中 九兵衛のブログ 大和川流域歳時記


 大阪市東住吉区矢田6丁目にある「賽の神(さいのかみ)神社」。

 南北に走る「下高野(しもこうや)街道」沿いに位置し、正面鳥居は東に入った所にあります。

 街道を2~300m南下すると、大和川に「下高野橋」が架かっています。


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 「賽の神」は、道路の守護神・道の神である「道祖神(どうそじん)」とも言われ、共に「さいのかみ」とも呼ばれます。また、「障の神(さえのかみ)」と同じとされ、太字の三つとも「さえのかみ」とも読みます。

 邪悪の侵入を防ぐ神、道行く人を災難から守る神として、昔から信仰を集めています。


 「高野詣(こうやもうで)」は、公家中心の神道(しんとう)の「熊野詣」に代って、大衆仏教の興隆で武士・一般庶民にまで広がった真言宗総本山「高野山」へのお参り。京都からは、陸路のみで行く「東高野街道」と、淀川で大坂・天満まで舟で行き、その後は陸路や水路で天王寺・平野・堺へと向かってから、「下高野街道」・「中高野街道(上高野街道)」・「西高野街道」を利用して、高野山に参拝しました。

 
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 境内には、「道祖神」のほか、「白光龍王大神」「黒龍大神」や、「地蔵」、「不動明王」など、多くの神仏が所狭しと祀られています。

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 日没が近づくと、灯りがともり始めました。



★☆ 大和川叢書④『流域歳時記・甚兵衛と大和川~この日何の日』 2月20日 要旨 ☆★


● 《 水盛に先立ち実行新川予定筋が示される(1704) 》

 元禄17年(1704年)の大和川付け替え工事の準備は、この日からの新川予定筋を現地に示すことから始まりました。それまでの検分資料を参考に絞り込まれた、机上での予定川筋です。段階を経て、最終的に1町毎に竹の棒が立てられました。

 のち、東除川との合流点などで、綿密な水準測量である「水盛(みずもり)」の結果、予定川筋が一部変更されたことが、3月に発行される『河内堺新川絵図』などから窺えます。