空って こんなに青いんだ!

 

お出かけした時 撮った写真に

思わずにやり。

 

 

 

カメラを手にするようになってから

 

空を見上げるようになって

咲いている花と 季節の変化に

気づくようになって。

 

これが

私の 自分のご機嫌とり。

 

 

忙しくして

心を無くしていたときは

 

目の前のことをこなすのに必死で

一週間があっという間。

季節が いつの間にか 変わっている。

 

身のまわりの世界に

気を配る余裕が 全然なかった。

 

 

「このままじゃ いけない気がする」

とは思っても

何をしたら良いのか分からず。 

 

自分なりに もがいていた時に

カメラの講座を受講。

 

 

カメラを手にして

写真を撮るようになって

 

少しずつ

心にも余裕ができてきました。

 

 

自分が好きなものとか

大事にしたいものも 分かってきて 

 

何より

 

他の誰のためでもなく

ただ 自分のために

時間をとって 好きなことをできるのが嬉しい

 

 

自分のご機嫌を取るのは 意外に 簡単なこと🎵

 

そうしたら

世界が 優しく 違ってみえるんじゃないかな。

どこかで ずっと

親の期待に応えようとしていた

 

こうすれば 喜ぶかな?

こうしてほしいのかな?

 

勉強もがんばって

仕事もがんばって

母親もがんばって

 

 

そして

私が思う 親の期待に応えることが

親孝行だと思っていた

  

 

けれど 

親が子供に望むことは

子供の しあわせ

  

シンプルに

ただ それだけなんじゃないかな

 

 

『 三びきの ごきげんな ライオン 』

  

むすこがうまれて

 

ごきげんなライオンは、

うまれてはじめて、

なにやら しあんがおです。

 

「むすこの フランソワは、

 しょうらい、

 なにになったら しあわせだろうか。」

  

 

けっきょく、

ごきげんなライオンがおもっていたのとは

ちがうしごとに フランソワはついたけれど、

 

いまでは、

むすこのことが たいそうじまんです。

 

むすこが はたらくすがたを

しあわせな気もちで みまもっています。

 

 

「わたしがいったとおりだよ。

 

 ライオンは かしこいんだから、

 やろうとおもうしごとは

 やれるものなのさ」

  

 

 

  

 

  

息子の しあわせ を考えたとき

生まれて始めて

思い悩んだ ごきげんなライオン。

 

何が 良くて

どうしたら 息子が しあわせ になれるのか。

  

 

 

もしかしたら

偏差値の高い学校に

進学することかもしれないし?

 

名の通った企業に

就職することかもしれないし?

  

世間の人に評価されるような

仕事をすることかもしれないし?

 

  

でも それは

子供の しあわせ があってこそ。

 

 

私の両親だって

きっと そう 

 

 

研究者になれなかった 私でも

会社員を続けられなかった 私でも

 

「あなたが しあわせなら いいよ」

 

そう言ってくれると思う。

  

 

期待に応えられていないという

罪悪感を握りしめていたけれど

 

それは 手放ししていいものだったみたい。   

 

 

 

子供は 親の期待に応えたいと思うからこそ

 

親が 子供に期待することを

ちゃんと 伝えていきたいな。

 

  

「あなたが しあわせ であってほしい」

自分の希望で生きていく あなたへ

 

満月は

目的意識(太陽)と 潜在意識(月)が

私(地球)をはさんで向き合い 満ちるとき

 

牡牛座新月(2019年5月5日)ごろに

始めたことが 形になってきているかもしれません

 

 

半年かけて

 実現してきたこと

 叶えたこと

 手に入れたこと

 

どのようなものがありますか?

 

手にしたものをもとに

これから どう進んでいきましょうか?

 

 

今まで 達成してきたこと

これから進んでいくヒントをお伝えします

 

  

――――――――――――★―☆。.:*:・゜― 

 

目的や理想にむけて あなたは 前進しています

もう 孤軍奮闘 がんばる必要はありません 

 

手にした安定が大事なあまり

損することを 極端に怖れるのも

そろそろ 卒業です

 

 

ものごとには 様々な見方・やり方があり

早く結果を出したいと 焦ることもありますが

 

ここは 落ち着いて構え

じっくり取り組んでいきましょう

 

いまいちど

自分の希望を こころにうかべて

方向を定めてもよいかもしれません

 

 

今まで取り入れた知識・情報を

自分の腑に落とし込んでいきましょう

 

 

あなたが五感をとおして

学んできたことは 何ですか? 

 

変にこだわって 身動きがとれないことは

ありませんか?

 

 

―★―☆。.:*:・゜――――――――――――

 

 

五感をとおして じっくり豊かさを味わう

牡牛座

 

その満月読みに

快楽を探求する『悪魔』のカードが出てきたことに

またもや おどろき。

  

快楽は 肉体の五感を通して感じます

その五感を ちゃんと使って感じているかどうか

 

 

思考だけで こうしよう!とがんばっても

自分の体感が伴わないと

なかなか 進んでいかないものです

  

他の誰でもない 「自分」 の心地よさを感じながら

じっくり焦らずに進んでいくことが

これから 大事になっていきそうです

 

 

このメッセージが

あなたの道しるべとなりますように 

 

 

----------☆★カード解釈★☆-------------

 

もはや重要でないこと

 :皇帝 正位置

(目的や理想に燃えて 前進し、奮闘する)

 

すでに達成したもの

 :ペンタクルスのクイーン 逆位置

(損することを極端に嫌い、安定に固執する)

 

前進のヒント

 :ソードのペイジ 逆位置

(あれこれ試すのではなく、方向性を定めて じっくり物事を進める)

 

受け入れるべき変化

 :悪魔 正位置

(肉体を通して感じる 欲求)

 

大アルカナが2枚出ました

これまでの成果が これからの成長に欠かせない

大事なものであると考えられます

 

その成果を手に

自分の希望に向かって 進んでいってくださいね

自由って 

ルールにとらわれないこと?

