気が付けば。

感慨深い、でしかない。

初めて渡米したのが7年前

あの頃は
本当に英語が喋れなくて
知ったかぶりして分かったふりして
なんとか乗り切ってたなーとか
怖いものなんて何もなかったなーとか

とにかく
当時の自分の勇気や
好奇心だけでの行動力に
拍手してあげたい

人は
本当に手に入れたいものや
叶えたいもの
イメージ出来ることは
実現出来る

それを
この数年で学んだ

アメリカに来て良かったな、って
何度思ったことか。

そして
同じような気持ちを持った人に
たくさん出逢えて
そんな人たちと同じ時間を共有できて
どれだけの幸せを得たことか


アナザースカイが
サンフランシスコになるなんて

中学生の頃
ふと見た映画に感銘を受けて
私もアメリカでゴスペルを歌いたい。
そう思ってそれが実現するんだもんな

タイミングときっかけと
家族と友達の心意気に
感謝とラッキーとしか言えない


恵まれた環境に
何度感謝しても足りないなー

あと数ヶ月。

信じられない

どうなるんだろう

色んな意味でわくわくしてる。





Photo from Venice Beach.


thanks. 









運命って時に残酷

ただ幸せになりたくて
ただ幸せになってほしくて
一生懸命向き合ってたつもりなのに

それが同時期に起こっちゃダメだよね

なんでなの。って何度思ったことか

あの時ああしてれば。とか
たらればの話は好きじゃない

だけどそう思わざるおえない程
運命を憎んだよね、とりあえず。


結局
2頭追うものは一頭も得ずっていうけど
私は人に恵まれてる

本当に恵まれてる

こんな失礼な私を受け入れた上で
それでも失いたくない。って

とりあえず
想像してた最悪な状況にはならなかった

望んでたとはいえ
いざ本当にそうなると
逆にもっと罪悪感が増すのも事実

いつかバチ、当たるんだろうな。






thanks. 



いらないし出来ないと思ってた
もうとっくに諦めてた
残りの1年をきってからは特に。

目一杯友達との時間や
歌に集中したかったし
そもそも今の環境に満足してるから
どこにもそんな隙とかなかったはずなのに

それなのに、ね。

いつからか
考え方が変わって
遠い未来のことを考えるのをやめた

だって
人生って “そういうもの” だと
割り切ったから

でもだからこそ
ふいに出逢う出来事や人に一喜一憂出来る

その場を思い切り楽しめる

二度とないかもしれないと
一瞬一瞬を大切に出来る

考えが変わったからこそ
肩の力を抜いて今を楽しめるようになった

20代後半から30代前半を
アメリカを過ごし
日本だけに留まっていては
出逢えなかったことが山ほどある

ありすぎて
白髪の増量加減がえげつない←



とにもかくにも
大切にしたいと思える人が出来た

惜しみなく愛を伝えてきてくれる人に
惜しみなく愛を伝えていきたい

だって
きっと
出逢うべくして出逢ったと思うから

こんなに自然で
こんなに隠さない愛は
生まれて初めてかもしれない

半年後の自分たちさえ見えないけど
人生って “そういうもの” だから










選んでくれてありがとう


Love.










いつのまにか 32歳になってた

今年はTexasで誕生日を過ごした

年に一度
必ず誕生日だけは特別に過ごす

これだけは絶対に。

ま、
いつも特別に
そして自由に過ごしてるんだけど
誕生日はもっと特別にね。

初めてのTexas
AustinとHouston

ドキドキしてたけど
上げすぎたハードルは越えられなかった
っていうのが正直な感想かな

New Orleansとか
Nashville Memphisが良すぎて
そこに匹敵すると思ってたから
そういう意味で
ただの願望に終わったってこと

でもやっぱり初めての場所や空気には
胸が高鳴って楽しかった

きっと最初で最後の
ヒゲのホームでの姿を
2日間も観ることが出来て
幸せしかなった

Dallasに住んでるJunも
Austinまで来てくれて遊べたし
最高だった!

















































最高の幕開け

楽しさと楽しみしかない30代

まだ見ぬ幸せに出逢えますように。

thanks. 


