“先生はどうしていますか?”
という純粋で当たり前の問いは、
真剣に答えようとすればするほど難しく、
今の自分に胸を張れて伝えたいメッセージがないと、
とてもちゃんと答えられない。
ちゃんと答えられる自分でいられるような日々の過ごし方をすることを、今年の目標に追加。
うちの家族が集合し、食卓を囲むのは、365日中、2日。
お盆とお正月。
お酒のおかげもあり、場が和んで楽しかった。
ここに私や妹の彼氏でもいたら、もっとよくなるのかなぁ、変わるのかなぁ、そんなことを考えていた。
今日の出来事・・・
・ばあちゃんじいちゃんちいった。シュウウエムラの福袋買った、内容がよくてハッピー♪
・「もうおとしものをしませんように!さいふなど」
と、テーブル椅子に、いつぞやか(小学生頃かな)の落書きを発見した。
・外国にいったときは、チップよりも三色ボールペンが喜ばれるらしい。
話は脱線するけど、正月だからか、
●●は、いまどうしてる?何やってんの?
という話が、多い。
私も、どちらかというと単純に昔の知人はどうしているかなぁと気になって自ら切り出す派。
だった。
だけど、今は、こういう話はしないようにしよう、と思った。
軸は、自分だから。
人のことを気にするのと、人を大事にするのは、ちょっと違う。
私は、後者でありたい。
だけど、そういう話が好きな人のことも、否定をしない、見下さない。
矛盾しているようだけど、そこはぶらさないように!
昨年は、迷いの1年だった。
がむしゃらだった1年目、自分達の仕事に価値を見出そうと必死になり続けた2年目とは明らかに違った。
ブレーキがかかる自分がいた。
そんな中の311。
自分の非力さを痛感。大して寄付もできない、かけつけることもできない、情けない経済力や余裕のなさ。
誰かのために何かをしたい、と思いながらも行動している場合ではなかった。
それほど、自分自身に余裕がなかった。
今つらい思いをしている人達や日本という国、世の中に対して、
光を照らしたり、元気にする武器もないことに気がついた。
少しずつ、今、自分がしていることに疑念を感じ始めていたことに対し、
ある意味確信を持ってしまった。
このままじゃだめだ、いやだ、では自分はどうしたいのか?何をしたいのか?
そんなことを毎日毎日、問い続けた1年だった。
それでもやりきると決めた、某A社のプロジェクト。これをまずは必ず成功させねば始まらない。
新しい事例を形にし、現職においての区切りもひとつ、ついた。
そして、今、私は、無理やりにでも霧をはらそうとしている。
じゃないと、何も始まらない。
今年は、自分の道を仮決めし、尖らせていく年にするんだ。
テーマは、公私共に、シンプルになる。断捨離。そして、生きる道を尖らせていく。
そして、目標は仕事において、期待以上の働きをして結果を出すこと。
恐る恐る、覚悟を決めた。
期待と不安のこの状態こそ、私にはベストであると信じる。
追記:
目標、というかやりたいことメモ
・毎日、15分でもいいから勉強をする。
・お風呂で読書 記録もしよう。
・マラソン、体重を50キロ台に絞る。
久しぶりに、このブログを開いてみた。
前の自分、こんなこと思っていたんだ、と、面白いし気づきがある。
教えられることもあった。
やっぱり記録って大事だな。
最近、記憶力も弱くなっていて、前のことが思い出せない時がある。
事柄じゃなく、考えていたこと、感じていたことが、特に。
自分が、どんどん根性無しの怠け者になっている気さえする。
だから、2012年は、変わりたいと思う。
少しずつ、アウトプットすることに慣れてきたい。
このブログは、その練習として使っていきたい。
宜しくお願いします。
2011.1.1
迷っています。
方向性に。
私は、何でもいいから、
人と向き合える仕事が したい。
アナログな信頼関係を築ける人間になりたい。
誰かに何かしらのきっかけを与えたい。
そして、人に変化を促して、それをそばで見ていたい。
それによって、自分自身も常に成長していきたい。
だから、会社で働くよりも、教師って仕事がしたいんじゃないか。
って思いが強いんだけど・・・
わかんねーーーーーーー!!!!
よんでまーす
ドラゴン桜の外伝で、転職についてのやつ
なかなかべんきょうになりますね
社会ってこえーって思う面もありーのですが
あたしのだめな点(社会人目線で)が
すこしわかった気がする
ビジネスって、
人のために、
だけじゃだめなんだ
もちろんそれはすっごく大事だけれど
それ以前に
自分のために
って概念が必須なんだね
キャノンの人が書いた本にも似たようなことが書いてあった
私はいつも、人のために、相手の立場に立って物事を考える
ってのを大切に自分の価値観として持っていたけど
それじゃまだ甘いらしい
それを自己の利益に結びつけるからこそ
必死になるんだ、人は
確かにそーかもしんない
あたしが人のために、とかいってることは
所詮そーやったことで感謝される自分が気持ちいいから
なのかもしんない
自己満足の自慰行為なんだろう
しかし、それをそうだと認めると
ある意味ラクになる
人のためにがんばることが
自分の利益につながるんなら
私はいくらでもがんばれるんじゃないか
なんだかさみしい考えなのかもしれないけどさ
これがある意味でオトナになるってことなのかもしれない
あなたがいるだけで
元気になる
雰囲気がよくなる
がんばれる
そんな川藤先生ってすてき!
そして生徒たちの変化が、とても見てて気持ちよい!
ルーキーズを読んで、そう思いました
誰かを全力で応援して
その人の目標の達成を間近で感じられたら
自分にとっても大きな大きな喜びになるんだろう
私がそうなるためには
まず
人を心から信じる力が必要かも
どこかで人を、信じていない部分があるから
それなのに人に対して過度に期待してしまうから
信じてないのに期待する
この矛盾を、まずなくすこと
それが今、必要なことかなぁ。。。