貴方は、私に尋ねます。

        「なぜ歌うの? そして両手を掲げるその意味は?」

               私は応えます。

        「涙がこぼれる時もあるけど、

          嬉しいから歌い、自由だから歌う、それが私の歌う理由」

 

  ゴスペル(Gospel)は、信仰と自由への希望を歌った

 スピリチュアルな響きだ。

 この黒人霊歌は、彼らがキリスト教の「福音(良い知らせ)」に

 慰めを見出し、歌ったのが起源と言われている。

 賛美歌に、リズムとコール・アンド・レスポンスを融合させた

 歌声は、チャペルに響き渡る。

 そして繰り返す日常に、私たちは、活力を与えられて生きていく。

 

  ここに歌いたくてしょうがない1人の女性がいる。

 (カラオケなんぞ行くものか)ともんもんとする日々。

 彼女の名は山城祥子。

 50代にして仕事も順調な彼女は、シングルライフを満喫している。

 何か趣味を持ちたいと渇望し始める年頃のようだ。

 

  「昔はバンドやっててブイブイいわせたのに…

    なーんてこと言っても今や通用しないか」

 日曜日の午後、毎度そんな独り言を呟いている。

 

   「とりあえずウォーキングでもしてみるか」

    そう思い立ち、近場をゆっくりと歩いていた。

 

  丁度交差点の信号は赤、ふと向かいのビルの小さな垂れ幕を発見。

 『ゴスペル・クワイヤ‼ 一緒に歌おう』

 祥子は信号が青に変わると、そのビルに吸い込まれていった。

 

  エントランスに設置されたマガジンラックにはフライヤーが置かれていた。

 手に取って見ると 

  『子供からお年寄りまで大歓迎、誰でも気軽に参加を…』

 ジャズやR&Bが好きな祥子は、以前からゴスペルに興味があった。

 まあ、差し詰めあの名作「天使にラブソング」がきっかけ…

 と言いたいところだが、彼女の場合はちょっと違っていた。

 

  小学生の頃、彼女はガールスカウトに入団していた。

 まだ米軍統治下にあった昭和の話だ。

 当時は制服も、イベントもアメリカに倣うものだった。

 事ある毎に米軍基地内の団員と交流があった。

 琉米合同キャンプはうるま市ホワイトビーチ地区(米軍港湾施設)で

 開催されていた。

 

   沖縄公文書館所蔵

 

 注釈

  沖縄のガールスカウトは、1955年に始まった。

 翌年には世界連盟から正式に認可され、アメリカ文化の影響を受けつつ、

 琉米文化会館や米軍基地と関わりながら、少女たちの社会教育活動を広げ、

 沖縄独自の異文化交流として発展した。 

 

  当時は、基地内でのホームステイも盛んだった。

 ある時、祥子は同年代の黒人少女デイジーの家にホームステイした。

 その時連れて行かれた教会での出来事を思い出していた。

 ディレクターと言われるリードマンに追随するオーディエンス。

 その集団が体を揺らし歌う姿は圧巻だった。

 祥子はその時初めて 『ゴスペル』 を知った。

 

  デイジーはシャイで打つ向きがちの子だった。

 その彼女が、イントロが流れ出した瞬間、体全体でリズムを取り始めた。

 祥子は、あの時のデイジーの表情を今でも鮮明に覚えていた。

 そして祥子は片言の英語を駆使して彼女に聞いた。

  “Why are you so excited?”

  “Because singing makes me happy”

 

  そんなことを回想しながら祥子は思った。

  (なんだか “うちなんちゅ” と似てるな) 

 カチャーシーにエイサー、嬉しくても悲しくても、唄って踊る。

 祥子にはその映像が、あの時のデイジーとシンクロしていた。

 

   そして祥子は、ゴスペル・クワイヤのメンバーとして、

  居場所を見つけた。

  (デイジー、あなたの気持ちが解った気がする)

 

   そこに集まった人たちは、皆知らない者同士。

  それが歌いだした瞬間、互いに笑い、両手を高くかざす。

  ゴスペルにルーツを持たない人たちにも、祝福の時をもたらす。

  まるでイルージョンを見ているようだ。

 

