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まさに今愛が必要!!

あなたの身近な人達に
どうか、あたたかな愛を与えて下さい。


血の繋がりなんて関係ありません!!

とにかく、
ほほ笑みあって下さい!!

苦しい、悲しい時こそ
ほほ笑みあって下さい。


互いに愛の充電を!!


これからは、
素敵な未来の為にも皆の愛が
皆の笑顔が必要なのです。

心を一つにし、
協調性を持って生きる時代が
すぐにやってきます!!

これが本来目指すべき場所なのです!!


PS.しばらく、お休みします。

世界を救え

「世界はもう終わりだ」

と少年が嘆いている。



差別のあるこの世の中は…

人の痛みの分からないこんな世界はもう終わり。

俺が苦しんでも誰も悲しまないだろう。

きっと誰もが俺を忘れていくだろう。





君は誰かに感謝された事はあるか?

「ありがとう」と言われた経験はないのか?


あの時、あの人は君のおかげで救われたかもしれない。

君の一言で、君の行動が…

あの人は、
あの日の君に感謝していたはず。


感謝された君には十分生きる権利がある。
もっと自信を持って生きろ!!


何?最近はないのか?


だったら、お前は「ありがとう」と言っているか?
感謝もできないお前に感謝の言葉を受けとる権利はない!

「愛してほしい」と言う前に、
お前は「愛している」と伝えた事があるのか?

伝える為に言葉はある。
3次元で生きるこの世界では、
言葉はとても大切なんだ!!

たくさんの人を信じろ!
たくさんの人に感謝しろ!
たくさんの人を愛せ!

そうすれば、何かが変わる!
世界が変わって見えてくる!

星の動き

運命が加速しているせいか、

この一年で5年10年分の苦労と幸運がやってきている。


息苦しさはあるのの、

何だか心地よいような…


昨日の深夜から鳴り響く

886 989-674-…
どうやら台湾からかかってきている。

これが原因で、今日は会社に遅刻汗

神(宇宙)のいたずらだろうか。

未だに何処の誰かも解らない。
宇宙人からの電話…

電話にとれば、切られるし!

深夜に何度も何度も鳴る。


今朝に受けとったメッセージは…

あなたの神聖な創造主からのメッセージで今やってこようとしている終局は神聖な神の計画の一部であることを示しています。それらはあなたの祈りに対する応えでありあなたに対する神の意志と一致しています。こうした変化に対してあなたが感じる心配や恐れを和らげるのを手伝ってくれるよう神に願ってください。

どういう事だろう?

明日は、明後日は何が待っているのだろう。

子供たちの為に

教育の勘違い

教育とは具体的にどういったことを指すのでしょうか。私の場合は学校または社会でのルール、人としてのマナーなどが一番に思いつきました。即ち日本で生きるために必要な知識を教えるということなのでしょう。しかし昔からすると物質世界になっていったため子供達からするとたくさんの誘惑が多いと思います。いじめ問題や学力低下などもそこに繋がっていると言われていますが、全ては大人が築き上げてしまった世界なのですから、他人事のように子供を見捨ててはいけません。では、現代の子供たちの環境を想像してみて下さい。決して学問に適した世界ではないことがわかると思います。しかし、その世界は大人が築いてきたもの、それなのに学力低下を気にしている。このような矛盾は大人の精神的年齢が低下しているようにも思えます。子供の学力の前にまずは己の精神学力を気にしてほしいものです。どうしても学力を上げたいと思うのであれば、現代流の教育をつくっていくといいと思います。相手は子供なので今あるものを無くしてしまうより、現代の子供達が興味を示すような教育方法をプラスさせたほうがよい結果が期待できると思います。
例えるなら、子供の目の前にたくさんの種類のお菓子があるにもかかわらず、根拠なく「食べてはいけない」と言っていることと同じことなのです。例えそのお菓子が大人たちの為に作ったお菓子だとしても目にした子供たちはいつか必ず食べてしまうでしょう。お菓子とは物質世界を例えたわけですが、それをもし無くすという方向にしてしまうと結果的に日本は発展させてはいけないということになってしまいます。ですから学問に関してはそのお菓子を混ぜて学ばさせることが現代には適しているように思えます。

個人的には学力低下より先にいじめ問題を解決してほしいものです。この問題は生死にも関係してくるテーマでもあり、これこそ精神学力が必要とされます。しかし、いじめというのはどこへ行ってもあるものです。もちろんいじめはあってはいけませんし、防げるものならば防ぎたいと思うのは当たり前です。しかし一番問題なのはいじめがきっかけで自殺してしまうということなのです。子供への理解、コミュニケーション不足が原因だと感じていますが、結局は逃げ場を作ってあげることが大切ということなのでしょう。その逃げ場とは必ずしも家庭だけとは限りませんが、まだ経験の少ない子供にとっては友達よりも教師よりも血の繋がった親子というものは何にも代えがたい大切な存在でなくてはならないと思います。子供に信頼されていないのは、親が悪いのです。信頼できるものがこの世になければ、心が弱くなってしまうのも当然のことでしょう。