4年前のブログを読んでたら

私、大学に行く。

とか書いてた
やばい
大嘘つき←

あの時はあの時で
ものすごく気合が入っていたんだろうな。と


人生何が起こるか分からないな

どんどん変わってく

環境も気持ちも志も

だって未来は誰にも分からないし
いつだって自分次第だし
出逢う人や物によって
その先の考え方やビジョンは
変わっていって当然

実家より大阪
大阪より東京
東京よりアメリカ

10年かけて色んな場所を経てきたけど
自分が逞しくなっていくのを感じる

だってそうでなければ
アメリカでなんて
生きていけないとさえ思うようになったから

色んな考えや意見に戸惑い
訳が分からなくなることも多々あるけど
そんな時こそ
色んな人がくれた言葉を
思い出しながら、ね。



さて
これからの為にも残しておきたいこと

この二ヶ月は
過去一番といっていいほど
訳の分からない男の
行動と言動に振り回された

一気に盛り上がって秒で病んで
結局ぽっかり穴が開いちゃった

でも
そんなものに
そんなことの為に
時間を費やすこと自体
ほんとに勿体無いと気付けたから
ま、よしとしよう。

ほんと
男というか人が分からん。←

疲れる、疲れた。

だから
疲れを癒しに行く。

旅だ、旅行だ。

それできれいさっぱり忘れよう。




thanks. 




丸4年
トータル約5年

率直に、
今思うことは、
もう頭の中、日本。笑

常に
来年のことを考えながら
生きてしまうこの性格というか
考え方はなんなのでしょうか

これが生き急いでいると
よく言われる要因なのかもね

ま仕方ない
いつも頭にあるのは
何が楽しいかな。
次はどこに行こうかな。
それしかないのだから

にしても
もう2019年も7ヶ月が終わろうとしている

この人生で良いのか
ふとした時に自問自答するけど
答えはいつも決まっている

「良い」

自分の人生だから
自分でコントロールして選択して
責任も後悔も自分で背負う

小さな後悔は絶えないけど
それでも今が幸せなのは
親と友達のお陰

ほんとに。

健康面で困ったとき
頼るのは親

恋愛で何かあったとき
頼るのは友達

そのほかは
自分でどうにかなるし
他言するようなことではないと思ってる

何かあったら
すぐ頭に浮かぶ人がいるだけで幸せ

自分の携帯の履歴が物語ってる

ほんとに救われてる

この便利な時代に留学出来て幸せ

淋しいけど淋しくない

残りのアメリカ生活
たぶん秒なんだろうけど
目一杯楽しみたい




thanks. 







ご無沙汰になっていたアメリカ日記

どれくらいぶりだろうかと遡ってみたら
2018年は1回も書いていなかった←

2017年の12月18日で終わってた

あっという間の月日
振り返ろうとしても
忘れてることの方が多いから
ちゃんと残していこうと決めてたのに
1年も開いてしまっては
本当に話にならないよね


話変わって
密かに続けていた3年日記×2冊
今年でいよいよラストイヤーになった

アメリカ生活が詰まった大切な2冊

こんな性格だから
もちろんがっつり開いてる期間もあるけど
なんとか6年続けている

来年は帰国する年だし
思い切って変えてみようかな。と
5年とか10年にしても面白いかも?と

だってきっと結婚して子どもも授かってって
これまでとは全く違う人生になると思うし
そろそろちゃんと考えなくては。と(やっと)

結婚が全てじゃないし
そこがゴールでもないと思うし
今よりもストレスとか我慢は絶対増えるだろし
考え始めたらやっぱり…ってなるけど

でも40代は1人ではいたくない(笑)

だから
帰国したら恋愛頑張りたい
相手を思いやって
上手に調和出来る人間になりたい

それまでに
またダイエットしなくちゃ

もう何回言うんこのセリフって思うけど
たぶん日本に帰るって
そういうことだと思うから
しゃーないよね 
やだけど しゃーないよね

とりあえず
来月は10年ぶりの心友とのNY
それまでにシュッとしときたい
彼女のテンションに負けないように
私も上げていこう


最近の悩みといえば
去年のクリスマス直後に体調を崩してから
今日まで本調子だったことがないということ

健康だけが取り柄みたいなとこあるのに
この先が不安で仕方ない

色々見直す機会なのかもしれない


今年はNY
そして誕生日旅行はTEXAS

でもまさかの昨晩
10/8・10の2日間
埼玉でロケッツとラプターズの
NBA JAPN GAMEが
開催されることが発表されて
物凄いジェラシー感じてるところ
16年ぶりのJAPAN GAMEなんだって

来シーズン(19-20)のオープニングゲームは
Houstonで観たい
きっと最初で最後だから

頼むよ マイメン ハーデン

さて今年もNBAに明け暮れましょう




thanks.



