受験勉強の最中、指先がもぞもぞと動き、左手が机の上にあるじゃがりこの蓋を開けた。(じゃがりこ○個で、お一つプレゼント! の、蓋だ。じゃがりこ好きで金欠な私に、その安っぽい蓋は誘惑を与えた。)

一本摘んで、ゆっくり口に運ぶ。気持ちいい位の音が耳に届いた。

じゃがりこ じゃがりこ じゃがりこ じゃがりこ

「ぷまい」

相変わらず右手は鉛筆を握り、瞳はノートの方向に向いている。
そしてまた、左手はじゃがりこに。

私が口淋しい時、傍にいるのはじゃがりこだ。

私はじゃがりこが大好きだ。

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自分の汚さに気付けば、心苦しくもなる。
自分の視線が視点が、可笑しいのかもしれない。しかし、私は苦しくなった。一人はイヤだと叫んだ。

そんな事をしても、何も変わらないのにも関わらず、私は自己嫌悪のみに満ち足りた。

空を見上げれば、小さな自分に無力さを感じ、地面を見れば、心には何も映らず。

空はこんなにも偉大なのに。
大地はこれほどに力強いのに。
私の心には空虚に見えた。
遠かれ、近かれ、いずれ見えなくなる空に大地に、感動もしなかった。

何故か、何故なのか。

それは私の心が虚しさに満ちているからだ。
最も求めるものが手に入らず、疲れているからだ。

使命感とはどこから来るのだろう、私は生き甲斐を与えてくれるだろう使命感が欲しいのだ。

ずっと考えていた。
使命感は、もしかしたらそれは、求めて得られるものでは無いのかもしれない。

使命感を求めても、生き甲斐を求めても、大概が得られない。
それを得るには、人の中での生き甲斐を得るには、人の中に飛び込まなくてはいけない。勉強する事を止めてはいけない。今までの自分の人生を振り返り、何の為に生きてきたのか、苦しみも、痛みも、一つ一つ振り返り、喜びを思い出さなければならない。
誰かの為に生きるなら、何かの為に生きるなら、そうしたいと望ならば。その痛みを、喜びを、思い出し、今の自分の糧として持つべきだ。

私は知った。
生き甲斐は、誰かの、何かの為に生きる時に、見付けられるものなのだ。

それが無ければ、例え人生的に成功し、裕福になっても、何かの分野で成功をおさめても、生き甲斐は感じる事が出来ない。

何故そうなのかは分からないが、本当にどういう訳だか、そういうものなのだ。

私は、誰かの為に生きているだろうか。
否、私は自分の為に生きている。自分が生き甲斐を感じ、満ち足りる為だけに生きている。
満ち足りる事を求めるのは決して悪い事では無いが、それが第一である程、人は満ち足りない。
私は、満ち足りる望みが下へ行くことをも求めている。
それは諦めではなく、希望だ。

さて、私は見付けられるだろうか。見付けたものを、大切に育むことが出来るだろうか。

どうだろう。

あれは、私が中学生の時だった。父と喧嘩をしたのだ。喧嘩の原因は、今では全く覚えていない。ただ、とてつもなく怒りを覚えた事は、よく覚えている。

父をどうしても赦せない私は考えた。父を無視して、父がどれ程の事をしたのか、分からせようとしたのだ。
その期間は少し長く続いた。

一日、二日、三日、一週間とまた少し。

話しかけられても、目を合わせず、口もきかない。無視して他の家族と話し出す。
今思えば、残酷な事をしたと思う。その時に見た父の背中は、今までに見たことが無い程、寂しいものだった。

その後、私と父は和解した。
父から先に、謝ってきたのだ。
その言葉を聞いた時、初めの怒りは萎み、罪悪感で溢れそうになった。
自分がどれだけ父を悲しませたかを思い知ったのだ。父に思い知らせようとして、思い知ったのは私だった。
互いに謝り、その場を閉じた。

私はもう、あの父の背中は見たくないと思う。
気になる後姿というより、印象に残った後姿と言った方が正しいように思うが、私が気になる後姿で思い出したのは、あの時の父の背中だったのだ。


確かにあの時、父の背中は、私にとって、とても気になる後姿だった。

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