中 九兵衛のブログ 大和川流域歳時記


 「田辺西神」の「山阪神社」と並び称せられる、「田辺東神」の「中井神社」。

 共に、貞観4年(862年)11月11日に、「従五位下」を授かりました。(901年『日本三代実録』)

 現在の大阪市東住吉区の「針中野2丁目」に鎮座します。

 神社正面側には南北の道路があり、東向きに鳥居をくぐることになります。

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 正面の鳥居の傍らにある「中井神社略記」には、古くは「牛頭天王社(ごずてんのうしゃ)」と呼ばれていたとありますが、祭神は「素盞鳴尊(すさのおのみこと)」とされています。

 また、その昔、社前に清水の湧く井戸があり、「けがれの無い霊水」として村人が大切にしていたそうです。江戸期のこの地は「中野村」。そこで、「中野村の井戸があるところの社」の意味で、明治5年(1872年)、村社に列す折に、「中井神社」に改められたということです。


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            < 阿吽(あうん)の「狛犬」と、1基だけの「長明燈」





 「拝殿」は西向きに建っています。その奥の「本殿」の裏側にも、東の鳥居があります。


中 九兵衛のブログ 大和川流域歳時記 < ←拝殿


中 九兵衛のブログ 大和川流域歳時記 < ←本殿


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                        < 東門から見た「本殿」





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 境内にある「鳥居塾」の石柱や右のモニュメント?・・・・勉強不足でよく分かりません。


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 「中井神社」の「夏祭」は、山阪神社より一足早く、毎年7月12・13日。

 猿田彦尊(さるたひこのみこと)の装束の先導で行なわれる、子ども神輿の巡幸。掛け声や枕太鼓の響きが、元気よく町中を通り抜けます。

 「中井神社」の境内の様子、明日に続きます。



★☆ 大和川叢書④『流域歳時記・甚兵衛と大和川~この日何の日』 7月22日 要旨 ☆★


● 《 大和の神に奉幣し河内の築堤成功を祈る(870) 》

 『日本三代実録』の貞観(じょうがん)12年(870)年のこの日の条には、「朝使を派遣して河内の堤を築かせているが、未だ上手く完成しないので、重ねて水害があるのを恐れて、大和国の三歳神(みとしのかみ)、大和神(おおやまとのかみ)・広瀬神・竜田神に御幣や供物を供えて、雨労のないことを祈らせた。これは河内の水源は大和国にあるから。」とあります。最後の一文から、河内の築堤とは、大和川のそれを指していることが分かります。