アメリカのココが気になる
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それって…?

すごーくご無沙汰してました!


特に理由はアリマセン。


さて、今日は久々に、「それって、ヘンじゃない?」って


思ったことがあったので、そのお話。



この間、ニュースを見ていた時のこと。


悲しいけれど、アメリカでは銃で人が亡くなった、というニュースは


毎日必ずといっていいほど耳にします。



その時の友達との会話。


友達:「お母さんと話してたら、ついこの間も実家の近くで数日間で4件も


銃で襲われる事件が起きたって話しててさ~。」


:「そうなんだ~。こわい話だね。」


友達:「そうなんだよ。それで、お母さんが『銃規制なんかいらないよね』


って言い出したんだよ。」


「???」



未だに英語で会話してると、内容がこんがらがって意味不明になることが


ある私なので、今回もきっと聞き間違えたんだと思ったんだよね。



私: 「OK, your mom meant they SHOULD have gun control, right?」


友達「No, no, no,,,, She meant that they should NOT have gun control


so that we can have guns to protect ourselves.」


私: 「・・・」


友達: 「I know! Isn't that interesting?」



すごくおもしろいなぁ、と思った。


ここで言っている、銃規制というのは、ほとんどの州で決められている


銃を手に入れるまでの手順のことだと思う。いくらアメリカでも、銃が


ほしいと思ったらさすがにすぐに買えるわけではないんだよね。


犯罪歴などのバックグラウンドチェックもされるみたいだし。


それに、ケンカしたその時は殺したいほど憎たらしくても、一晩


寝ればたいしたことないや、って思えることってあるよね。


安易に人を傷つけるのを防ぐためにも、その場ですぐ手に入る


ってことができないようになってる。



で、その友達のお母さんの話をもう少し詳しく話を聞いてみたら、


「事件を起こすような悪い人たちはどんな法律や規制があっても、


すでに銃を持っている。一般の正しい市民が身を守ろうと、


銃を購入しようと手続きしてる間に、もう殺されちゃうよ!」


ってな話でした。



うーん、それを聞いてみると、確かに一理あるのかな、と


思わないでもないけど、やっぱり平和の大切さをしっかりと


教育されてきた日本人の私としては、


「じゃ、もっと厳しく取り締まればいいんじゃない?」


って単純に思っちゃうんだけど・・・。



身を守るために銃が必要、っていうけど、それって


すごく悲しい解決法だよね。


もう、はなから他人を信用できてないって聞こえる。



今のこの世の中、見ず知らずの他人を信用することは


とっても難しいってわかってはいるけれど、


アメリカにいる以上、それはきれいごとにになるのかもしれないけど、


銃で身を守る、とか


そんなこと考えないですごせる日はこないかなぁ・・・。




bananaS

ここ最近、もどかしく思うこと。


英語でうまく自分の気持ちが伝えられないとか、


この表現、どうやって言うんだろう、っていうのはよくあるけど、


これも英語上達への道、と思って前向きに頑張ることにしてる。


でも!


今、一番もどかしいのが、複数形を使えなかったとき!


この複数形の概念は、ゆっくり考えればわかるけど、


日常のとっさの反応が必要になる会話のやり取りの中では、


なかなかうまく使えない・・・。



たとえば、この間買い物をしていろいろ買ってきた日のこと。


彼のランチ用のバナナを買ってきたので、


「お弁当用に、バナナ買ってきたよ!」


と言いたかった私。 


I got banana for your lunch!


そしたら、


Oh, you just bought one banana for me?


と、ニヤ~ッと笑いながら返されてしまった。



やられたパンチ! と思った私は、


No, I got some bananaS for us,


but you can have just only one!


That's what I meant!


と、苦し紛れに言い返してみた。


もちろん、時すでに遅しむっ


結局「またやっちゃたね。」って二人で笑ったんだけど。




彼は、日本の文化富士山も言葉も、全く興味がナイ!


