今年の最初の方は何やったっけ(笑)
3月は仲間とライブやったね、
春ツーリングは行ったっけ??
色んな記憶もどんどん薄れてゆく。
生きるとか死ぬとかについては毎日ほぼ考えて過ごしている。
自分のも他人のも。
夏は何かやったっけ。
ツーリングは行かなかった、
あーそーだ、ライブはやったんだっけ(笑)
ツーリング音楽仲間と昔からの仲間と。
来年は音楽も少しずつ流れが戻って来てると思う。
列車の路線がもう分岐していって来年以降は交わらなくなる、あながち間違ってなさそう。
会えなくなる人も増えたり減ったりするだろう。
それは仕方ない事だ。
そして、例えば生きていても、そいつに会わない日々は、そいつが死んでるのと何が違うのだろう。考えた事あるかな。
俺が生きていても死んでいても、俺に会わない人にとってはあまり変わりないのと同じ。
変わりあると思うのは、それを知ってる前提である。
実際は、こうして月日が流れ、いつの間にか人知れず死んでたとしても、それを知る術も情報も無いなら、あまり変わらなく訪れるだろう。
だから、会いたいなら会えば良いし、先延ばしにしてるなら先延ばしになる。
いつか、いつか、は、もういい加減わかるだろう。
来ない(笑)
いつかいつか、と夢や、将来や、希望のワードは何だか似ている。
だから安易に使わずに、挫折と苦しみと対極にある経験達を味わった上で、戻ってくると良い。
夢も、希望も、未来も、
人間にとても必要がなく、そしてとても根拠なく必要だって事がわかる。
45年経ってそれ(笑)
まさにオールドタイプである。
若者の世界のこのスピードの先に、何があるのか、
それを単に眺めるのは面白い。
今のところ、大体予測通りの夢や希望になってる様に見えてる。周りの人達。
もっと苦しんだ先に、そんなの関係なく、
しがらみも立場も何も関係なく、
ただ、好きである。共にいたくある。
共に生きていきたいと、無条件に関われる他人は一体何人いるのだろう。
とても興味深く眺めている自他である。
ATSUSHI
