強く生きる事
地震から一週間が経ちました。
東北から関東、静岡のほうにまで地震の波が。
すごく迷いましたが
この日記に記す事によって、ボク自身にもう一度深く心に刻み明日への生きる事の大切さと、微力ながら被災地に自分なりの支援を届けていきたい想いで綴ります。
ボクは宮城県の市内で26年間、遊び、学び、遊び、遊びまくって、育ちました。
春には桜が舞、夏には木々の葉が揺れ、秋には銀杏の絨毯で敷き詰められる街、そして冬には白く雪が降り積もるそんな街。
仙台を離れ都内で生活するのが長くなると、地元での若かった頃の思い出をふと思い出す時が多々あります。雪の中友達と喧嘩した事、海まで自転車で遊びに行って帰る頃には火傷した位日焼けしてしまった事。
テレビを付けると様々な思い出を作った場所は、もう僕の記憶にない姿になっていました。
天災とはなんて残酷なんだろう。
この広い地球の小さな小さな島国に、なぜ。。
親兄弟は無事でした。友人にも何度も聞かれました。
よかったね。
でも、違う。違う。
言葉では表せない怒りにも似た感情。何かが詰まって言葉にすら出来ない。
普段悲しいと思う感覚よりも、もっと黒く重い渦の様な何かがずっと頭の中にへばりついている。
嘘であってくれ
久しぶりに帰郷したら、何も変わってないな、と思いたい気持ちでいさせてくれと目をつむり必死に自分にいい聞かせてみたり。
ニュースを見て手が振るえ、体温が少しだけ下がった気がした。
現実を直視出来ず、未だこの状況を理解したくない僕がいます。
友達にもなかなか連絡が取れない状況。地元の友達はみんな仙台にいる。
僕だけ都内にいるもどかしさがとても辛い。
お前だけ楽してふざけんじゃねーよって、笑いながら電話で言ってくれた地元の友達の声を聞いて、体中の力が抜け、会社で仕事中涙が止まらなかった。まあ、なるようになるさ、と言ってた友達が続けて言った、お前も東京でやれる事だけやればいいよ、そっちも大変だろ、と。普段こんな事言わないやつが言った言葉。
僕は力の限り東京で、誇らしい仙台人として強く生きて行こうと決めた。
今はもうとにかくがんばるしかないんだ。
みんながんばろう。人が人らしく生きて行く為に。
(なんかよく書きたい事がわかりません)
東北から関東、静岡のほうにまで地震の波が。
すごく迷いましたが
この日記に記す事によって、ボク自身にもう一度深く心に刻み明日への生きる事の大切さと、微力ながら被災地に自分なりの支援を届けていきたい想いで綴ります。
ボクは宮城県の市内で26年間、遊び、学び、遊び、遊びまくって、育ちました。
春には桜が舞、夏には木々の葉が揺れ、秋には銀杏の絨毯で敷き詰められる街、そして冬には白く雪が降り積もるそんな街。
仙台を離れ都内で生活するのが長くなると、地元での若かった頃の思い出をふと思い出す時が多々あります。雪の中友達と喧嘩した事、海まで自転車で遊びに行って帰る頃には火傷した位日焼けしてしまった事。
テレビを付けると様々な思い出を作った場所は、もう僕の記憶にない姿になっていました。
天災とはなんて残酷なんだろう。
この広い地球の小さな小さな島国に、なぜ。。
親兄弟は無事でした。友人にも何度も聞かれました。
よかったね。
でも、違う。違う。
言葉では表せない怒りにも似た感情。何かが詰まって言葉にすら出来ない。
普段悲しいと思う感覚よりも、もっと黒く重い渦の様な何かがずっと頭の中にへばりついている。
嘘であってくれ
久しぶりに帰郷したら、何も変わってないな、と思いたい気持ちでいさせてくれと目をつむり必死に自分にいい聞かせてみたり。
ニュースを見て手が振るえ、体温が少しだけ下がった気がした。
現実を直視出来ず、未だこの状況を理解したくない僕がいます。
友達にもなかなか連絡が取れない状況。地元の友達はみんな仙台にいる。
僕だけ都内にいるもどかしさがとても辛い。
お前だけ楽してふざけんじゃねーよって、笑いながら電話で言ってくれた地元の友達の声を聞いて、体中の力が抜け、会社で仕事中涙が止まらなかった。まあ、なるようになるさ、と言ってた友達が続けて言った、お前も東京でやれる事だけやればいいよ、そっちも大変だろ、と。普段こんな事言わないやつが言った言葉。
僕は力の限り東京で、誇らしい仙台人として強く生きて行こうと決めた。
今はもうとにかくがんばるしかないんだ。
みんながんばろう。人が人らしく生きて行く為に。
(なんかよく書きたい事がわかりません)
えーっと
アメブロよりちょっと大きめの写真を掲載したブログを始めました。
こっちより頻度が多くなりそうですw
そして相変わらず文字小さいです。
よろしくちゃん
[free photo environment]
http://fpe.blog76.fc2.com/

