8月14日は、V-J day という日でした。対日戦勝記念日、日本との戦争に勝って、平和が訪れた事を記念する日だそうです。
今まで、あまり気にしていなかったけど、私にとっては、なんか微妙な日でした。
今も、悲惨な戦いが続いています。ここに、昔、1941-45年の戦争中の様子に関する記事を残しておこうと思います。
アメリカでの配給制の記事 見出し
当時の日本や、戦場になった国とはとても比べ物にならないけど、豊かなアメリカでも戦争が続くにつれて生活は変わっていき、粉ミルクまで配給制になった。

配給制の記事
物資の豊富なアメリカでも、砂糖や肉、日用品の配給を引替え券で受けていた。中には、配給券を盗んだり、偽造する人もいた。
金属回収も
人々はスクラップの金属や食用の脂も武器にするために集めた。
生徒も、自転車のタイヤや、鳥かご、ベビーカーを回収した。空き地や、ゴルフコースには野菜が植えられた。
8月14日の対日勝利の知らせが伝わると、工場の人たちは家でお祝いをしたり、教会に集まった。
空襲訓練も
空襲が、アメリカの内部まで来るとは思えなかったが、市では24機の敵の爆撃機が製鉄所に爆弾を落とすという模擬訓練をおこなった。
実際には、爆弾の代わりに煙を引く紙袋を使ってたけど、戦場では、本物の爆弾だ。
家族が戦争に行っている家は、ブルーの星しるしを、戦士した家は金色の星を、窓に飾ってた。
年配の人の話では、空襲訓練は原水爆ミサイルの攻撃に備えて、1960年過ぎまで小学校でもやっていたそうです。
この国は、他の国を、武力で押さえようとする。すごい武器も持っている。世界の多くの国は、武器をもって今でも戦争をしている。だれもそれを望んでいないのに。



