全てを話す時が来たようだな。 -10ページ目

ムチムチ


私って本当に無知。

17年も生きるとなんとなく、大抵のことは知っているような気になるもんだけど、まだまだ知らないことだらけだってことを最近ものすごく実感する。

一昨日、やりすぎコージーの都市伝説SPで「エアロスミス」の話題が上がったのだけど、私は今まで「エアロスミス」というものが何なのかをはっきりと知らなかったし、特に知ろうともしていなかった。

だけどなんとなく「エアロスミス」って名前だけで「エアロビクス」の仲間かな、なんて勝手に思ってた。

もしくは人の名前かな、と思ってた。

ウィル・スミス的な。

もしくはブランドの名前かな、とかね。

ポール・スミス的な。

私の中で「エアロスミス」というもののポジションがすごくあやふやだった。

そして一昨日になって初めて定まった。

ロックバンドだったとは!予想外でした。

無知は恥です。

今までならこんなに公の場で自分の恥さらしなどせず、自分の心の中にそっと閉まっておいて、その言葉を使う時が来たらいかにも前から知ってましたって顔で「エアロスミスってさ~」みたいに誰かに喋ってたと思う..

しかし私はもう認めます。

自分が無知だということを。

無知の無知を卒業し、無知の知になります。

まぁでも、無知を自覚するのと開き直るのとは違うので、人並みの知識は植えつけようと思うし、出来れば最終的には知識人って他人に思われるくらいになりたい。

雑学とかたくさん知ってる人ってかっこいいじゃん(笑)

「雑学王に私はなる!!」

そう思ってこの間、380ページくらいある雑学の本を読んだんです。一気に全部。

様々な知識が一気に脳を駆け巡り、最後のページをめくり終わった瞬間に、それらが全て弾けて飛んでいきました。

(´-ω-)チーン。

ほぼ何も記憶として残せませんでした。

一気に読んだからですかね..。

自分の脳の収容能力を把握できていないなんて、思ってた以上に無知でした。

雑学王への道は遠そうです。

口内戦争~地味に頭もキーン~

 
夏と言えばのかき氷。
 
昔、かき氷屋さんでレモン味を頼んだらメロン味が出てきて、人見知りの私は言い出せずに我慢して食べました。
 
メロン苦手なのに。
 
かき氷は甘かったけど、苦い思い出です。
 
 
本題。
 
この間、かき氷機を棚の奥から引っ張り出してきたから最近は毎日かき氷を食べてるのです。
 
それもただのかき氷じゃない!知恵と努力の末に手に入れたかき氷なのだ!
 
 
最初から説明すると
 
 
私、知覚過敏でして。
 
口内炎も3つくらいありまして。
 
かき氷を食べるにはちょっと厳しい条件揃いだったのですが、でもまぁそんなの関係ないわって最初は思いました。
 
かき氷は夏のヒーローだし、そんなのを全部忘れちゃうくらいのパワー持ってるっしょって思って勢いよく食べたんです。
 
 
 
甘く見てました。
 
 
知覚過敏と口内炎、最強のタッグでした。
 
 
例えると「ハヒャ!」って感じ(笑)(笑)
 
ハヒャ!って人生で初めて言ったかも。
 
それでもかき氷を食べたい私は、なんとか知覚過敏にも口内炎にも響かない食べ方を独自の研究で編み出し、こうして毎日食べられているわけです。
 
ですが、油断も隙もありません。
 
いつどうなるかわからないので常にヒヤヒヤしながら食べています。
 
かき氷自体ヒヤヒヤしてるのに、Wヒヤヒヤです。
 
私はリスクを背負ってかき氷を食べているのです!
 
少し大袈裟かもしれませんが、毎日命懸けです。←大袈裟すぎw
 
しかしかき氷には、それほどの価値があると私は思っています。
 
 
 
 
 
だから私は
今日もかき氷を食べる。
 
 
 
 
 
- E N D -

わたくし、まっすぐ生きていたいのです。


「たらみ」って言葉の響き面白いなぁなんて考えながら、たらみのフルーツミックス味のゼリーを食べていた今朝の話。

ふと、スプーン曲げできるかもって思って挑戦してみた。

明らかに指の力を使っていることに気がついて恥ずかしくなったからやめた。

超能力とは、今日の科学では証明できない超自然的な能力。

なので、指の力を使って曲げたらそれはただの人口的な能力だ。

まぁ指の力を全力で使ったとしても私には曲げることはできないだろうけど。

それに仮に私がスプーンを曲げられるくらいの怪力を持っていたとしても、精神面で負けてしまうと思った。

「このスプーン曲げたらお母さんに怒られるだろうな」とかそういうことを考えてしまう。

それなら自分で100均とかでスプーンを買ってきて曲げればいいかもしれない。

でも私は、これから曲がるスプーンのために自分のお金を出すことはできない。それが例え105円であっても。

何故なら私はケチだから。

これらの理由から、どんなことがあっても私にはスプーンを曲げることはできないと確信した。

それと同時に自分の無力さを痛感した。

スプーン一つ曲げられないなんて。

曲げられない女とはまさにこういうことか。

などと間違った解釈をしそうになった今朝の話。