CPc
第5章 先尾翼機 Ultra震電 を作る
先の大戦末期、帝国海軍は来襲するであろうB‐29に立ち向かう局地戦闘機をいくつかの航空機メーカーに命令したが、九州福岡市にある九州飛行機があのライトフライヤー号と同じ尾翼を前につけた先尾翼型の閃電戦闘機で応じたのです。
中島飛行機は双発の戦闘機”天雷”で応じたが、1機で2機分のエンジンを使うなら、「単発機を2機
造る方が効果的だ」という理由で数機の試作機で中止となりました。また、双胴型の”閃電”戦闘機で
応じた三菱重工でしたが、Pusher型のプロペラ後流が水平尾翼に不穏な振動を生じたトラブルの解
決に多くの時間を要したことと、予定していたエンジンが所定の性能を得られなかったことで試作前に
中止となりました。
そんな中で、この前代未聞の先尾翼型(海軍は前翼式と呼んでいた)戦闘機”震電”の設計技師鶴
野正敬氏は、模型による風洞試験や実物大の滑空機による先尾翼型の課題を次々と解決していく中
で「技術的な見通しが立った」と 十八試局地戦闘機 として試作命令が出たのが昭和18年末でし
た。
さて、Elevatorが前にあるため敏感に反応してくれる反面、CGとVerticak stab.の距離が近いために
Verticalに大きな面積が求められるなどこれといった構造的なメリットなどがない先尾翼型なのに、な
ぜ、鶴野技師は強くこだわったのでしょうか。
それは、三菱閃電と同じように 最大速度405knot(750㎞/h)以上、8000mまで10分以内の上
昇力が得られるであろう空力的抵抗の小ささ、そして30ミリ機関砲の装備 といった海軍の要求に応
えるためだったに外なりません。
時速750㎞の最高速と8000mまで10分の上昇力は直径の大きな大出力、大容量のエンジン
をNoseに置いたのでは実現することは難しく、必然的に胴体中ほどに置いてPusher型プロペラを装
着した流線形胴体ということになりました。
そして、あのB-29爆撃機を一発で破壊できる威力をもっているけれど、銃身が長いために翼には
装着できなかった30ミリ砲を胴体のNoseに4基も装着することで、その命中精度と威力が格段に向
上するはずだと踏んだのです。
水平尾翼を機体の前方に配した先尾翼型震電ですが、操縦舵面Control surfaceの配置はどうなっ
ているのでしょうか。下図にその舵面配置図を示します。
重心CGから遠く離れた主翼外側に横方向の制御をするAileronと、その内側に着陸速度を遅くする
ためのFlapを設けたのはよく理解できます。しかし、Elevatorが先尾翼に配されたことはともかくとし
て、普通翼機のゼロ戦の水平尾翼よりずっと小さく、しかも、水平飛行中は機体を支える揚力を担っ
ていないにも関わらず、SlatやElevatorと兼用の後縁Flapといった高揚力装置を設けているのはどうし
てなのか、と疑問がわきます。特別に大きな揚力を必要とする場面が先尾翼にはあるのでしょうか。
あれやこれやよーく考えてみた結果、その機会があることに気がつきました。
離着陸の速度はなるべく小さな市区度にしなければなりません。そのために主翼後縁Flapを下げて
揚力を大きくしますが、同時に、機体は大きくNose downの姿勢になってしまいます。なぜなら、主翼
Flapは
重心CGより後ろにあるからです。
その危険な機体のNose down姿勢を修正するために主翼後縁Flapを下げることと連動して先尾翼
のSlatをせり出し、Flapを下げて先尾翼に生じる揚力を一時的に増大させるのです。これによって生
ずるNose upモーメントによって縦の安定を保つことができるのです。
この先尾翼FlapがElevatorと兼用ということは、操縦桿の位置によってFlap角度が制御できるのでは
ないかと推察します。そこまで記述された文献を目にしたことがありませんが、そのようにしないと
Flap extendのときの縦の制御ができないからです。
Slatは翼前縁の、そして主翼Flapは後縁のキャンバーを大きくして揚力を増大させる機構ですが、そ
れぞれに隙間(Slot)を形作るように作動させています。翼下面の負圧気流を上面に流してより効果的
に大きな揚力が得られるよにすることが目的です。
そんな九州飛行機製震電戦闘機を、外形を直線だけで構成し、1枚のVertical stab.に大きくデフォ
ルメしたのでUltra震電ということです。スーパーを超えたウルトラ ということです。実機の生産数は
強度試験用の機体を含めて3機製造されたところで終戦となり、実際の性能詳細等は明らかにはな
りませんでした。
1.紙ヒコーキ ウルトラ震電を作る
