
「お母さん、やめます。もう、限界です。」
投稿した瞬間、タイムラインは炎上した。「身勝手」「母親失格」との罵倒が次々と届き、美咲の胸を抉った。共感の声もあったが、それさえ重荷だった。「私も同じ」――そんな言葉が、彼女の孤独を強調するだけだ。美咲は25歳。大学を卒業して結婚し、翔太を産んだ時は夢見た「幸せな家族」を信じていた。でも今、鏡に映る自分は、くぼんだ頰と血走った目。産後うつだと診断されて半年、薬を飲んでも心の闇は深まるばかり。翔太のイヤイヤ期がピークで、毎朝の着替えは戦場。双子の授乳は機械のように繰り返し、睡眠は2時間おきに途切れる。
「顔も見たくない。お母さん、辞めたい」
――そんな言葉が、喉の奥で渦巻く。夕方、翔太が熱を出した。美咲は慌てて小児科へ。待合室で、隣の母親がスマホをいじりながら「うちの子も大変よ」と笑う声が、耳に刺さった。帰宅後、翔太の熱は下がらず、美咲は床に伏せた。涙が止まらない。毒親になりそうで怖い。自分が翔太を愛せないなんて、ありえないのに。夜中、双子の泣き声で目覚め、美咲はついに叫んだ。
「もう、いい加減にして! お母さん、やめるよ!」
翔太がびっくりして泣き出し、美咲は自分を殴りたくなる衝動に駆られた。あの投稿を削除したはずなのに、心の中の叫びは消えない。
翌朝、美咲は震える手で児童相談所に電話をかけた。声が詰まり、言葉にならない。
「助けて……母親を、やめたいんです。」
相談員の女性、佐藤さんは穏やかに言った。
「それは、立派なSOSですよ。お母さんも、人間です。」
初回の面談で、美咲はすべてを吐き出した。ワンオペの孤独、夫の無理解、自由時間の喪失。佐藤さんはメモを取りながら、
「あなた一人じゃないんです。支援がありますよ」
と資料を渡した。NPOの「エブリリーフ」――半里親制度。親が休める時間に、ボランティアの「リーフメイト」が子どもたちと過ごす仕組みだ。
一週間後、美咲は勇気を出して登録した。初回のマッチングで、担当のメイトは60代の元保育士、田中さんだった。翔太と双子を預け、美咲は一人でカフェへ。2時間だけ、誰もいない時間。コーヒーの香りに、久しぶりに息ができた。
「お子さんたち、元気ですよ。翔太くん、公園で大はしゃぎでした。」
田中さんからのメッセージに、美咲は涙をこぼした。夫の浩太にも相談した。「俺も、もっと手伝うよ。」浩太は残業を減らし、週末に双子の沐浴を担当するようになった。ぎこちない手つきだったが、美咲の心に小さな灯がともった。
地域の「日本版ネウボラ」にも通うようになった。妊娠・出産時の相談窓口が、産後ママの集まりに変わっていた。そこでは、同じく「やめたい」と思った母親たちが輪になって話す。
「私も、反抗期の息子に『一緒に住みたくない』って思ったわ。でも、距離を置いたら、関係が良くなったのよ。」美咲は頷き、胸の重荷が少しずつ溶けていくのを感じた。父親参加のワークショップで、浩太と一緒に子どもの「イヤイヤ期」の本を読んだ。笑い声が、久しぶりに家に響いた。
それから3ヶ月。美咲の日常はまだ戦いだ。双子の夜泣きは続き、翔太の熱は再発し、浩太の出張は増えた。Xのタイムラインには、今も「母親やめたい」の投稿が溢れ、美咲自身、時折その言葉がよぎる。産後うつの影は完全に消えない。経済的な不安も、自由時間の喪失も、変わらず胸を圧迫する。でも、今は違う。田中さんとの散歩で、翔太が「ママ、大好き!」と手を握る瞬間。ネウボラのママ友と共有するLINEの輪。浩太の「一緒にがんばろう」という一言。それらが、絶望の底から美咲を少しずつ引き上げる。
ある夕暮れ、美咲は公園のベンチに座り、双子をあやしながら空を見上げた。雲の切れ間から、夕陽が差し込む。翔太が駆け寄ってきて、「ママ、ブランコ押して!」と笑う。美咲は立ち上がり、手を差し伸べた。「うん、押してあげるよ」。心の奥で、かすかな声が囁く――まだ、道は長い。でも、この手をつなぐ温もりが、明日を信じさせてくれる。社会の網が、少しずつ広がり始めている。美咲は、ゆっくりと息を吐いた。希望は、こんな小さな光から生まれるのだ。







