OSとは“能力”ではなく、“仕様”である。
できる・できないの差ではなく、世界をどう解釈するかの違いとして存在している。

人は、それぞれ違う脳(OS)で動いている。
同じ言葉を聞いても、同じ意味にはならない。
同じ状況を見ても、同じ判断にはならない。

この違いは、努力では埋まらない。
量や質の問題ではなく、構造の問題だから。
頼んだ仕事の仕上がりが、こちらの前提と合っていなかったり。
そもそも抜け漏れしていたり。

努力が届くのは、仕様の外側にある領域だけ。
努力のベクトルを間違えると一生到達できない。

人は与えられたOSで世界を見るしかない。
それをどう呼ぶかは、人によって違う。
ここでは、まだ名前をつけない。
ただ、与えられたものとして存在している、というだけを置いておく。