紙ヒコーキで作る先尾翼機”震電”は、下向きがちなNoseの持ち上げ方で次の2種類があります。
A.Area-aid shape(先尾翼面積援助型)---主翼の25%を超える先尾翼面積とその取付角を調整
委することにより縦方向の安定を 図る形です。
B.Elevon-aid shape(エレボン援助型)―主翼面積の25%を下回る先尾翼の場合、先尾翼角度に
加えてElevonのNose upモーメントを利用して縦の安定を図っている形で
す。下の震電は主翼の15%の先尾翼面積で、翼端ほど翼弦長が長い
逆テーパー翼Reverse tapered wingを採用したElevon-aid型の震電で
す。
そして、先尾翼をどんどん小さくしていくと同時に主翼を大きくしていく
と先尾翼がなくなって一枚翼の無尾翼機となります。
A. Area-aid 型先尾翼機”震電-a”を飛ばす
イ.Area-aid型先尾翼機は、基本的に普通翼機の主翼と尾翼の面積をそのままにして、その位置を
逆にしたものです。従って、主翼面積と先尾翼面積はスーパーゼロ戦の主翼と尾翼と大きく変
わらないのですが、ゼロ戦の台形前進翼もその向きを変えて台形後退角にして胴体後部に取り付
けます。
ロ.安定性をよくしたい
主翼面積の25%前後の先尾翼面積にして、普通翼機と同じように全幅全長を15・12cm余に
していくつか作ってみたけれどうまく飛んでくれたのは皆無でした。左へふらふら、右へフラフラ、
縦の安定や方向の安定が治まりません。「何がいけないんだろう…」
基本に立ち返って、次の3点を組み込んで再設計してみました。
a.先尾翼容積比VC=Sc・Lc/Sw・MACw≧0.6 とした。
b.先尾翼と主翼のAR≧5 とした。
c.主翼の取付位置を胴体後端から2㎝に置いた。
その結果は月とスッポンほどの違いを見せてくれて、難なくtan6°の滑空性能をクリアしたので
す。
その設計図を下に示します。
説明します。当初、胴体長をゼロ戦と同じ12.5㎝でとりかかったのですが、上記3点の条件を
組み入れると少なくとも13㎝の長さが必要なことが分かりました。
胴体後端から2.0㎝のところに主翼を置いたのは、垂直尾翼の面積を小さくする距離Lvである
CGとCPv(垂直尾翼圧力中心)間を長くするためです。そのために、Lv=3.80cmとなり、Sv=
(003×4218×14.80)/3.80=4.90c㎡ と程よい面積になり軽量化の一助になりました。
主翼面積はゼロ戦と同じ42c㎡余にしましたが、距離が近いために大きくなりがちな垂直
尾翼を考慮して翼幅を小さくした平面形を再設計し、Cr=3.90 cm、Ct=1.80㎝、B=14.80㎝
のSW=42.18c㎡、AR=5.2の台形後退翼にしました。
先尾翼の位置はNose先端から0.20㎝控えたところに前縁を置き、主翼とほぼ相似形にしたい
ので付根弦長2.00㎝、翼端弦長1.00㎝のテーパー比TRを0.5と想定し、MACc=1.56㎝の
40%点をCPc先尾翼圧力中心と決めて先尾翼と主翼の圧力中心間距離Lcp=8.39cmとしまし
た。
2 k2乗 Ct
MAC=――・(1+――――)・Cr k=――
3 k+1 Cr
ここで先尾翼の翼幅を決めて先尾翼の面積を確定することになるけれど、R/S Rate of Surface
先尾翼と主翼の面積比=0.22を目安にし、VC Volume of Canard wing先尾翼容積比=0.60
を指標にして、必要最小限の先尾翼面積を見つけ出す作業になります。しかし、それは面積の広
さをいくつか変えてみての計算を繰り返すことになります。
もちろん、VC=0.60は経験に基づく数値であり、これより大きな数値になっても安定性さが損
なわれることはないけれど、一方で機体の重さが増えることになり滑空性能に影響が出る恐れ
があります。
ここで作るultra震電の必要最小限の先尾翼面積、11.70c㎡は次のようにして求めました。
Sc Sc
R/S=0.22=――――=――――― からSc=11.79c㎡ となります。
Sc+Sw Sc+42.18
Cr+Ct
図形化するための計算をすると 先尾翼面積Sc=―――×翼幅B=11.79 の方程式を
2
2+1
たてて、B=7.86を求めて7.80cmに処理すると、Sc=―――×7.80=11.70 となりま
2
した。
先尾翼と主翼の面積比からその釣り合い点CPtotal を求めると
11.70
R/S=――――――― =0.217 ×8.39=1.82cm となり、主翼圧力中心CPwから前
11.70+42.18
