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Yujiのブログーこころのフシギ

分かっているようでよく分からないのが自分と他人のこころ。人間関係で悩むのも、相手のこころがままならないから。だからこそ、自分のこころの中の「もう一人の自分」を大切にしたいですね。


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創造性(クリエイティビティ)というとあなたは何を連想するでしょうか?

たとえば「クリエイティブな仕事」っていうとどんな職業を連想しますか?

今回は「創造性」についてのお話です。

小学生の頃から社会人になるまで育ててもらった町に小さな一軒の中華そば屋さんがありました。

お品書きは「中華そば」と「大盛り中華そば」だけです。来る日も来る日も、毎日黙々と奥さんと二人で中華そばを作り続けていました。

お店の前を通ると何とも言えない美味しそうなにおいがしてくるんです。そう、美味しそうなではなくて、ほんとうに滅茶苦茶美味しいんです。学生時代から社会人になって現在のさいたま市に引っ越してくるまでの二十数年間で数え切れないくらい通ったお店です。

そして社会人になってまもなくのある日のこと、今思えば大変失礼なことを店主に質問してしまいました。

それは「なぜ他の新しいメニューを増やさずに毎日毎日一種類"中華そば"だけを作っているんですか?飽きたりすることはないんですか?」と、今思えば最高に失礼で最低の質問でしたが、顔なじみだったこともあり、店主はニコニコと笑顔で答えてくれました。それは、

『同じことのくり返しの中にも工夫とか創造性っていうのはあるんだよ。お天気の具合と麺の茹で加減の関係とかさぁ、スープの作り方とか、お客さんによっては味の濃さを微妙に加減したりとかさぁ、ね、言い出したらきりがないくらい考えたり工夫したりするわけさぁ。分かる?俺の言ってることがさ、まあ、まだ、若いから分かんねえだろうけどなぁ・・』

この店主の一言は、目からウロコというか、私にとってはものすごい衝撃で、言葉では表現できないくらい感動したことを、まるで昨日のことのようにはっきりと覚えています。

そして、この店主のひとこと「同じことのくり返しの中にも創造性がある」ということは、今日でも仕事をする上で心の支えになっているんです。

同じ仕事のくり返しの中にも、新たな発見や気づきが得られた時の喜び、達成感はまた明日への原動力になるんです。

そして、あれから数十年が過ぎて、今月、10月11日に不思議なご縁があったんです!

それは仕事中に車で移動していて、ラジオを聞いていたときのことです。TBSの久米宏の番組のゲストが電話でお話されていました。

ゲストは大阿闍梨(だいあじゃり)の塩沼亮潤(しおぬまりょうじゅん)という方で、宮城県慈眼寺のご住職でした。

大阿闍梨は、大峯千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)という荒行を満行された方の法号でしょうか。この千日回峰行は麓の寺から頂上まで往復48キロメートルの道のりを雨が降ろうが、体調が悪かろうが毎日毎日夜中の12時半から片道8時間かけて、年に四ヶ月、それを九年間かけてひたすら仏さまを念じながら一千日間歩く行のことです。

この千日回峰行を達成したのは吉野山金峯山寺1300年の歴史で二人目だそうです。すご過ぎませんか!?この行を始めたら途中で断念するようなことがあれば直ちに自害しなければならないほど命がけの行なんです。

その塩沼亮潤大阿闍梨が番組の中でサラッとお話していらっしゃた次の内容が実は奥が深いに違いないと、そう感じました。

『お寺の世界では毎日365日同じことのくり返しなんです。なぜ、そういうことをするかというと、くり返し、くり返し同じことを続けていると、悟れる可能性があると釈尊(お釈迦さま)がおっしゃっているからなんですね。

ただし、情熱(初心)を失ったのでは悟れる可能性はないと、言い切っておられます。

ですから、一般の方でも、スポーツ選手でも情熱というものを忘れなければ、毎日毎日くり返し、くり返し何かをこう続けていると見えてくるものがあるんですね。それが、気づきであったり、技術の向上だったりするんです。』

というお言葉でした。いかがですか?

このお話を聞いていると、あの中華そば屋の店主の言葉を思い出しました。この大阿闍梨の言葉も、中華そば屋の店主の言葉も同じことを教えてくれているのではないのか?と感じた瞬間でした。

あの中華そばのにおいと味の記憶が鮮やかに蘇ると同時に、「初心」を思い出させてくれた感動的な瞬間でもありました。