事あるごとに、話したりするんだけど、この


「日本語には複数形を使う概念がない」


ということに、けっこう驚いた様子だった。



彼に限らず、アメリカ人にこのことを話すと決まって、


「じゃあ、会話の中で一つか二つ以上か、どうやってわかるの?」


と聞いてくる。 私は決まって、


「じゃあ、それが二つか、百か、どうやってわかるの?」


って切り返す。そうすると、


「そんなの、2とか100とか、数字を使えばいいじゃん!」


と返ってくる。


「ね?」


と返すと、


「・・・・・・。でも、やっぱりひとつかそれ以上なのか


わからないと絶対に不便だよ!」


と切り返される。


別に正しいとか間違ってるとかじゃないんだから、


「ああ、そうか」って言えばいいじゃん!って私は思うんだけど


まあ、相手はなにせアメリカ人パー




やっぱり、言語を勉強するって深いなぁ、って思う。


ホント、このブログで何度も書いてるけど、、だけじゃないんだよね。


一つのものを見てそれをどう捉えるか、が育った環境によって違う。



私は、机の上にバナナが一本あっても、一房あっても、


「あ、机の上にバナナがある」


としか思わないし、思えない。


そのことに対して、それ以上考えることも疑問を持つこともなかった。


少なくとも英語を勉強し始めるまでは。



でも、英語を話す環境で育った人たちは、


その二つの光景をきっと(無意識に)違うものとして捉えているはず。


「あ、机の上にバナナがある」


または、


「あ、机の上にバナナが2本以上ある」


ってな風に。


そうじゃなきゃ、文章が作れないんだもんね。




日本人にとって、これって、もう慣れるしかないんだと思う。


母国語でさえ、言語習得は一生モノ


とはいうけれど、まだまだ長い英語習得への道・・・。





You really 'Can't' ??

とっても気持ちのよい週末を迎えているインディアナ晴れ


個人的には一年で一番この時期がスキなので、


毎日とっても気持ちよく生活できているココ最近ですニコニコ



昨晩は、近くで大きなお祭りのようなものがありました。


お店がいっぱい出て、夜にはきれいな花火打ち上げ花火


久々にビールビールもいっぱい飲んで、とっても楽しい夜でしたお月様



今日は、そこでの友達との会話から。


そのお祭りは、老若男女、さまざまな人がたくさん


いたのだけれど、その中には高校生と思われる若い子達も。


そこで、話題になったのが「スキニージーンズ」ジーンズ


(これで、完全に世代がばれるけど、まあいいか。)


最近、若い女の子が着ているのをよくみかけるんだよね。



で、友達の一人が、


Do you wear skinny jeans?


と聞いてきた。 そこで、とっさに私の口をついて出た言葉は・・・


No. I can't wear them!


そしたら、ちょっとびっくりした感じで、


Really? You really can't?? 


と言われてしまった。


そう、ココで私、ああ、またやっちゃった・・・ と反省しょぼん




日本語では、「できる・できない」ってけっこう広く使ってる。


たとえば、


私、スキニージーンズはけない!

(→ だって、足細くないもん。) とか。



でも、英語の Can、Can't のちゃんとした意味は、


本当に「できない」時

(→物理的、時間的に制限があるなどの理由で)


に使うもので、現代の日本語の「できる・できない」の用法と


全く同じなわけじゃないんだよね。



でも、日本ではCan=できる、Can't=できないって習ったし、


アメリカに来るまでの数年間、そうやって使い続けてきちゃった。


アメリカに来て、そういった細かいニュアンスを理解し始めて、


頭では理解してても、とっさに口をついてでちゃうんだよね。




この、Can、Can'tの使い方で相手に切り返されることも


実は少なくない私。


だから、今回の場合、私はもちろんスキニージーンズを


物理的に、履くことはできる


ただ、足が短く太って見えるから、履きたくないってこと。




だから、この場合は、Can'tを使うべきじゃなかったんだよね。


I don't wear them because my legs look short!


とか、


I don't want to wear them because I do not look good in them.


とか、言えばよかったのかな?と今更、思ったりして。



私の周りは、本当にいい人ばっかり。


でも、その分、自分で気づくことってないから、


こんな簡単な切り返しに、心から感謝するのでしたドキドキ