中 九兵衛のブログ 大和川流域歳時記


 大阪府八尾市にある「近鉄大阪線」の「河内山本駅」。

 写真は、そのホームの東端(高安側)です。


 踏切を車が通っていますが、その手前の地下には「玉串川(たまくしがわ)」が流れています。

 古大和川の「玉櫛川(たまくしがわ)」を埋め立てた時に、用水路として残したものです。

 駅近くの道路や踏切、商店の前の駐車場などで蓋がされている所も多少はありますが、沿道には桜並木が続いていて、「玉串川の桜」は、「大阪みどりの百選」にも選ばれています。


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 古大和川だった「玉櫛川」は、大和川が付け替えられた翌・宝永2年(1705)年から、新田開発されました。

 年貢が免除される3年間の開発期間「鍬下年季(くわしたねんき)を経て、宝永5年(1708)年に完成、年貢高を決める「検地(けんち)」の時に、この近くの新田は、「山本新田」と名付けられました。

 開発者の、和泉国の「中庄兵衛正永」と「山弥右衛門重英」に因むとされています。


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 「玉櫛川」は、一部を除いて、堤防間の幅が100~200mありました。

 従って山本新田の東西幅はその程度ですが、川跡の一部ですから南北方向は約3500mある、細長い区域で、そのほとんどは畑地でした。

 現在の、山本町・山本町北・山本町南・山本高安町などが、ほぼその地を踏襲しています。

 新田の管理事務所に相当する「山本新田会所」は、山本駅近くに建てられましたので、住民もその近くに集まったとみられます。

 その山本新田の鎮守が、石清水八幡宮より勧請した、山本駅北口前にある「山本八幡宮」です。


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 平成になって、社殿以外の境内の整備がかなり行なわれたようです。

 狛犬も新しく見えます。


 これは、以前の狛犬でしょうか・・・? 三対の「阿吽(あうん)」が、隠れていました。


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 以上は、現在の山本町にある江戸期の「山本新田」の鎮守でしたが、すぐ近く、西隣の西山本町には同じ「中野村(八尾中野村)」の鎮守「八坂神社」があります。


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 9月19日の今東光の忌日に、「天台院」を訪れた時の、「近鉄・河内山本駅」周辺の写真を、22日と今日の3回に分けてアップしました。


 帰りの電車に乗る前に、この近くにアメブロのブロガーさんがおられるのを思い出し、探してみました。

 山本駅から高安方面への線路沿い、すぐ近くということでした。これは「ラジオ大阪」からの情報。

 というのも、宝石店でありながら、「ええっ!」ていうものを販売されていて、そのネタで、去る8月31日に電話での生出演をされたんです。

 お店はすぐに見つかりましたが、早朝だっただけにシャッターは閉まっていました。


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 ブログ名は「八尾の宝石店二代目のブログ」。ニックネームは「ハマーン」さんです。

 

 これで、また来たい駅、「河内山本駅」を後にします。

 
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 大和川叢書④『流域歳時記・甚兵衛と大和川~この日何の日』の9月25日の頁は、台風の名称が通し番号になった昭和28(1953)年の「台風13号』の話題です。「第二寝屋川」「平野川分水路」など、大和川以北の「寝屋川水系」の排水を強化する改修着手に繋がりました。