今日は2月4日
日本は5日のお昼

カウントダウンの時ぶりの父との電話

お誕生日おめでとう。

祝う気満々で電話したつもりが
思わぬ報告が

「実は入院してたんだ。」

え。一瞬頭真っ白。


紐とくと

去年帰省して3週間くらい日本を楽しみ
父との旅行も出来て
胸いっぱいでアメリカに戻ってきた

そっから数週間後
9月27日
熱が出て体調を崩した父

実家近くの病院に行くと

「すぐに〇〇病院に行きなさい。」

と大きな病院を言われ
着替えることも 
一服することも許されず直行した先で

「即、入院です。」

父は笑って

「嘘ですよね?」と

でもそのまま入院することになり
検査した結果


僧帽弁閉鎖不全症
そうぼうべんへいさふぜんしょう

と診断された


以下ネットから抜粋

左心室から全身に送り出されるはずの血液の一部が、左心房に逆流してしまう状態です。全身へ送り出す血液量が減り、左心房は拡張します。急性発症の場合は、急激な肺高血圧、肺うっ血による呼吸困難が現れます。


死ぬ確率は1パーセントって言われたし
手術日も自分で選んで 1月11日に

無事手術も終わり1月31日に退院


そして
今日2月4日

この経緯を今全て知らされた

え半年黙ってた?

姉や兄にも
私には言うな。って口止めしてたって?

命に別状はなかったから?




一瞬言葉に詰まりそうになった

何もなくて(あったけど)良かったけど
そんなの今後だって
どうなるか分かんないじゃん

後悔したくない

してからじゃ遅いんだよ

色んな想いがこみ上げてきた


なんで言ってくれなかったの?
って気持ちはもちろんあったけど
それ以上に
きっと私がパニックになると思ったんだろうし
本帰国まではもう日本に帰れないって
言ってしまってたしで
色々気を遣わせたんだろうな。って
すっごく反省と申し訳なさとで
複雑な気持ちになった

ごめんね、お父さん。


でも
たぶんパニックになってたと思う

あれから10年経つけど
まだ大切な人の死とは向き合えない

そこがよぎると
トラウマみたく
息が出来なくなる

だから
結果全てが落ち着いた今
事の真相を聞かされて
どこかほっとしてる自分もいる

最低だよね
でも本音なの

父の59歳の誕生日

あんなに若かった父も
気づけば還暦

そりゃ人生色々あるよね

でも健康で笑ってさえいてくれたらいいから

でも半年後の事後報告はもうやめて

今もまだドキドキしてる

私も精神的に大人になるよう
お父さんの支えになれるよう
努力する 頑張るから


とにかく
今笑っていてくれて良かった
ほんとに良かった

父の命より大切なものなんてない
そこまでのプライドはない

人生の中で
今が一番大切な時間であり
夢であり 目標であって
そう思って生きているけど
そんなもの一瞬で捨てれるよ

だから絶対言ってね

家族なんだから 娘なんだから





thanks. 

勇気を振り絞って
ここで歌いたい。と言った日から
はや5年

そのきっかけは
あるソリストに一目惚れしたのと
そこで天才と言われていた
音楽プロデューサー兼ディレクターとの出逢い

その人の耳は
凡人には理解出来ない仕組みで
何十人もいるchoirの中で
ピッチやリズムのズレを
瞬時にキャッチし指摘し訂正する

その場の雰囲気で感覚で
ベストなパフォーマンスへと導く

私は彼に知ってもらいたくて
認めてもらいたくて
怖いもの知らずで
この場所に飛び込んだ

それから
3年くらい経ったとき
急に彼がいなくなり 
違うディレクターが指揮をとることになった

何事かわからぬまま
時だけが過ぎていったけど
昨日彼が亡くなったと連絡がきた

最後に彼を見たのは去年の暮れ

その姿で
彼の状態があまり良くないことを察した


死は哀しいことだけど
必ず誰にでも訪れることだから
受け止めなければならない

だけど
彼は私の夢の扉を開けてくれた人だから

最後にありがとうが言いたかった

いつも
人は失ってから気付くんだよね

後悔は絶えず私を苦しめるけど
それを嘆いてばかりでは
彼の死が報われない気がするから
この心残りの分だけ苦しくても歌い続けたい


天才と共に出来た時間、空間は
私の誇りであり、財産です。



本当に感謝しています



thanks. 