方1.82cmにCPtotal があることになります。その点は同時に、先尾翼の圧力中心CPcから後
方に6.57cmの点でもあります。
そして、先尾翼と主翼の面積的釣り合い点、言い換えれば先尾翼と主翼の揚力的釣り合い点で
あるCPtotal の前方0.10㎝にCGを置きます(CG advance)。これを0.20cmにすると、先尾翼
の角度を最大限にしてもNoseは持ち上がりません。従って、CGは主翼後縁から3.71㎝の距離
になります。
CGが決まったところで先尾翼容積比Volume of Canard wing VCを計算します。
11.70×6.47
VC=―――――――――=0.60≧0.60
42.18×2.98
ということでVCの基準値を満足させています。分子の部分を見ると、先尾翼面積をもっと大きく
した場合には主翼からの距離をもっと小さくできることが分かります
さて、このまま飛ばしてもNoseは持ち上がらずに地表に突っ込んでしまうだけです。理由は次
の3点です。
イ.先尾翼と主翼の翼型が異なること
ロ.CGをCPtotalの前方に置いたこと
ハ.主翼に取付角がつけられていること(このモデルには該当しない)
従って、上記のイ、ロ、ハを先尾翼の取付角で補正すことでtan6°の滑空が得られることになり
ます。その補正の計算を以下に示します。
イ.先尾翼と主翼の翼型が異なることの先尾翼の補正角度
第2章でも紹介した3%キャンバー翼と平板翼の揚力曲線を上に示します。例えば、 Cl=0.5に
おけるキャンバー翼と平板翼の迎角を比較すると キャンバー翼の4.4°に対して平板翼は5.
9°と読み取れます。すなわち、平板翼である先尾翼の取付角を主翼よりも1.5°大きくすること
で主翼と同じ揚力係数となります。
ロ.CGをCPtotal の前方に置いたことによる先尾翼の補正角度
先尾翼と主翼の揚力釣り合い点=揚力合力点であるCPtotalより前方に機体の重心位置を置い
たのだから、先尾翼の角度を少し大きくしないと前のめりになってうまく飛んでくれません。その先
尾翼の角度を計算で出します。
(先尾翼) 1.82+0.10=11.70・Cl →Cl=0.164
( 主翼) 6.57-0.10=42.18・Cl →Cl=0.159
0.164-0.153
―――――――=0.072 → 主翼に対して先尾翼の揚力を7.2%増やす。
0.153
そのClは Cl=0.5×1.072=0.54 となり、その迎角は上の曲線から6.3°となり
ます。
この時の主翼の迎角は上の揚力曲線から4.4°なので、それとの差 6.3-4.4=
1.9°を先尾翼に付加することでCPtotal の前方0.10cmにCGを置いたことによるNose down
モーメントを消失させることができるはずです。
ハ.主翼に取付角がつけられていることの補正角度
主翼が胴体に取付角をもって取り付けられた場合、同じ角度を先尾翼にも与えないと先尾翼と
主翼の揚力は釣り合いが取れません。しかし、ここで作るウルトラ震電の主翼には取付角をつけ
ないので補正値は±0°となります。
以上、イ、ロ、ハ、の補正角度を合計すると 1.5+1.9+0=3.4°となり、先尾翼を胴体に
+3.4°、つまり前縁上げ3.4°で取り付けます。
3.4°の角度は、三角関数を使ってを図形的に表すことで工作が容易になります。
tangent3°=0.05241
tangent4°=0.06993
5.94 3
その差 0.01752×0.4=0.0070+0.05241=0.0594=―――=――
100 51
3
つまり tangento―― が3.4°であり、図形で表すと下図になります。
51
設計三面図から下に示す全ての構成部品各々の外形図を描いた部品図を作成します。上記三
面図と共に示しています。
・主翼 ・先尾翼 ・垂直尾翼 ・主翼と先尾翼の取付ガイド片 ・上反角くさび切り出し片
・胴体 ・胴体補強板 ・キャンバーゲージ
部品図から切り出した各部品を加工し、組み立てて震電type277を完成させ、試験飛行に臨み
ました。機体を投てき後、大きくNose downし、地表間近で水平飛行に姿勢を変えるというその飛
行姿の原因は、先尾翼の所定の角度に足りないと判断しました。
そこで、先尾翼の左右両先端付近を少し捻じって取付角を少し大きくしたところ、俄かに解決し
tan6°の滑空角を満足させることができました。
やはり、先尾翼の取付角3.4°をはじめとする手作業による誤差の累積が、試験飛行における
微調整として具現化しているのだと感じます。
B. Elevon-aid型先尾翼機 ”震電-e”を飛ばす
