
気分的にそう言ってみたいのだ。
この言い方も違うかな…
気分的にそんな風に言わせてください。
今風なら、せめてこうか。
桜並木、ポプラ並木、銀杏並木、
杉並木。
この公園の並木は何て言うのだろう…
とにかく大きく育ち、来園者の目を楽しませていた。特に今の季節。
寒い冬枯れの季節がようやく終わって、
一斉に若葉が育ち、風に翻っている。
ところがその日は突然やってきた。
重機が何台も入り、
正門前の広くてまっすぐな大通りは、
作業員や警備員やらで物々しくごった返した。
最初は何のための重機かも、
わからなかったが、
しばらくすると知ることとなった。
美しい並木を構成していた大木の何本かが、
伐採され始まった。見物人も大勢いた。
夕方には4。5本が根本から切られ、
その他にも幾本かは、
次の日の準備で中ほどから枝葉が、
太いところで切り落とされた。
何十年も成長し佇んでいた大木は
誇張して言わなくても見る人から見れば、
御神木じゃないか。
日が暮れ。来園者が皆帰って、
公園は夜の静寂に静まり返った。
しかし、その晩は夜通し、
切られた木が痛んでキィキィキィと泣いた。
今度は私か?
隣り合った木もキーキー泣いた。
ある人が行ったことを思い出す。
木は歩けないが、人は歩けるんだよ。
何十年もひとところにいて、
皆を見守りみなから見守られてきた木が
人の都合によって、
一瞬にして切られてしまって
いいものだろうか。
これは人の傲慢のなせるわざではないか。
さきの大震災では、
名所の桜並木が津波に飲み込まれた後、
最後に残った一本の桜が
懸命に手厚く保護された。
結局はその木も損傷に耐えきれず、
立ち枯れ撤去されたが…
来園者の頭上を守り、
作業員の手間を省くため
切られた並木を
一方では惜しむ人がいることを知ってほしい。
こんな気持ちの人が、何人いるかは、
皆さんのご想像にお任せするしかない。
ただ一つ言えるのは、
切られてしまった大木は、
元には戻らないということです。
これから風薫る五月だ。
いい風がなお一層、
うちの公園を吹き抜けることだろう。