信頼されるには優しさも厳しさも必要ですが、その前に親から子供への愛情がしっかりと伝わっているかがポイントとなってくると思います。具体的にはまめにスキンシップをとれば子供には伝わりやすいのかもしれません。

就活+自己分析

天職と適職を楽しむ方法

よく耳にする天職、そして適職…
違いは一体何かと大人に近づくに連れて一度は考えることでしょう。
学生時代にたくさんの経験失敗から学んだ後ようやく大人になり就職活動といった一般的な流れになっていきますが、その時今までの人生を振り返り冷静に自己分析をし適した職を探さなくてはいけません。

ある意味それが「大人になる」ということではないでしょうか。

しかし学生時代から感情をコントロールできなかった者達はこういった時期がきても夢みたいな話ばかりしているように見えます。それが悪い事とは思いませんが、本当に自己分析ができているかが結果的に重要となっていくのでしょう。感情的な人というものは好きなものに対して冷静になれない、もちろん嫌いなものに対してもだと思います。単純で解りやすい性格、言い変えれば純粋な頑固者といった印象を受けます。
こういった人間はトラブルを起こしやすいかもしれませんが、人間関係に恵まれれば成功しやすい人物とも言えるでしょう。しかし100パーセントこういった人格の人間はいません、私が示したのは99~80パーセントくらいこういった人格の持ち主のことです。こういった人たちの多くは適職ではなく天職を選ぶ人が多いのではなでしょうか。逆にやりがいと満足感を自ら創り出さないといけない適職を選んでしまうと病気になってしまう可能性があるように思います。つまり大きく見ると感情を大切にしたいのか理性を大切にしたいのかが決まれば少しは前進していけるのではないでしょうか。

反対に理性を重視する人たちは常に現実的でこの世の生き方から日本人の平均的価値観を大切に生きていきたいという人格のほうが自分の意思より勝ってしまう人のことです。こういう人たちは安定を好み前者からはネガティブに見えるかもしれません。確かに前者に比べると忍耐力はあるように見えますが、根本的に人格が違うので感じるストレスも真逆で、この人たちにとっては自分を出し切ることが逆にストレスを感じてしまう場合もあるのでしょう。つまり両者とも好きに自分らしく生きていると私は思います。
どちらが良いも悪いもありませんが、その人格をしっかりと理解して日々行動していくことが自分の中の天職と適職を見分ける一番の近道だと思います。

第一に大きく分けて二つの人格を知り、どちらに当てはまるかを分析するということをしなければいけないと結論的には言いたかったのですが、この自己分析についてまったく興味のない感情的人物にとっては難しいことなのかもしれません。こういった物事の分析は経験しないと学んだ気がしないという人格のため現実的な想像力には理性的人物より欠けているように思えます。こういった人にお勧めなのは自分とは正反対の理性的人物との会話。普段ならお互い避けるべき人物と考えるかもしれませんが、互いのためにはとても大切なことのように思います。喧嘩にならないためには、どちらが正しいということはないというルールを作るといいでしょう。ただ、基本的になんらかの向上心のある同士でなければならない気がします。参考までに…くらいの気持ちで十分だと思います。その時、頭で理解はしていても納得できない事柄や思考などの他に、とても共感できる部分も出てくるかもしれません。それは、人間が理性と感情で生きている証なのではないのでしょうか。私の考える美しい人間像とは理性50感情50の人格です。そういった人はこの世にいないかもしれませんが、近い人物はいるかもしれません。私はそういった人を今後も目指していくつもりです。少々話が反れてしまいましたが、とにかく互いに理解し合い生きていけたら自己分析もうまくいくのではないでしょうか。

稀に自分を知ってから他人を知ろうとする人がいますが、これは間違いだと思います。というより結果的には自分を知ることができない気がするのです。なぜなら自己分析という言葉に自己が入っているからです。私たちはたくさんの個性を持って生きていますし、長所も短所もありそんな私たちが完璧な自己分析ができるとは思いません。ですからまずは他人の心を知りたいという気持ちが大切だと思うのです。相手を100パーセント理解できるのは有能な霊能者くらいなので、私たちは知ろうという気持ちで十分ということは前にも書きましたが、同時に相手の痛みも知らなくてはいけないということにも気付かされると思います。そこは経験してないと難しいと思いますので、まったく理解できない部分については心理を専門としない限り追求する必要はないと思いますが、意外な共通点と違う経験で同じ学びをしたということなどに気づかされる場合もあり、とてもおもしろいものです。そうした中での価値観を少しずつ上げ、この世にも物質にも縛られない考えが見出せた時本当に正しい自己分析はできたと言えるのではないでしょうか。相手を知ろうとしながら自己分析をしていく、これが正しい価値観を生むのです。

