恐れることや心配について考えたいと思います。

きっかけの聖句はマタイの6:27-34の聖書箇所です。

 

恐れることや心配というのは、大抵未来のことに対してです。

過去は過ぎたこと。けれども、未来はまだ来ていないこと。

 

明日というのは神様の領域です。

 

聖書からは、本当のところは、明日どうなるかすらわからないというこの前提にしっかり立つというのが、とても重要だと教えてくれています。

 

明日が必ず今日と同じように続くという前提があるからこそ、心配したりするんですね。

 

お金の心配をしたり、子供の将来を心配したりする。

というのも、今日と同じように明日が来るという前提だから心配したりするわけです。

 

命続くことを当たり前と思っているから心配するわけです。

 

「仕事が見つからなかったらどうしよう。」この心配も、生きることが前提で当たり前としているから、心配しているわけです。

 

そもそも命を失ったら、仕事どころか、家も何も必要ありません。

 

明日はそもそも私たちの手の中になくて、神の領域であり、明日がどうなるかすら分からないという謙虚さはクリスチャンに求められていると思います。

 

過去は過ぎたこと。明日は神様の領域。

 

やるべきことは今日1日をしっかり十分に生き抜く。ただそれだけなんですね。

ただ、それだけなのにそれ以上のことをしようとすると恐れたり、心配したり、先々のことを考えたりということが起きてしまいます。

 

神様の教えてくれてる生き方というのは、ただ今日1日を精一杯生きる。

 

今日になすべきことは十分すぎるほどあるし、今日の苦労も今日に十分すぎるほどあるから、ただ今日に集中してしっかり生きなさい。明日の命は保証されてはいません。

これが神様からのメッセージだなと感じます。

 

そして、これをやっていく時に、心配してる暇だとないということに気づきます。

 

今日も読んでいただいてありがとうございました☆

素晴らしい1日を送ってください☆