちをさわりながらしゃべっていないこと」

「声が震えていないこと」「声がちいさすぎないこと」

「首筋や手やひざがガクガク震えていないこと」

などであり、要は「異常な要素がないこと」である。

ナンパのような非日常的な行為では、簡単に見えるこれらの好意が、

実は非常に難しいため、重要な意味をもつが、

実際は語られることがとても少ないため、ほとんど意識されない。


ネガティブ要素がまったくないというだけで、自信にあふれる人に見えることは

非常に多い。



後者について例を挙げると、

「上から目線で接すること」や、

「強引に誘ったり」「強引に口説いたり」など、

通常以上の一歩踏み込んだ行為や態度があることである。


ターゲットによって当たり外れがあるため、相手と自分のもった性格等とを見極めて行う必要がある。


優先度でいうと圧倒的に前者である。

実際にはほとんどこの二つは区別されていないため、

「おどおどしながら強引にさそったり」とか、

「自信満々な言葉をはいているが余裕がないため、表情が硬く怒っているように見える」

という不自然な言動をおこしてしまうのである。









自分の基本的な行動を決める原理が「~になりたくない」「~したくない」という人がいる。


今日声をかけた子が、結婚相手を探すために結婚相談所に通っている子で、

26歳で、結婚が前提でないと付き合えないため相手に困っていると悩んでいた。

聞くと、母親とか、周囲の人からの結婚の圧力があって、

結婚して早く楽になりたいんだと。

自分の目指すものがはっきりしていなくて、

ただ結婚、という名前が欲しくて行動しているように感じた。


この子は、30過ぎて結婚していなくて、いまよりも厳しい状況になってしまうのが怖い。

母親や周囲の人に結婚していない、とレッテル張りされ続ける将来が怖い。

自分で設定した「恐怖の将来」に追い立てられているように見えた。


こういうことは、結婚に関すること以外でも

たくさんあって、会社員になりたくないから、事業を起すと考えている人だったり、

終身雇用が当てにならないから、手に職をつけようとする人だったり

一人でいるのがいやだから、仲良くない人とでも付き合いを持とうとしたり、、、

いろいろな形で存在している。


どれも、目標が、不快からの逃避になっている。

目標が、幸福とか、快のベクトルを向いていない。


かりに目標を達成したとしても、

そこからはそれが日常になることに気づいていない。


最近一緒に声をかけた人が、

女の子を誘うとき、「そういえば、甘いものといえば、角まがったとこに、コージーコーナーがあったよ」

といっていてえらい笑ってしまった。たぶん、まじでいってたと思うんだけど、、、、

コージーコーナーっていうセンスがすごい好き。

このブログでは、ナンパの失敗と題して、

ナンパで意外に気づかれていない失敗に焦点を当てて書いてきた。

成功例は本屋にいっても、ネットでもどこでも手に入るが、

それらの普通にいわれていることをやっていると結構な確率で壁にぶち当たる。

そうしたとき、言われないとなかなか気づかないであろう、というようなところにスポットを当ててきた。


違う言い方をすると、これさえ守っていれば、あとはがむしゃらに動いていればうまくいく、

というようなものがテーマである。


で、30個ぐらいかいて大体主要なものはでてきたなか、とおもっていたが、

一つ重要なことを忘れていた。

それは、女の言葉を信用するな、である。


声をかけられる女、口説かれる女が一見すると、一番ニーズを把握しており、真実に近いところにいるように思える。

だから、「女の立場からみたXX]みたいなものをテーマにあげる人もいるし、

そうした本や商材を出している人もいる。

しかし、実際はたいして参考にならない、あてにもならないし、的外れなことが多い。

または、誰でも知っているような当たり前のことがでてくるぐらいである。



大体今までいわれたところでいうと、

・顔は関係ないよ

・すいませんって声かけられるといいよ

・ほめられていやな子はいないよ

・メールは疑問文で終わらせるといいよ

・若い子にいったほうがいいよ

・ナンパされてるとき顔チェックしてるよ



とかまあ、こんな感じで、あたっているが当たり前だったり、

漠然としていてたり、個人的な感想の域をでなかったり、まとはずれだったりである。



女の意見がなぜ参考にならないかというと、

一つには、自分の数少ない経験を通してしか現場をしらないということにある。

たまに女の子に「今日これ何人目ですか」とか「いままでこの手口で何人声かけたんですか」とかいわれたとき

「20人ぐらい」とか「1万人ぐらい」とかいうと、はなから冗談にたいなリアクションをされるが、

そのくらい現場をしらない。1日渋谷にでて2時間いると、何人ぐらいのペースで何人ぐらい声をかけるのか、

というのは、現場にでていれば、暗黙知となって体にしみこむ。声をかけられる側はこうした暗黙知部分をほとんどしらない。


また、女性からすると、自分の願望を通した意見になるため、「女性にやさしいナンパ」

のようなイメージで感想がでてくる。

しかし実際うまくいくときは、ナンパについていったのなんか、初めて、だとか、

まさかあってその日にHするとは思わなかった、とかいうのが体験者の大半である。

女性がされたいと意識野で思っていることをそのままやってもうまくいかないのである。



俺らは女性の意識のさらに上位の無意識部分も踏まえて戦略をたてないといけない。


そんなわけで、ナンパに関する女性からの意見、アドバイスはほとんど参考にならないので、

こうしたものに左右されて無駄な時間を過ごさないほうがいい。