下を向いてしまうNoseを何とか上向きにする揚力を先尾翼の面積だけに頼る震電ーAに対して、
主翼に施した反転キャンバーによるNose-upモーメントを利用して先尾翼面積を小さく、且つその取
付位置も自在にできるのが震電ーeの特徴です。
このように、同じ先尾翼型でありながらArea-aid型とは大きく異なる揚力作用を持って空を飛ぶ
Elevon-aid型があります。その違いは次の通りです。
イ.先尾翼面積+主翼面積を53c㎡余にして主翼面積の一定割合のElevonを設けることで、縦の
安定を損なうことなく先尾翼の取付位置とその面積を自在に設定できる。
ロ.しかも、先尾翼の取付角は繁雑な計算をすることなく一定値4°にしてやればよい。
ハ.縦安定の制御は、もっぱらElevonが担っている。
というように、先尾翼型戦闘機 震電―e を簡単に作ることができて胸のすくような飛びっぷりを見
ることができます。では、ここでは逆テーパーの主翼と先尾翼を持つ震電―e を作ってみます。
逆テーパー翼を持つ震電ーeの二面図を下に示します。
少し、説明します。
特異な形をしているので戸惑うかもしれませんが、逆テーパー翼は筆者の思い付きではありませ
ん。れっきとした実機に採用されたこともあるのです。その目的は何でしょうか。
後退角を大きくすることで弦長が長くなって気流に対する翼厚比は小さくなるけれど、構造的に
も翼厚が薄い翼端部分の強度が弱く大きくたわんで揚力を失いやすくなるのです。
その不都合を解決しようと、アメリカのリパブリック社が設計したのが翼端ほど弦長を長くして頑丈
にした逆テーパー翼を採用したXF-91戦闘機でした。確かに堅固な翼端にしたことで翼端失速は抑
制されたことでしょうが、その思惑に反して機体を支える翼の付け根部分の脆弱さが露呈して実用
にはならなかったのです。
しかし、ここで作る震電ーe の逆テーパー翼の目的は、XF-91のような”翼端失速の抑制”ではな
く、ただただ、その特異な外観が目に留まったから、だけなのです。震電ーe の試作機を作り終えて
感じたことは、「逆テーパー翼は先尾翼型というヒコーキの形によく似合う」 ということでした。
主翼面積46.10c㎡で、その約16%である7.46c㎡の先尾翼をNoseから2.0cmのところに配
置しましたが、意の向くままの形です。ただ、1枚のVertical stab.にするには主翼後縁からTailに向
かって3cm余の距離をとらないと巨大なVertical stabになることがあらかじめの計算で分かってい
たので、先尾翼と主翼間の距離が5.30cmとずいぶん短くなりました。全長は13.00cmです。
先尾翼面積の主翼面積に対する割合は16%ですが、この16%という割合により次の設計値が
決まってきます。
・CG advance――CPtotalから前方に0.25cmCGを置きます。
・Elevon 面積―ー主翼面積の13%余が左右併せての面積です。
これは筆者の研究結果を適用したもので、その全容を下図に示します。
この震電-eは、上の表のSc/Swが0.15 欄を横に観てみると、Swが46付近でSe係数は0.13
とあり、さらに右横のCG位置には+0,25cmとあるのが分かります。そのSe係数とCG位置を適用
することで とてもよく飛ぶ先尾翼機、震電を難なく作ることができ、飛ばすことができるのです。
主翼のMAC平均翼弦長は3.19cmで、その40%長1.28cmが前縁から後方に主翼の圧力中
心CPwとして設定されています。後縁がテーパーになっているために誤差を生じやすいと考えて前
縁から求めました。
R/S先尾翼と主翼の面積比0.139×Lcp6.03cm=0.84cmとなり、CG位置は
1,28-0.84-CGadvance0.25=前縁からの距離0.19cm となります。
この二面図から構成部品の全てを個々に描いた部品図を作ります。下に示します。
その部品図をケント紙にコピーして個々の部品を切り出し、加工してPrototypeを1機作りました。
外観の出来具合や問題点のないことを確認して、CG位置で支えて機体前後の重さがバランスする
ようにおもりの調整をした後、恐るおそる、そっと投げ出してみました。さてーーー。
1回目の飛行を観てElevonの角度を少し浅くしたら、2回目には約10m先までスーッと飛んでくれて
tangent6°の滑空レベルを満足してくれました。パチパチパチ、拍手です。自分の設計製作した震
電戦闘機が空気と仲良くなりながら10mも飛んでくれたんです。重さを測ると3gram弱の軽さです。
この感激を求め続けて40年以上になります。飽きませんね。ほんま、あきまへんなアー。