私にはこんな面影はない、若き日の父の写真です。
9月6日は、父・中敬三(なか・けいぞう)の命日。昭和58(1983)年、他界しました。釈敬乗。
明治35(1902)年7月15日生まれで、享年は82歳でした。
終戦まで、旧制「四條畷中学」などで教鞭を執っていたことは、私の誕生日の6月27日に記しましたが、今日は、長年の趣味としての物語や詩作活動の一端を、紹介させていただこうと思います。
本名、もしくは「奈加敬三」の名で、「家族」・「月光と人魚」などの詩集を発刊したり、同人詩誌「浮標」などに投稿し続けました。日本詩人クラブ会員でした。
また、「井上靖」・「源氏鶏太」など、文人とも交友があったようです。
広い分野で多くの作品を残し、昭和10(1935)年には、新労働歌「渡るそよ風」の作詞もしていますが、ここでは分かりやすい「童謡」のいくつかを拾ってみます。詩の表記は、全て現代風に改めています。
● 馬鈴薯百匁(ばれいしょ・ひゃくめ)
「馬鈴薯百匁」 犬が吠えても、交番の前でも、「馬鈴薯百匁」
八百屋の小僧が 計ってくれて、風呂敷さげても、「馬鈴薯百匁」
帰りの途(みち)で、一つころりと落ちました。一つ落ちても、「馬鈴薯百匁」
辻を曲がって、二つころりとおちました。 軽くなっても、「馬鈴薯百匁」
家(うち)に帰れば、から風呂敷で、からになっても、「馬鈴薯百匁」
母さんに叱られた、うすのろ太郎。それでもやっぱり、「馬鈴薯百匁」
● 兎(うさぎ)
姉さん何を泣いてるの、姉さん失くした指輪なら、
どこにあるかを知ってます。
姉さん失くした指輪なら、庭の兎が食べました。
食べた証拠を知ってます。
食べた証拠が見たいなら、兎の目玉を見せましょう。
それそれ、宝石(いし)が光っています。
それそれ、ルビーが光ります。
● 編み物小唄
編み物するとて 夢を編む。 糸は七いろ、虹のいろ。
「赤」い糸(いいと)は 薔薇の夢。 「だいだい」いろの、温(あたた)かさ。
「黄」色い糸(いいと)は 春の夢。 心も若さの、「みどり」いろ。
「青」い夢(ゆうめ) 青い鳥。 幸い求めて、愛(「藍」)もとめ。
「すみれ」花咲く 丘の上。チルチルミチルの、夢の国。
編み物するとて 夢を編む。 夢は七いろ、虹のいろ。
最後は、「浮標の会」の詩誌のあとがきに、父の死を報じた際に採り上げていただいた詩です。
私の誕生翌年の詩集からでした。
● 全家族
「これで全家族(うちじゅう)だよ」
・・・・・漸く立つようになった幼児(おさなご)に
おびやかされ通した食卓が片付いて
最後の番茶をたしなむとき
「これで全家族だよ」と幼児に話しかける老母(はは)
いつとはなしに、それが慣習(ならわし)となって
約束のように笑う私たちだが
「これで全家族だよ」と自分にも言い聞かせ
今夜は書斎に入ることを良しとして
一つの電燈(らんぷ)に守られていようと思うのです。
昭和18年刊 詩集「家族」より
大和川叢書④『流域歳時記・甚兵衛と大和川・この日何の日』の9月6日の頁も、「第9代・中敬三、命日」と題し、父の略歴を採り上げています。