渋谷
ここで最初の場面に戻る事にしよう。それから間もなくして私の許にやってきた人物は、拍手をしながらやってきたのだが、その意味を十分に把握していた私は、この人物の腕が私が届くところまで顔色一つ変えずに待っていた。ところが、私の視界にその腕を捕らえた瞬間、この人物の拳が私の顔に襲い掛かってきたのである。それを寸前ところでかわすとその勢いが余ってしまい、暗渠の中の壁にめり込んでしまったのである。それでも怯む事無く、この人物は私に拳を浴びせ続けていた。それから私は暫くその拳に付き合っていたのだがすぐに飽きてしまったので、とあるタイミングで反撃すると、私にその主役が回ってくるまでそんなに時間はかからなかった。そして、この人物に水を使った拷問を仕掛け、三途の川の中間地まで追い詰めると、ようやくそこで最新式の暗視ゴーグルを外し、この人物がもっていた携帯電話を取り出し、本来私が話さなければいけない真の相手の許に電話を入れた。しかし、その電話が私の近くで鳴っている事に気が付くと、すぐさま臨戦態勢を整えて、そこからの脱出を図ったのである。その爆風で私は軽い怪我を負ってしまったのであるが、その足で本来私が話さなければいけない真の相手に向かうとすぐさまプレゼンテーションを始め、私の下した結論を話したのである。果たして、この相手は私の説得に応じるのだろうか・・・・・?
翌日
場面は再び、最初に戻るのだが、次にこの暗渠の中の川に轟いたのは、私が普段から訊き慣れているあの人物の足音だったのである。この人物は私の格好を見た途端、すぐに暗視ゴーグルを身につけて、自分が今所持している全ての武器を私に見せ、その全てを私に預けたのである。その全てをチェックすると、複数のジュラルミンケースをこの人物の前に並べてその中身を見せたのである。ところが、その表情の微妙な変化を読み取った私は、すぐさまその当時お付き合いをしていた恋人エヴェリナ飯ノ瀬戸オーヴィル未知(=エヴェリナ いのせど オーヴィル えっくす)の名前を叫び、未知を呼び寄せた。未知は程無くして私の許にやって来たのだが、案の定、未知の背後には、私の妹であるウィンクブルードメア御幸町通道場愛澄(=ウィンクブルードメア ごこまちどおりみちば ありす)の姿があったのである。その事を想定していた私は、愛澄に今、愛澄自身が置かれている状況を説明し、愛澄を説得したのだが、愛澄は涙がぐっとこみ上げ声を詰まらせながら、私に訴えたのである。それを聞いた私は、事前に愛澄との打ち合わせ通りの行動をしたのだが、愛澄の様子がおかしい事に気が付いたのである。その瞬間、私は怒りが爆発し、瞬間湯沸かし器になってしまったのである。その轟音で辺りは騒然となってしまったのだが、この人物は私が冷静になるまでじっと我慢をしていたのである。そして、ようやく落ち着いた私の姿を見て、この人物は私に語り掛け、私を抱きしめたのである。その瞬間を私は待っていた。愛澄に口笛を吹いて“合図(=サイン)”を送ると、愛澄は、この人物に最新情報端末の“画面(=モニター)”を見せて、私の下した結論を話したのである。果たして、この人物も私の説得に応じるのだろうか・・・・・?
数日後
六本木
この街にある象徴的な商業施設にある展望台にやって来た私と未知は、お互いに手を繋ぐタイミングを計っていたのだが、なかなか手を繋ぐ事が出来なかった。その様子を遠くで見ていた私の同級生達が私を冷やかしてきたので私は必死にそれを否定したのだが、その顔色を見た途端、私の同級生達はそれ以上の冷やかしを止めた。すると、未知が手を伸ばしたので、そのタイミングで私は未知の手を繋ぐと、しばらくの間その手を離す事はなかった。そして、同じ商業施設内で未知の友人達と合流し、次の場所に向かっていたのだが、その途中で外国人同士の喧嘩の場面に遭遇してしまったのである。その外国人達の刺繍が目に飛び込んだのだが、その瞬間、私は両親の説得の際に率いていたそれぞれの仲間の刺繍が蘇ってしまい、それがこの頃はまだ無名だったあの国際シンジケートの初期の刺繍である事が後になって分かったのだが、この時はその外国人達の目を合わせない様に慎重に行動しながら、その場を後にしたのである。ところが、そのネットワークは幅広く、未知に魔の手が伸びるのにそんなに時間がかからなかった。
今日
都内某所
日本はおろか世界でも有名なあの航空会社の本社があるオフィスビルの地下にある私達SPOのオフィスに戻ってきた私は、自分のオフォスに戻ると、そこには、世界で最も名前が知られているあの総合学術雑誌が置かれていたのである。ところが、その光景に馴染めなかった私は辺りを警戒し、異常が無い事を確認すると、恐る恐るその総合学術雑誌に手を伸ばしたのである。すると、その上には一枚の紙が置かれていて、そこには未知が遺言として残した最期の言葉が未知の最も得意だった外国語で書かれていたのである。それを見た途端、私は涙を必死に堪えながらページをめくると、そこには未知が侵されていた脳の難病と映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』で主人公のベンジャミン・バトンが侵された病気との関係が書かれた記事が掲載されていた。ちなみに未知は、冬季に最も流行するあの急性感染症との合併症と診断されて、あれから半年後にその生涯を終えてしまったのだが、私は今回この掲載された学説を支持していたので安堵した。そこへ愛澄から一本の電話がかかってきたので、私は先程のその総合学術雑誌の事だろうと思い込んで、話をしていたのだが、愛澄の指示でテレビの“画面”をつけると、そこには信じられないニュースが全世界に速報で伝えていたのである。それは、未知が飛び級で世界にその名が轟くあの有名な大学に在籍していた当時、専攻していた分野の論文が証明されて、その分野の難問が解明されたというものだった。私はそのニュースを耳にした途端、すぐさまそこを飛び出したのである。
渋谷
気が付くと、私はこの暗渠の中を流れている川のあの時からじっと時が止まっている暗渠の壁に出来た痕跡に触れていた。そして、一息つくと、完全に周りの音を遮断出来るヘッドフォンをして「サイレントマジョリティー」と「渋谷川」をリピートしてこの渋谷川を上流から下流へと歩き、この時に「渋谷川」を流しながらクレジットタイトルを流し、曲が終わるとヘッドフォンを外して、気分爽快になって人混みの中へと消えるのであった。
