東京声聞会、本当に本当にありがとうございました……お願いキラキラ




「声聞の場では、とにかく喋れ。

押し黙っている者は、はかりごとをしている者である」


という蓮如さんの言葉をご紹介頂き、




何人かの声聞衆が、

ずっと言えずに蓋をしていたことを話してくださりましたお願い




口から出たことで、

聞いている者総てに大浄化が起こりました…お願い





正直な姿でいてくださることで、

壁を感じなくなり、

思考に苦しめられていることは本当に皆さん同じで、

ひとつであるということが、これまでにないくらいに強く感じられました。




話してくださって、本当にありがとうございましたお願い



それを受けて、

その後の食事会でも皆さんがそれぞれに

抱えていた思い、気になっていたこと、こんなことに引っかかっていたことに気付けたよ、など

どんどん色んなものが出てきて、

聞いていた人が「私も!」となることで、

ないことにしていたお金の執着があったと実は気付けたり、、、




これほど正直になんでも語り合え、正師に尋ねることのできるこの場が本当にありがたくてありがたくてたまりませんお願い






本当は気になっていること、質問したいこと、悩んでいることを、

口に出せない気持ちはよくわかります。

私もずっとずっとそうでした。



だけども本当に悩んでいることを打ち明けられずに、

上澄みだけの問題を解決しても

声聞したことが全然入ってこなかったのでした。




九八さんとゆみちゃんに言うのが1番怖いことを、

言ってしまったらガッカリされたり、見捨てられたりするんじゃないかという恐怖のイメージを

かなぐり捨ててやっとやっと言えた時、

本当にお2人を信頼できるようになりました。




そして、

「まあ些細なことだから」

「まあこれ聞いても、どうせ『それは思考ですよ』と言われるだけだろうし」

と引っ込めてしまった、自身が「たいしたことではない」と決めつけてしまったことほど、

ものすごく大切な質問であったということも痛感しています。




少し前の大阪声聞会で、

「寝たきりの人でも、誰でも救われるように聞くだけで往くこの道を阿弥陀様がつくってくださった」

と聞いた時に、

「え?じゃあ耳の聞こえない人は?」

と疑問が湧いたのですが、



他の方々は疑問に思ってる様子がないように見え、

瞬時に

「私だけがこのことに引っかかってる?どうしよう」

「こんなことに引っかかってるなんてとガッカリされるかな」

「恥をかきたくない」

という、自分を守る思考がバーッと出たのです。

まさしく名誉欲でした。



1度、質問を引っ込めましたが、

思い切って、聞くことができました。



すると

「今も『耳で聞いている』なんてこともないでしょう?」


と、

「ああ、その通りです!!」

と合点のいくお返事を頂け、

本当に本当に本当に、自分を守らずに聞いて本当によかった!と思っています。




思考は、すぐに「自力で納めよう」とします。

なので疑問に対しても自分なりのこたえでわかったことにしようとしてしまいます。

だけど、総て阿弥陀様が納めてくださっていることがよーくよーくよーくわかりますお願い





そして凄いのが、

なんでもかんでも、口に出せばいいんだー!なんておかしなことにはならない、ということです。



声聞会から帰ってきた次の日くらい、

いつも、夜家で「今日はこんなことがあって~」

と、自分では愚痴のつもりもなく世間話のつもりで話していたようなことを、



「今日あの人がこんなこと言っててさ~」

と口に出す前に、

あ、これ実は、今この場であの人のことを裁こうとしているなと気付け、

そしてそれを聞かされる旦那も、知らなければあの人のことを裁かずに済むのに巻き込もうとしていたんだ!

と恐ろしいことに気付け、

口から出さずにいられましたお願い



本当に本当に、ありがたい気付きを頂けましたお願い





口から出たことも、

湧いた思いも総て、

私を仏にして頂くための

阿弥陀様の尊い大説法ですお願い



なんまんだぶつなんまんだぶつなんまんだぶつ





もし、聞きたいことを聞いて

たとえ厳しく感じるような言葉を頂いたとしても、

それは「私のことを否定された」ではなく、

間違いなく阿弥陀様の大慈悲による説法なのですお願い



間違いありませんお願い





本当に尊い素晴らしいありがたい東京声聞会をありがとうございましたキラキラ


次回の大阪も、どうぞどうぞ果てしなくよろしくお願いいたしますお願い


南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏


南無阿弥陀仏かなで