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2009/12/27 サンライズ瀬戸

久しぶりの、えのきの旅日記です。

2009年末の、四国・九州への旅を綴っていきます。

人生は一人旅-200912272153000.jpg



寝台特急電車『サンライズ瀬戸』のB個室寝台で、
西へ西へ、高松へと向かう。

たまさか、
併結する『サンライズ出雲』でご親戚が島根に向かうという知人に、
コンデジ片手に『わーい』と鐵ちゃんしてる見苦しいところを押さえられ、
滅茶苦茶バツが悪かった(苦笑)

有害指定の年甲斐ない鐵、
あろうことか出発の22時には、くつろぎモードに入った(笑)

人生は一人旅-200912272159000.jpg



いや、わくわくしてますよ。

いやが上にもテンションは上がってます。
このように(笑)

人生は一人旅-200912272203000.jpg



意外と思うなかれ、
国内の寝台特急に乗るのは、
93年の熊本行き『みずほ』以来16年ぶり。

ロシアを勘定に入れても、13年ぶりになるか。

みずほを始めとする長駆の客車寝台特急群
『ブルートレイン』のうち、
東京発は近年、全廃となった。

『あさかぜ』『はやぶさ』『さくら』『富士』『いなば』『紀伊』といった、
一部は雲居の時代からの伝統を持つ寝台特急がすべてなくなり、
大阪行きビジネス寝台急行としてのブルーエクスプレス『銀河』も消えた今、
東京発の寝台列車はこの『瀬戸』
そして併結する出雲市行き『出雲』のみとなった。

もともと、距離や時間帯で手ごろ感があり、
利用の旺盛だった二つを統合し、
俊敏で小回りの利く電車として仕立て直したのが『サンライズ』。

所有する西日本会社らしさが随所に現れた、
ブラウン系のツートンカラーの285系である。

等と御託を並べるうち、
最後の車内放送が小田原着を告げる。

オール二階建の車内で、
僕の個室は、線路に近い階下席の進行左側。

運賃意外の一泊料金は、
特急料金3150+寝台料金7350円の計10500円。

旅の中で僕が泊まるどのホテルより高い(笑)

そして、入室即『狭!』と呟いた個室。
ベッドは、どのホテルよりも小さい。

上野発金沢行きの座席夜行急行『能登』が、
運賃+急行料金1260円で乗れることを鑑みれば、
いささか割高感はあるものの、
オープンタイプのいわゆるカイコ棚ですら6300円することを考えると、
700円の差額で個室は有り難いのかもしれないし、
むしろカイコ棚が完全に競争力を失っているのかも知れない。

またしても御託が続き、すでに熱海。

眠くなってきたので、横になる。

初めて使うエッセンシャルオイル
『ラヴィンサラ・シネオール』が、
呼吸と気持ちを劇的に楽にしてくれる。

これ、いい。

テンションが上がるのは良いが、
つられて眠れなくなったり、不安が亢進したりは子供じみて良くない。

もったいないが、間もなく眠りにつくかも知れない。

オトナの修学旅行。

Heart of Finland【フィンランド紀行7】

おまたせしました。

スカンジナビアの民・サーミの資料館で、
北の玄関という意味の名前を持つ
『アルクティクム』からの帰りぎわ。

雨粒がポツポツと頬を叩いたので、
早足でホテルに戻ったところ、
雷鳴一轟ののち、バケツ雨が降った。

森と湖の国・フィンランドの八月の午後、
低い空から土砂降りの雨が注ぐ。

雲の動きが激しい分、
日本の夕立よりも更に劇的だ。

すごい速度で天気が崩れて、
その後は降ったり止んだりが続き、
これだけ極端だと、何を着てよいか、
どう備えてよいかわからない。

せっかく旅の最中だから、
心身をゼロアンペア状態に置いてみよう。

ゼロアンペア制御とは、
60年代終盤からしばらくの間使われた、
電車の加減速を俊敏にするための制御技術である。

惰性で走っているとき(電流ゼロ)でも、
電流の回路はつないだままにしておく。

中庸の状態を保ち、
再加速と回生ブレーキ、どちらにも即座に対応できる。
(回生ブレーキは、トヨタプリウスの解説に詳しいと思うので参照ください)