窮屈な場所から 抜け出すこと?

 

  

 

小学生の娘の話を聞いていて

モヤモヤと 考え込んでしまった

自由という言葉

 

ちいさいころから

「じゆうだね~」と言われる学年だった

 

子どもらしい

枠組みにとらわれない

・・・大人の意図に従わない

 

 

子どもらしいのも

枠組みにとらわれないのも

わるいことではないと思う

 

大人の都合で

枠組みに 押しこめるのも

違和感がある

 

そもそも

そのルールって 合っているの?

という疑問もある 

 

 

けれど、

学校には 学校のルールがあって

家庭には 家庭のルールがあって

 

そのルールを 無視することは

自由とは言えないのでは?

疑問は大きくなるばかり。

 

 

ただ、

自分の思い通りにならないのが イヤ

好きなことやっていて 注意されるのが イヤ

 

自分のやりたいことをすること

窮屈なルールから 抜け出すこと

=自由?

 

 

 

自由な子どものままでは

不自由なおとなになるような 気がしてしまう 

 

そういった自由に

私は 違和感がある

 

それは、

自分以外にも

まわりには たくさんのひとがいて

 

いろんなひととの関わりのなかで

生きているのが わかっていないから

 

 

自由を主張するときって

 

その枠組みの中にいるからこそ

守られている一面もあることを

忘れがちだとおもう

 

 

そもそも ルールは

誰かと一緒にいるための

" 決まり " みたいなものなのだから

 

そこのルールに縛られたくないのであれば

そこから 抜け出せばいい

 

 

 

疑問を持たずに

ルールに従えばいいというわけではなく

 

窮屈に感じている いまを " 不自由 " だと感じて

自由に憧れるのは

 

子どもが イヤだと駄々をこねているのと

そんなに変わらないのだとおもう

 

そこには

自分が求めているものはなくて

状況への反発があるだけ

 

 

子どもから成長して

おとなになった わたしは

 

子どものときに感じていた自由とは

ちょっと 違う自由を手にしているとおもう

 

 

選択の自由

きっと 誰もが手にしている " 自由 "  

 

どこでも 誰とでも

自分が 泳ぎたい場所を選ぶことができる 自由

 

   

限られた空間ではあるけれど

安全な水槽でもいいし

 

限りなく広くて

いろんなものが雑多にまざりあった 海でもいいし

 

 

自由に選んだ枠組みのなかで

周囲と 調和しながら

自分の意図を実現していく

 

自由に選んだ 枠組みのなかで

周囲と 調和しながら

自分の意図を実現していく

 

そうやって

自分の自由な意志で選択を続けていくことが

 

自分の人生を

創っていくことにつながるんじゃないかな

怒り。憎しみ。恨み。妬み。

その底にある 悲しみ。

 

負の感情と 言われるもの

 

それは 乗り越えるもの?

感じては いけないこと?

 

  

 

『 でんでんむしの かなしみ 』 という

絵本を読んで

 

私は 悲しみを

「乗り越えるもの」

だと思っていたことに 気がつきました

  

 

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 『 でんでんむしの かなしみ 』

 

 

あるひ でんでんむしは

たいへんな ことに きがつきました。

 

「わたしの せなかの からのなかには 

 かなしみが いっぱいつまっている」

 

そのかなしみを どうしたら よいでしょう。

 

おともだちの でんでんむしに

はなしました。

 

 

「あなたばかりでは ありません。

 わたしの せなかにも

 かなしみは いっぱいです」

 

どのともだちも 

おなじことを いうのでありました。

  

とうとう でんでんむしは きがつきました。

 

「かなしみは だれでも もっているのだ。

 わたしばかりでは ないのだ。

 

 わたしは わたしのかなしみを

 こらえて いかなきゃ ならない。」

 

 

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最後の

『私は 私の悲しみを

 堪えていかなきゃ ならない』

 

この言葉に 

私は 違和感をもちました

 

そして

その違和感をもった 自分に

違和感 (ややこしい?)

 

 

悲しみは

耐えて がまんするものじゃなくて

乗り越えていくものなんじゃないか。

 

と思っていたのです

 

  

なぜなら

悲しみは もっていてはいけないものだから。

 

悲しみがあるから

怒りや 憎しみや 恨みをもつことになって

 

自分が つらい思いをするから。

 

 

 

あぁ そうやって私は

私の一部を

ないものにしてきたのだなぁ。と 

 

 

悲しみだって、大事な私の一部

 

誰かにぶつけるものでもなく

自分で蓋をするものでもなく 

 

私の中に ただあるもの

なぁんだ。あっていいんだ。 

 

 

  

※堪える という言葉は

耐えて我慢する。という意味の他に

 

感情などを 抑えて 外にあらわさない。

ゆるす。という意味もあります