僕はしばしば訝られる。
というのも、つねに本音を探る行為をしているからだろうと思う。
さらに物事をストレート言うようになってから拍車をかけるように嫌われるようになったようだ。
しかし、そうすることが僕の最もな自然体の姿なのである。
人に好まれるには自分を我慢をし、正反対なことを発現すれば良いはずだ。
好まれることもストレスであり、好まれざることもストレスである。
僕は基本的に人が好きだ。
ところで初対面ほど未知なる世界を目の前にして、人に興味がないと言う者らは、一部(自閉症やある種の特異性な者など)を除き強がりや臆病者であるように思われる。
こういう者らの精神はそれを持続させるのであれば、未熟なままであろう。
さて、興味をもって深いところを聞くー僕の好きなことー興味をもって聞いた結果ー煙たがられる。
「人は興味を持たれることは好きなんだよ」とよく聞くが、興味をもつ領域が僕には好きな部分であるが、相手には嫌われる領域なのである。
そして相手が興味を持ってほしい部分に関して僕には、興味がないことがある。
頭も働かなければ、眠くなるほどだ。
一層の事、その場からいなくなりゲオにでも寄ってDVDを借りた方がよっぽど楽しいし、相手に対する失礼も軽減されるだろう。
ここまできてやっと言葉が見つかったけれど、頭を働かせることが好きであるが、頭を働かせることが相手には嫌われることであった。
そしてどちらも欠けるとストレスに感じる。
ストレスを拒んでいるのではない。
というのも、決してこの問題のみが僕のストレスではないのだから。
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