今日で45になりました。びっくり全く実感がわかないですw 難聴で悩んで数年たち、寝ても覚めても耳のことばっか考えてます。考えることはいかに聞こえを良くするか。それだけ。

 

仕事、学校関係、この先、今は元気だけど母に何かあったらどうする?兄は遠くに住んでるし、やれることは自分でやりたい。そのためには聞き取れないといけない。頭は正常なんだから。

 

去年の今頃は手術の話をされて(EASなら受けられると)旦那に「補聴器もっと探したら?」みたいなことを言われて(それまで耳に関してノータッチ)ぶち切れて病院に初めて付き添わせたな。無気力

 

医師ではなく、STさんから今の症状を第三者的に話してもらいました。聞こえないのではなく言葉として聞き取れないんだよってことをね。話を聞いてないわけではないんだぞってね。我が家の喧嘩の8割は耳絡みでしたからね。

 

4月に人工内耳手術を受け一週間で復帰しましたが、会社での居場所は完全になくなったって思ったし、結構辛い一年だったかも。難聴にさえならなければ今もそこそこ頼りにされて楽しくはやれたでしょう。

 

ふと思い出します。20年以上前、大学生活を謳歌してて、怖いもの知らずだったな。超就職氷河期をのりこえたけど、社会は甘くなくがっちり洗礼を受けました。

 

そして10年前は結婚したけど、不育症(妊娠はするけど出産までたどり着けないことです)で結構大変でした。妊娠5ヶ月目からヘパリン注射を自己注射して、なんとか34週までもたせて出産。2ヶ月近く点滴だらけで入院したし、娘も1ヶ月はNICU。そんなこともあったけど、今は全く問題なく元気に育ってます。

 

そしてさらに10年後。今度はまさか自分が障碍者認定受けるとは。人工内耳もなにそれ??って感じでした。現実を受け入れられなかったな。

 

人間その身にならないとわからないことは多いですね。出産だって妊娠したら普通に産めると思ってたし、耳だって悪くなるなんて考えたこともなかった。

 

来週マッピングです。聞こえのほうは相変わらず宇宙人は存在してますが、昨日娘と街を歩いてて普通に話せてる?と思う時も結構ありました。前は必ず何度も聞き返してたし。

 

それでカフェにいる時知らないおばさまに話しかけられたんです。一瞬わからなくて、聞き返す?曖昧に笑いそうになって、いや、わかったふりするのだめだよねって思ってたら、

 

「そんなにそっくりですか?ありがとうございます。」って小3の娘が助けてくれたww あとで、あの人なんて言ったの?って聞いたら、「私とお母さん顔そっくりだって」て。まだまだ知らない人に話しかけられたら聞き取れなかったりするけど、

こうやって助けてくれたことにビックリウインク

 

手術をしたことは全く後悔していません。ただリハビリはまあまあキツイですねゲロー。きれいごとぬきで。よく鬱にならないなって思いますよ。爆音の耳鳴りもちだしww

 

けど、どっかでもう一度自分なりに返り咲きしたいという気持ちがあります。人生の予定はなり狂ったけど、新しく再構築したい。希望がないとだめだね。

 

この一年でブログを始めてほんとに良かった。他の人の考え方も知ることができるし、自分なりに気持ちの整理もつけれるし、何よりブロ友さんの励ましがありがたかった。実生活では難聴者は身の回りにゼロだから余計そう思う。孤独じゃなくなったというか。

 

 

ちょっとオーバーですけど、少しづつ人生を取り戻せますように。