一週間前の土曜日に、私は北海道に初上陸した。
新千歳空港につくと、2歳年下の大学院の先輩が車で迎えに来てくれた。
彼が卒業する3月に学内ですれ違った際に、
「北海道に就職ですか。寂しくなった頃に伺います。」と言っておいた。
さて、先輩は4月から仕事を始めて、車を購入し、
ローンを払い始める前に単独事故で車をダメにしたそうで
代車で迎えに来てくれたということだった。
申し訳ない。
そんな先輩は私を箱根牧場に連れて行ってくれた。
北海道なのに箱根?
地理の苦手な私は若干混乱したが、あまり気にしなかった。
北海道物産展などにも出店する牧場だ。
ここで、既に感情の昂ぶりを抑えられない私は早速チーズづくりの体験を先輩と申し込む。
細胞をメンテナンスするときと同様、無菌状態が好ましい食品作業なので
カーディガンを脱いで短めの半袖になった。
その日、気温が10℃程度だった札幌でそんな格好をしているのは私だけだ。
さて、今回はカッテージチーズのようなインド風チーズ
パニールをつくるということで発酵はさせない。
牛乳に生クリームを投入し、殺菌のため、89度くらいまで温度を上げる。
そこで火を弱火にして、ゆっくりと酸性であるレモン汁を入れ、
木べらでゆっくりと混ぜながら牛乳のタンパク質を分離していく。
私も先輩も生物学者の端くれである。
この原理について議論が尽きなかった。
卵が熱でゆでたまごになると、生卵には戻らないのと同様に
タンパク質は熱で性質が変化し(変性)、いったん変性すると元に戻らない。
そのため、89℃と言われたらそれを守らなければ失敗するかもしれない。
私は温度管理を担当し、先輩は混ぜる。
89℃は変性のための温度ではなく、あくまで殺菌のためだ。
料理も実験もコツがあって、そのコツを押さえれば後は適当でもいいのだ。
しかし、原理がわかっていないとコツがわからないというものだ。
我々はそのコツに関する持論を論じ合った。
89℃になるとすぐに火を弱め、インストラクターのお姉さんの言うとおり
2周りでレモン汁が入るくらいのスピードでレモン汁を回し入れた。
私達の体は弱酸性とかいわれるが、ほぼ中性位なので、酸性やアルカリ性のものが入ると
タンパク質は変性する。
今回のレモン汁は牛乳のタンパク質を変性させるためなのだが、
ゆっくり混ぜないと、タンパク質がおからのようにモロモロしてしまう。
これは大腸菌からプラスミド(DNA)を抽出する実験作業から学んで知っていることだ。
さぁ、ここで先輩は忍耐を持ってゆっくりと、
ガシャガシャと混ぜることなく淡々とかき混ぜ続けた。
その結果。
モッツァレラチーズのような大きなしろいかたまりができた。
インストラクターのお姉さんも「たくさん出来ましたね」とほめてくれた。
実際、私と先輩がそれぞれ頂いた持ち帰り用の容器にチーズを押し込むと
あふれんばかりのチーズができていた。
原理を知っていると回収率もいいのだ。
プラスミド(DNA)の回収と同じだ。
コツが大事。
味も大満足で、ゲストハウスの宿泊客にもふるまった。
この話を帰ってから友人たちにすると、
「うざい客だね」と言われた。
大学院生だもの。