この観念主義的なる歴史観が、哲学――思想・観念――を歴史の政治的変革の原理と考えるのは当然である――前を見よ(この哲人政治的思想がやがて人道教の提唱となったということに何の不思議もない)。従って彼のイデオロギー論は決して歴史哲学(社会学)の一部分[#「一部分」に傍点]であるのではなく、正にそれの基礎をなす処のものでなければならない。彼の知識社会学は[#傍点]このような種類の一種の[#傍点終わり]イデオロギー論であった。コントの知識社会学に於ける歴史的原理の二つの契機、イデオロギー論(階級観)と段階説とは併し、新しい実証主義的知識社会学者達によって問題の範囲外に追放された。まずそこにはデュルケムがある*。知識社会学に関するデュルケムの優れた思想は、原始民族社会に於ける宗教の土俗学的な材料の整理から惹き出される(〔E. Durkheim, Les formes e'le'mentaires de la vie religieuse〕 を見よ)。この点での実証的[#「実証的」に傍点]精神はコントの歴史哲学自身にはなかった。コントに於ける、知識の神学的から実証的への歴史的発展[#「歴史的発展」に傍点]――そこにこそかの段階[#「段階」に傍点]があったのである――は、デュルケムに於ては、宗教からの認識の社会的発生[#「社会的発生」に傍点]として、再生される。二つの知識形態の段階上の推移は、知識一般のもつ発生条件の問題にまで変更される。
