3/11の地震から1週間後、mixiでこんな日記を書きました。
地震から今日で1週間たちました。
私の住む町はライフラインがやっと復旧し、相変わらず店は閉まったまま、食料もガソリンも手に入らないものの、住民も少しずつ元気を取り戻し、町に活気がでてきました。
でも、死亡者の数は増え続け、行方不明の方も多数、救出作業は休みなく続き、避難所で生活する方も厳しい生活を続けている現状。
救援物資が届いても、「ありがたい」気持ちと、「申し訳ない」気持ち、両方あって、とても複雑な思いでいます。
毎日毎日、悲痛なニュースに加え、被災のどさくさにまぎれた盗難、お年寄りを狙ったボランティア詐偽、若い1人の女性を狙った性犯罪など、耳をふさぎたくなるような事件が続々と。
不安ばかり募る。
それでも、心折れずにいれるのは。。。
計画停電で不便な生活を我慢してくれている人たち。義援金を集めてくれている人たち。
不眠不休で頑張ってくれている自衛隊、警察、消防の方。
命をかけて連日連夜戦っている福島の原発の方たち。
ツイッターを見ると、フォローしているバンドマンさんたちが、命に関わる大切な情報、励ましのつぶやき、勇気がわいてくる記事、心を和ませてくれる画像、笑顔になれる動画などを、毎日毎日たえずツイートしてくれる。
よくいくライブハウスでは、ライブは出来ないけどライブハウスを開けて携帯の充電やコーヒーの無料サービスを。
町の美容院はシャンプーを道行く人に無料で行い、近くの牧場では配送出来ず廃棄処分せざるを得ない牛乳を希望者に無料配布。
町のあちこちで見かける県外ナンバーの災害派遣の車。
心配してくれる親戚。
貴重なガソリンなのに、車でうちまできてくれた幼なじみたち。
励ましてくれる友達。
とにかくあげたらキリがないけど、
関わってくれる全ての方。
そして日本だけでなく世界各国の方が復興を願ってくれているから。
素直に、頑張ろうと思えました。
敗戦後、ボロボロの日本を建て直したのは、当時若かった今のお年寄りの方たち。今度は私たちが頑張る順番が来たのだと感じます。
今日、地震以来はじめて2階の自分の部屋に入りました。毎日余震が何回も来て、怖くてなかなか2階にいけなくて。
元からぐちゃぐちゃでしたが←
いろんなものが割れて散乱し、更にぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃな中から、iPodをみつけました。
再生してみると、聞き慣れただいすきなバンドの音楽が流れてきて。
声を出して泣きました。
何て言うかうまくいえないけど。
そこにいつもの「日常」が見えたというか。
家族を亡くしたり、津波に家をさらわれたり。
音楽どころではない人がたくさんいることも事実。
こんなときに音楽なんて不謹慎だ、という意見を持っている人がいることも事実。
でも、
少なくとも私は、
被災している今、
音楽が必要で
音楽が祈りで
音楽が希望です。
そして、私の町は被害が少ないのに、いつまでも被災者ぶっていられません。
ある物をもらう、
という、
私にとっては、もうそれはそれはすごくすごく大切な約束があります!
かけてくれた言葉が、あったかい気持ちが、涙がでるほど嬉しくて(;_;)
もう忘れてしまった、
もしくはその場の社交辞令、
もしくはそんなこと覚えてるなんて、ヒイィー(°Д°)って思われること必至だけども。。。←
そうゆうことだけ記憶力のいい私は、そこだけずっと色づいて、鮮明なんです←
これだけ頑張れる要素がある。
だから復興に向け、少しでも力添えできるようベストを尽くします*
田舎育ちの屈強さが、どーか役にたちますよーに。。
思考や感情は、日々めまぐるしく変わります。
だけど
このとき感じた思いは、ずーっっと忘れないようにしなくちゃ、と思います。
地震から今日で1週間たちました。
私の住む町はライフラインがやっと復旧し、相変わらず店は閉まったまま、食料もガソリンも手に入らないものの、住民も少しずつ元気を取り戻し、町に活気がでてきました。
でも、死亡者の数は増え続け、行方不明の方も多数、救出作業は休みなく続き、避難所で生活する方も厳しい生活を続けている現状。
救援物資が届いても、「ありがたい」気持ちと、「申し訳ない」気持ち、両方あって、とても複雑な思いでいます。
毎日毎日、悲痛なニュースに加え、被災のどさくさにまぎれた盗難、お年寄りを狙ったボランティア詐偽、若い1人の女性を狙った性犯罪など、耳をふさぎたくなるような事件が続々と。
不安ばかり募る。
それでも、心折れずにいれるのは。。。
計画停電で不便な生活を我慢してくれている人たち。義援金を集めてくれている人たち。
不眠不休で頑張ってくれている自衛隊、警察、消防の方。
命をかけて連日連夜戦っている福島の原発の方たち。
ツイッターを見ると、フォローしているバンドマンさんたちが、命に関わる大切な情報、励ましのつぶやき、勇気がわいてくる記事、心を和ませてくれる画像、笑顔になれる動画などを、毎日毎日たえずツイートしてくれる。
よくいくライブハウスでは、ライブは出来ないけどライブハウスを開けて携帯の充電やコーヒーの無料サービスを。
町の美容院はシャンプーを道行く人に無料で行い、近くの牧場では配送出来ず廃棄処分せざるを得ない牛乳を希望者に無料配布。
町のあちこちで見かける県外ナンバーの災害派遣の車。
心配してくれる親戚。
貴重なガソリンなのに、車でうちまできてくれた幼なじみたち。
励ましてくれる友達。
とにかくあげたらキリがないけど、
関わってくれる全ての方。
そして日本だけでなく世界各国の方が復興を願ってくれているから。
素直に、頑張ろうと思えました。
敗戦後、ボロボロの日本を建て直したのは、当時若かった今のお年寄りの方たち。今度は私たちが頑張る順番が来たのだと感じます。
今日、地震以来はじめて2階の自分の部屋に入りました。毎日余震が何回も来て、怖くてなかなか2階にいけなくて。
元からぐちゃぐちゃでしたが←
いろんなものが割れて散乱し、更にぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃな中から、iPodをみつけました。
再生してみると、聞き慣れただいすきなバンドの音楽が流れてきて。
声を出して泣きました。
何て言うかうまくいえないけど。
そこにいつもの「日常」が見えたというか。
家族を亡くしたり、津波に家をさらわれたり。
音楽どころではない人がたくさんいることも事実。
こんなときに音楽なんて不謹慎だ、という意見を持っている人がいることも事実。
でも、
少なくとも私は、
被災している今、
音楽が必要で
音楽が祈りで
音楽が希望です。
そして、私の町は被害が少ないのに、いつまでも被災者ぶっていられません。
ある物をもらう、
という、
私にとっては、もうそれはそれはすごくすごく大切な約束があります!
かけてくれた言葉が、あったかい気持ちが、涙がでるほど嬉しくて(;_;)
もう忘れてしまった、
もしくはその場の社交辞令、
もしくはそんなこと覚えてるなんて、ヒイィー(°Д°)って思われること必至だけども。。。←
そうゆうことだけ記憶力のいい私は、そこだけずっと色づいて、鮮明なんです←
これだけ頑張れる要素がある。
だから復興に向け、少しでも力添えできるようベストを尽くします*
田舎育ちの屈強さが、どーか役にたちますよーに。。
思考や感情は、日々めまぐるしく変わります。
だけど
このとき感じた思いは、ずーっっと忘れないようにしなくちゃ、と思います。