戦争の多い時代、やはり極端な考えの人物が多かったため争いが起こったのではないのでしょうか。歴史に詳しくないので多くは語れませんが、戦争があって平和に導かれたことは事実です。今の人たちに戦争か平和どちらがいいと聞けば、間違いなく平和と答えると思います。それだけ大昔の人たちより現代人のほうが理性があることを示しているのでしょう。人類皆兄弟と言われるように、先祖からの遺伝そのまた先祖からの遺伝により人間が豊かになっていったのだと思います。しかし、個人的に輪廻転生を信じている私は戦争経験した魂も現代の中にたくさん存在しているので大昔より人間性が豊かになったのだと思っているのですが…信じられない方には、遺伝という言葉で表しておきました。しかし現代のほうが人間的に豊かと思えない人もいると思います。ここは大昔と昔を勘違いしてほしくないところで、現代は物質世界すぎるため精神的に不安定な人たちが多いように思えますし、その不安定から犯罪を犯すものたちが増えている気がします。本国では他国と比べ理性を学ぶには相応しい国のように感じますから、平均的価値観を好む人たちの中でどう生きていくかが感情的人格を持った人たちにとってはひとつのカルマとも言えるのでしょう。

それではなぜ昔に比べ精神的に不安定な人たちが増えてしまったのでしょうか?
昔を生きた人の中には根拠なく物質界のせいだという人がいますが、確かに芯がまだ定まっていない人にとっては物質に染まりすぎるのは善くないことと思います。しかし、悩みなくして成長できる人などどこにもいません。つまり不安定な人であればあるほど真面目で、物事を真剣に考えることのできる人ということなのです。恐らく自分の中の感情と理性が5対5に近づくにつれ悩みが大きくなり時に爆発してしまうのかもしれませんが、そういった人たちは今まで行動一つ一つに責任が取れていなかったのではないでしょうか。自分は違うと思いながらも相手に流されてしまったり、そういった積み重ねで、自己分析を忘れてしまっている方が多いような気がします。もちろん厳しい環境や自由のない環境で育つ人たちはそうなりやすいと思います。例えば納得もできていない子供に対して「はい」とわかったふりを身につけさせてしまうと、まだ理性の利かない子供は我慢しか学んでいないことになります。真の教育とは我慢を学ばせることではありません。大人は子供に叱る怒るなどの行動をとれば教育しているつもりでいるかもしれませんが、そこに本当の愛と理屈がないのは感受性の豊かな子供たちにはにすぐわかってしまうのです。理屈や愛で説明できない場合はまだ親になるには自分が未熟だったとしっかり理解しておくことが大切です。子供も大人と同じようにひとつの魂を持っています。子供だからといって甘く見ていると後になって痛い目に遭わされることでしょう。ですから、いくら教師、親であろうと間違ったことを注意するのは大切ですが、納得もできていない子供に対して「はい」と言わせてはいけないのです。こういった場合はもう一度失敗させることも愛情ではないでしょうか。そこから人は自己分析を自然と覚えます。学ぶことは同じだと言えますが、どの時期に何を学ぶ事ができるかはそれぞれ違うのです。同時に学びは目上の者だけに教わることだけではないように、生まれたばかりの赤ん坊にも教わることがあるかもしれません。学びは言葉だけで表すものではないので、感受性のある人物はどんなことからも学ぶことができると思います。ですから、教育に関しては本国は他国よりも縛られているので、こういう結果になってしまったのではないでしょうか。日本の個性や法律も大事ですが、一人ひとりが世界を知ろうと努力すればいい結果につながると思います。

理性的人物は感情的人物に比べ、人間関係での衝突はないものの満足感が不足している可能性があります。思ったことに正直表現できない場合が多く、特に感受性の強い理性的人物は目に見えない苦労をしてしまうかもしれません。そんな人には感受性を生かせる場を自分自身で作ることが大切です。趣味のある人は没頭するのもよい方法だと思いますし、趣味のない人は、何をしている時が精神的に安定しているか考えればいいのです。健康があっての学びなので必ずそういう場を設けてください。そして感情的人物を否定することはやめて、たくさんの刺激をもらってあなたの情熱を呼び覚ましましょう。

このように、ひとりひとり違う人間なので同じ教科書で同じ順序で学んでいくのは無理なのです。自己分析とは自分が解りやすい教科書を自ら作るということでもあると思います。これにはかなりの根気と努力が必要になってくるかもしれませんが、向上心と真面目な心を忘れなければ誰にでも可能な事です。こうすることで、ストレスを感じることなく精神的にも満たされた状態で生きていくと生活も仕事も楽しむことができるのです。よって天職を目指すにしても適職に就くにしても人間的向上心と自己分析を忘れてしまっては答えは見つからず、表面的には成功していたとしても心は満たされないという結果になり兼ねません。適職でしか生きられない、天職でしか生きられないと認め向上していくことがより自分自身が安定し楽しみながら生活できるのだと私は思います。

この世をうまく生きていくには、結果と常識と努力だけを重視していてはどうにもなりません。うまく生きとるは精神的にも満たされていなければならないということなのです。
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