Mamma Mia-here we go again-
公開と同時に観てきた

完全に、ネタバレします。

(これから観る方は読まないで下さい)




2があると告知されたとき
同じキャストが出演すると知ったとき
どれだけ嬉しかったか

この10年の間で
私は何度
マンマミーアという映画を観たのだろう

ただのファンということだけではなく
母との思い出が
人一倍思い入れの強い作品へと変えた

そしてその想いは年々増すばかりで
すごく幸せだったり淋しくなったり
この映画はいつも
自分と母、そして友達とが重なり
楽しいの中に苦しいがある

笑ったり泣いたり浸ったり
まさに自分の人生を物語っているようで
勝手に胸が熱くなる いつも



そして2が公開された

7.20.2018

一生忘れられない日になるだろう

朝一で行って 続けて2回観た

Sophieから始まるシーン
アカペラでのThank you for the music

そして開始5分で知る衝撃の事実
あまりにもSkyがさらっと言うもんだから
信じられなくて
しばらくぼーっとしたよね

“Your mom is died a few years ago “

え嘘やん。て何回も思った
いや、願った。え、どうなるん?て

それから
Young Donnaのファーストシーン
When I kissed my teacher

まず
あーこれから始まるんだーとか
やっと公開だーとか
いろんな想いが駆せて まず泣いた

まだDonnaが死んでたのを
受け止められずに引きずってるのもあった←

そして
ありきたりだけど 
Young Donnaの名言

“Life is short, world is wide”

それから
3人のdadとの出逢いから
ホテルが出来るまでの過程を
現在と当時を行ったり来たりしながら
進んで行く物語

昔のDonnaと
今のSophieが重なる部分もたくさん

Young Harryとのレストランでの歌シーンも
Young Billとのボートの上での歌シーンも
良かった ほんと最高だった

Young Billが素敵過ぎてもう。

そして
たぶんこれから
もっと比較されるであろう
Mamma MiaとDancing Queen
1と2どっちが良かったか。

なんの誰への忖度もなく
そして言うまでもなく
まじでどっちも良すぎて選べない

1がベストと思っていたけど
2も本当に素敵で
微笑みながら泣いてた

特に
Dancing Queenの映像の
綺麗で爽快なあっぱれさね

これぞ
Mamma Miaって感じのシーンだった


そして
公開前からダウンロードして
毎日聞いていたsound trackの中で
1番好きだった
I’ve been waiting for you 

この歌がまさかの
いやさすがの魅せ方で
自分でも引くほど泣いた

もうSophieというか
Amandaの可愛さが眩しいのと
自分の涙とで
1回目はほぼ映像見れてない←


そして
Grandmaの登場シーン

貫禄ににやにやした

ひとつだけ言うとしたら
Fernandシーンの花火

CG感が否めなくて
一瞬うーん。てなったけど
まーそれを払拭してくれるものが
他にありすぎて 結果良し←

Cherが出演してくれただけで
演者もスタッフも万々歳だったのでしょう


そして
本当の最後のシーン

DonnaとSophieが結婚式を挙げたchapelで
子どもの為のセレモニー

Young DonnaとSophie
そして
まさかのここで Mom登場

やっと逢えたーって
落ち込んでからの感動で
嗚咽出るほど泣きました

本当に
この映画は
私のツボというツボを
遠慮なく突いてきてくれます


それからそのままエンディング

演者勢揃いで
それはもう豪華で
ファンの想いや理想を
全部詰め込んでくれたかのような
完璧なエンディングだった

このエンディングだけで
何度でも観れる



SUMMARY
今日は7/25 公開から5日
既に4回観ています

音に特化したという
Dolbyという
倍の値段のするシアターでも観たし
今年は胸いっぱい

AMCのメンバーズだから
毎週火曜は$5で映画も観れる

終演まで毎週行こう

とにかく最高です

再集結してくれて
私の夢を叶えてくれてありがとう


DVDも買うよー








いつか
子どもに渡したいんだ。
ママとママのママの宝物なんだ。ってね





thanks.