通り雨は防ぎ切れるはずもない。

だから晴雨どちらに動いてもよいように、
気持ちをゼロアンペアにしておくことは大事だ。

フィンランドの空の下にいれば、いつしか次第にそれに慣れてくる。

為念、持っていたオレンジ色の薄手セーターが大活躍した。

日本では買えなくなった、ダニエルクレミュのオレンジの品。

ブログ検索でここにたどりつく人に、
今だに『ダニエルクレミュ』で追いかけてくる人が多いのは
何故なのか皆目わからないが、
好きな人は好き、というブランドである。

窓を雨滴が叩くホテルの部屋でグダグダしながら、
ちゃっかり移動の疲れを癒やす。

沖縄の台風直撃や、
クアラルンプールのニセ警官遭遇の経験を踏まえ、
ホテルだけはちゃんとしたところに、と考えている。

『ホテルサンタクロース』は、
ロヴァニエミに滞在するならイチオシホテルだ。

夕刻、雨が上がった。

フィンランドで初めての買い物に出た。

センスの良いフランフランといったイメージの
『PENTIK』で、ラップランドらしいお土産を物色。

ナショナルチェーンだけど、お洒落で良い。

だが単価は高い(涙)

改めて物価の高さにショックを受け、自炊を決意した(笑)

フィンランドに来てすら、やれ街歩きだやれ料理だと、
神楽坂と同じことばかりしている自分を
独創性がないと半分自嘲し、
独自の道だと半分ほめながら(笑)

結果、サンドイッチを作りすぎた。

この夜から、
次の目的地ヨエンスーに向かう明昼まで、
食事がすべてサンドイッチになった(笑)。

チョコレートメーカーのファッツェルが出している、
黒いハードタイプのパンがとても安かった。

そして結果から言えば、とても美味しかった。

物価の高いフィンランドだが、
ハムもカマンベールも、
日本では考えられないくらい安い。

これに、土つき根つきのディル(ハーブ)を加えて
8ユーロ、1000円強。

たっぷり3食分で、一食400円弱。

高いと見るか、安いと見るか。


雨上がりのロヴァニエミの街なかで、
『ハートオブフィンランド』
という謳い文句を見つけた。

確かに、フィンランドの中心というには、
ロヴァニエミは北に寄っている。

むしろ、フィンランドの心臓のような位置にあるし、
アルヴァ・アアルトもプランに関与した、ハートに優しい街、
と言えばこじつけられなくもない。

日本で言えば名寄や紋別のような
『最果ての入口』の位置にありながら、
街は生きていて、いちおう列車も通る。

美味しい酢漬けニシンがある、
お洒落なホテルもある。

少し動けば、北極圏だ。

面白い街だと思う。


『東京は、トゥービッグ。
大阪が好き』

飛行機の中の素敵なおばさまは、
東京をこう評価したが、
ヘルシンキに対しても、倦んだ表情を向けていた。

初対面の外国人の故郷、
そして彼女にとっての異郷の街ふたつ。

それらに関して、こんなにシンプルで磨きぬかれた評価ができる
日本人になぞ、ついぞお会いしたことがない。


【予告】

暮れ行くロヴァニエミで、池を湛えた公園に、しばしたたずむ。

『夕暮れ散歩』

次回、画像メインです。

【Finland紀行6】一人旅のルーツ


北極圏の街・ケミヤルヴィからの帰り道は、
さすがに近郊路線のマイクロバスと同じではなく、
観光タイプの大型が到着した。

約€15で、ロヴァニエミまで運んでくれる。

もう少し事前に気が回っていれば、
ロシアまで入れたかもしれないが、
またの機会にしよう。

勾配に弱い鉄道と違い、
山道も通る帰りのバスは、
思い出したように設けられた名前のない(!)バス停で、
わずかな客を拾ったり、降ろしたりを繰り返す。

夏休みなのかもしれないが、
一日数便のバスですら、10数人の流動しかなければ、
旅客輸送が列車からバスに転換されたとて、おかしくはない。

バス停の名前といえば、
首都ヘルシンキ市内ですら、バス停には名前がない。

(トラムの電停には、いつのまにか名前がついていた)

素人がバスを使うのは難しい。

列車の代替でトーマスクックに掲載されている都市間のバスをして、
ようやく素人外国人の使えるところとなる。

しかし、国内ですら長身で目立つのに、
夏に単身で北極圏を訪れる
奇特な黄色い素人外国人は、目立つのだろうな(笑)

