今年の夏は三輪の神糸を食べ続けている。

なぜか揖保乃糸を食べようとは思わない。大神神社には何度も足を運んだ。昼1時ころに到着して参拝、1時間ほどで参道の茶屋に入り、三輪そうめんをいただく。


今年は御神饌をいただき、三輪の神糸をスーパーで見かけたときは、これだと思った。それとほうじ茶。安いのでいい。

ほうじ茶を飲むと、法隆寺や中宮寺の旅を思い出す。法隆寺の仏像はいい。製作者の苦悩や背景がひと彫り、ひと彫りから感じられる。飛鳥や橿原のススキ野が広がる秋の光景は侘びしくて、余白があって、太古の悠然とした趣がある。


食は精神性を表すような気がする。普段から大神神社のある奈良県桜井市に所在している感覚でいると、ほうじ茶を飲んだときに鉄道で片道時間をかけて小旅行をしているふうになる。


奈良とは全く違う地方で暮らしているのだが。



今年の夏は、

奈良に魂が還っているような気がする。