時計は2時を指している。誰もこない公園、弾んだ期待で後ろを振り返るとそこには誰もいない。階段にも誰もいない。何故だろう?何でもない誰もいない噴水の広場にただ一人でいるだけなのに、何だかとても怖い。

愛歩はあの時起き上がった時もデジタル時計は2時を刻んでいて、心臓がバクバクしていたことを思い出した。

あの日から誰も来ない2時がずっと引っかかっていたけれど、あの人の亡くなった時間だったことが何より衝撃だった。

<午前2時  都内の病院で息を引き取った>午前2時の誰もこないシンデレラは誰も助けてくれなかった彼女の悲しみを表していたのだろうか?愛する人が助けてくれるはずだと一縷の望みを心の片隅で思っていたけれど、誰も来てくれなかった寂しさを表していたのだろうか?

「人は悲しみもどんなことも忘れて生きていく生き物。でも死んだ人が忘れらずいるもの。意識がずっとそこにただ、あるもの。何一つ忘れらずに」愛歩は夢で聞いた言葉を紙に書き出した。愛歩は再び、デジタル時計をみると午前3時を回っていた。

止まっていた時間がまた流れていこうとしている。愛歩はその言葉も書き加えた。2:30に目を覚ましたのは午前2時の辛い悪夢を乗り越えて再び歩き出そうとしているのだろうか?あの日からこの世界では5年の歳月が流れていたけれど、時間という概念がない世界では、時間は止まったままだったのだろう?

「意識はただ、そこにあるもの。何一つ忘れらずに」愛歩は紙に書き出した言葉を呟くようにつぶやいた。

ー何一つ忘れられず・・ー

ー今日から君と一緒に立ち直っていこう。潰えた夢を再生していきたい。あの日から止まっていた時間が再び、今、君の心の中で一緒に流れだそうとしているー



瀟洒なインテリアに集まる無数の人々。布にかけられている一枚の絵に注目が集まっていた。固唾を飲んで新鋭気鋭の画家の手を数多くの人々は注目していた。

「では、今、布を外してください!!」司会者の言葉に愛歩はサラリとシルクの布を外した。携帯で写真をとるもの、一眼レフカメラで写真をとるもの、シャッターが一斉にたかれた。無数のフラッシュに愛歩は思わず瞬きをしてしまっていた。手から剥がれおちた手から出てきた絵に感嘆が上がった。遠くに小さい手が描きだされ遠近法でシャワーのようなものの真ん中に赤い薔薇の花が凛と描かれていた。

「これは何をモチーフにしたものなんですか?」一人の記者が愛歩に問いかけた。

「ええっと、これは、見えない世界から愛情を注ぐ様が描かれているんでよ」

「愛情ですか?」

「ええっ、つながっていることを意味しています」

「何とつながっているんですか?」

「誰か、この世界にまだ未練を持つ者、もしくは何かを成し遂げたいと願うもののエネルギーですかね?」

「じゃあ、この赤い薔薇は一体何を象徴しているのでしょうか?」

「えっ?この薔薇ですか?この薔薇は・・・きっと、大いなる愛情だと思います」

「大いなる愛情と申しますと?」

「家族でなくても、他人の幸せを願う気持ちだと思います。無限大の愛です」愛歩はニッコリと微笑んだ。

「あなたは何故、絵描きになろうと思ったのですか?」

「私には文才がなかったから、昔、絵も好きだったから文より絵で何かを表現しようと思いました」

「この絵のタイトルはなんでしょうか?」

「この絵のタイトルは<幻>です」

「幻・・ですか?どういう意味ですか?」

「私たちは皆、生きていくということは<幻>の世界を生きているんです。過去を振り返って、懐かしむのはもう戻らない幻想の世界であるからなんです。人々は幻の世界を生きているんです。この世界は現実の世界ではなく幻の世界なんです。一瞬の夢なんです。この幻の世界に時間や空間という概念のない世界から愛情を注ぐという意味です」愛歩は思わず力説した。

「・・・・・」記者は思わず黙り込んだ。

「それは無償の愛です」

記者の中に混じって、白髪まじりの沢村誠一はそっと微笑んだ。