途中、周囲に民家も何もないバス停で、
小学校に上がったかな?くらいの男の子が、
家族に見送られて乗車した。

ヘルシンキからロヴァニエミへの飛行機でも、
同じような子供一人旅を見かけた。

僕のアタマは、子供時代へとフラッシュバックする。

#福島県南に『いわき』駅がある。

それが『平』という名前の駅だった頃、
鉄道の本を持って駅で遊んでいたら、
駅員さんいわく。

『いろいろ勉強して、北海道行くだ!』

同じように、いわきの少し北にある親戚は

『次の夏休みは一人で来い!』

一人旅という、
遠大で、何か寂しい概念がこの世にあることを認識したのは、
このときだ。

しかし、当時の僕は
『乗りっ放しなんて途方も無い…』
と逃げ腰で、
これらの勧奨を心の中で冷たく切り捨てていた。

時は流れ、
南東北の田舎に一人で行くことすら億劫だと怯えていた僕が、
極夜の地に近いロヴァニエミから、
乗りっ放しに挑んでいる。


一時間強の旅路のあと、
バスはロヴァニエミのリニエアセマ(バスターミナル)に着いた。

雲がすごい速度で行き交う晴天のなか、
緩く長い坂を歩いて、
ラップランド歴史館『アルクティクム』に向かう。

リニューアルしたんだろうな、
バルコニーを囲むガラス戸がついた
洒落たデザインの公共住宅群の横を抜けて
ものの15分も歩き、
アルクティクムに着いた頃には、
厚い雲の量がずいぶん増えていた。

人生は一人旅

【4 アルクティクムの白鳥】でお話したとおり、
アルクティクムは北への入口という意味を持つ。

館内のカフェで、
サンドウィッチとサラダの昼食。

サラダにはパンが付くから、
サンドウィッチは余計だったかなと思ったが(笑)、
美味だった。

ベリーのドレッシングでサラダをたっぷり、
添付のパンまで堪能し、
展示へ移動した。

窓口の若い女性は、
フィンランドらしくない顔立ち
(鼻が上を向いていない)
の知的な美人で、
物腰やわらかく英語のブローシュアを勧めてくれた(ちょい萌)。

アルクティクムは、見てくれかなり古い建物だ。

数層の吹き抜けを持つ歩廊の地下階を歩くと、
いつの間にか公道の下をくぐり、
ケミ河畔の近くに至る不思議な建物でもある。

人生は一人旅

エキシビジョンも盛り沢山だが、
建物だけでも見るべきかな、と感じる。

人生は一人旅

エキシビジョンは、ラップランドの先住者・サーミのことがメイン。

以前はラップ人(蔑称とのこと)とかサーメと称されていた気がするが、
サーミが定着した模様だ。

大学時代の90年、
同期の真理ちゃんの発音だけが 『サーミ』 で、
とても新鮮だった。

ちなみに真理ちゃんの中身は殆ど北欧人で、
ヴァイキング料理の本名で、発音が難しい『スモーゴスボード』が
ネイティブ発音で言えるすごい人だった。

スモーゴスボードについては、
團伊玖磨さんの随筆集から食に関する内容を選り抜いた
選集が小学館文庫から出ており、これに極めて詳しい。
今ならたぶん手に入る。

さて(笑)

アルクティクムには、世界各地の北方民族についてもさわりが紹介されていたが、
アイヌのコーナーがないなあ…。

館外に出ると、空模様はかなり怪しくなっていた。

ここにも、シベリウスの音楽を彷彿させる、
歩行者用の長い勾配緩和曲線がある。


人生は一人旅


人生は一人旅

この思想は、高度利用を宿命づけられた東京の歩行者通路では具現化できないが
緩い勾配の丘が連続するフィンランドの国土には、すんなりリンクする。

そんな御託で武装しなくても、歩いていて単純に気持ちがいい。

フィンランドに来てすぐだが、
都市と森と人の暮らしに、
何とないリンクを見い出している。

そして、この国には
『Finlandia hymni』 がある。

人生は一人旅

わが祖国を見返せば、
都市再生という名の建築行為でギチギチになっていく首都。

人々の多くは、
 ①お金儲け命
 ②今日の快楽に溺れて思考停止
 ③心の病
上記に3分化され、
そうでない、ごく少数の人が葛藤し続ける現状。

首都より半世紀も前から思考停止し、
廃れ腐れた地域。

出自も定かでなく、コンセンサスを得る作品力すらない国歌。

祖国と、フィンランドとを比べたとき
社会民主主義が積み重ねてきたものが
実は正しかったのではないか、と思う。

追いつけない距離が生まれているかもしれない、と思う。

初めての海外旅行以来、何回もやってきたことだが、
帰国したら、日本をもう一回、見つめ直そう。

Finlandia hymni は、下糸のようなもうひとつの旋律を持つ。

コントラバスを弾いていた僕にとって、
これは極めて馴染み深いメロディだ。

何が言いたいかというと、
一人旅に出る理由は、
自分自身と、今いる場所を 外から見つめるためであり、
自らの持つメロディの逆旋律を弾くためだ、ということだ。

きっかけをくれたのは、平駅の駅員さんだった。

しかし、意義を発見したのは僕自身だ。


【予告】

物価高いし、パンでも作るか。
天気悪いし、洗濯でもするか。
お土産、見るか。

色々考えながらそぞろ歩いたえのき、
綺麗な公園にたどり着いた。

『Finland紀行7 公園』
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