明日、盆の入りですね。
ご先祖様方々があの世から帰ってきてくれるらしい日ですね。
1985年に体験した 呪われている と思われた出来事をひとつ。
私の母は4人兄弟の末っ子です。
ですが 実家の跡を継ぎました。
私の父は婿養子。
私の母の生まれ育った家に婿養子で来てくれて、母の実父、母の実母、母の夫(私の父)みんなで暮らしました。
1984年6月25日、父は38歳で膵臓癌で他界しました。
1984年8月21日、祖父が68歳で脳溢血の後遺症で他界しました。
わずか2ヶ月間で同じ建物から2人も立て続けになくなり、同じ敷地で2ヶ月の間に2度も葬儀があったわけです。
当時8歳の私も、まさか自分の住まいから2ヶ月間で2回も葬式を出すとは!と、驚いたものです。
ウチは新潟の田舎の方。
小さな集落のうちの1軒。
たった2ヶ月の間に2度も同じ場所で葬儀があれば
「この家から3人目は誰が連れて行かれるんだろうか」
と集落の皆から思われるのは不自然ではないことでした。
父が亡くなった2ヶ月後に祖父(私の父から見たら義理の父親)も亡くなった時、さすがに集落の皆様がものすごく不安に感じたようでとても心配してくださって、呪われてるんじゃないかと思われ、佐久間家から3人目が連れて行かれないようにと、集落の方が祖父の棺の中にお人形を詰めました。
「身代わり人形」だそうです。
(私が大事にしてた、叔父がパチンコの景品でもらってきてくれた三つ編みの少女のお人形です)
その後、30年間、佐久間家から死者は出ませんでしたので、身代わり人形の効果があったのだと思いたいです。
夫と実父を亡くした当時34歳の母。
2ヶ月の間に夫と実の父親を亡くし、母、母の母親、私の姉、私 の女4人家族になって、急に母が大黒柱になった日。
34歳で失ったものと背負うものの大きさは大変という言葉では片付けられなかったろうなぁ。
実家は稲作農家で、農閑期は母は会社勤めをしてて、あっぷあっぷだったろうなぁ。
身代わり人形だけではなく、小人の靴屋が居て欲しいと母は思ったに違いない
みんなみんな、健康で100歳までは生きて欲しいものだ。