30年以上どもっていますが、未だに(当然)どもるし、その瞬間ってすごく恥ずかしいし、とにかく嫌だ。

でも10年ほど前に自分の「気持ち」がカチャっと変わる出来事があった。

それまではとにかく吃音であることに物凄く引け目を感じていて、なんか自分が悪いことをしているくらいに思いつめていた。

だから、自分がどもっているのを聞いて笑っている人がいても、その人に対して怒りをぶつけることは出来ず、全て自分が悪い、もしくはこのような状態に育てた親が悪いと思い詰めていた。

逆に最後まで目もそらさず、笑いもせずじっと話を聞いてくれた人の前では号泣したこともあった。

そんな精神状態のまま社会人になって3年目くらいの時にある事が起こった。

私はある取引先と苦手な電話で話をしていたが、打ち合わせ内容の認識違いなどで話が噛み合わなくなり、電話での言い合いのようになった。

相手もたいして流暢に話す人ではなかったが、私の発言中に所々発生する「間」に入り込み、食いかかるようにまくし立ててきた。

その「間」は言うまでもなく、吃音による「間」。

そこにイラッときた私はキレ気味に、
「○○さん!今、僕がしゃべってるんでしょ!?聞いてくださいよ!あなた自分の都合でしかしゃべってないから会話にならないよ!!」
と言い切り、確か電話を切った。

……………

自分が伝えたい事があってしゃべる、
でも聞き手はそれに耳を傾け、内容を理解しようとしなければならない。

喋り手である自分に対する自信と聞き手の責務についての自覚というか、認識が一気に芽生えた瞬間だったと思う。

これを機に吃音が軽くなったというよりは、しゃべるという行為に自信が生まれ、楽しくなり、会話、コミュニケーションそのものの意義を強く感じるようになった。


どもらないでしゃべる、という事ではなく、伝えたい事があるから今俺はしゃべっているんだ、静かに最後まで聞いてね、という強い気持ちが大切なのです、多分。