      レッスン終了間際には、ディレクターからメッセージが告げられる。

  クリスチャンではない祥子にとって、興味深い瞬間でもある。

  彼女は、聖書が永遠のベストセラーであることを知っているからだ。

 

  旧約聖書箴言15章4節

    「穏やかな舌は命の木、舌のねじれは霊の破れ(霊を打ち砕く)」

 

 メッセージ

   軽率な言葉で人はいとも簡単に傷つきます。

  だから自分の舌の持つ脅威を知らなければなりません。

  その舌が悪意とならないためにどうしたらいいのでしょう。

  あなたもまた、知恵を持つことです。

  そのために自分を癒し、立ち直らせる時を過ごすことです。

  そのひとつが歌う事なのかもしれない。

  歌えば、舌の根を癒し、清らかな声をもたらすでしょう。

  きっとあなたに立ち直らせる知恵を与えてくれると信じます。

 

       さて、明日からまたルーティーンの生活が始まる。

   祥子に限らず、あなたにも…。

   世の中、よくできたもので、求めれば必ず見つかる。

   そうですよね、空の彼方の☆☆☆様

   それは、あなた次第、求めて、行動してみよう‼

 

    

 

  

スィングする街

 この街にジャズのメロディーは似あわないって、

誰が言ったのか(・・?

よくある先入観ってやつなのかもしれない。

 

 沖縄の戦後復興は、ジャズにそのルーツがある。

それは地元の人間ならよく知っている。

辻の歓楽街、桜坂通り、そして栄町。

酔いどれ族は、時にジャズのリズムに癒された。

ここ栄町にも、数十年の時を経ても尚、

そんなライブハウスが存在する。

 

出会いはスイングのリズムのように

 時は昭和に遡る。

それは、車道に添って並ぶ飲食店の一角にあった。

見上げるとネオンライトが目に留まった。

店の名は “August Moon” 。

一直線に伸びる狭い階段を登った先にあるバー。

外部の喧騒とは一線を画すようにピアノの音が流れる。

軽快なスィングのリズムに、ウッドベースやドラムが

心地よく絡み合う。

 

 カウンターには、長い髪を三つ編みに束ねた女性が佇む。

彼女は、今夜(はつ)の客に気づくと、軽く会釈した。

バーのママと呼ぶには、初々しく、

知的で落ち着いた雰囲気だ。

歳の頃は20代後半といったところだろう。

 

 この辺りで働く女性は、中高年のおば様族だ。

客待ちで入り口に座る女性たちをみれば一目瞭然。

 

 客の青年は、迷わずカウンターに向かった。

そして女性に気づくと、彼もまた軽く会釈した。

「初めてですね。

 お客さんの顔、覚えるの得意だから…」

由美子は人懐っこい口調で話しかけてきた。

「はい、初めてです。

 ここ、ずっと気になっていたんです」

「まだ学生さん⁇ アルコールは大丈夫なのかな」

「つい最近二十歳(はたち)になりました。

 まだ慣れないけど大丈夫です」

「私は由美子って言います。

 宜しくね。

 ようこそ・・・」

「賢太です。

 宮城賢太と言います」

「1人で入ってくるの勇気いるでしょ。

 賢太さんて呼んでいい(・・?」

賢太は照れくさそうに頷いた。

「人とつるむの苦手なんで、だいたい1人です」

 

その出来事、奇跡です

 ひとしきり、世間話のような会話が終わったところで、

賢太が唐突に切り出した。

「あの、俺をアルバイトで雇ってもらえませんか」

グラスを差し出す由美子の手が止まり、賢太をじっと見つめた。

そして軽くため息をついた。

「いいですよ、二十歳(はたちになったのなら、ぎり大丈夫」

「えっ‼  あのっ、いいんですか」

「まあ、二十歳(はたち)のお祝いってことで成立‼」

あまりの展開に、切り出した彼自身がうろたえる始末だ。

 

 これに気をよくした賢太は、ありえないほど饒舌に語り始めた。

「俺、小っちゃい頃から、ピアノやってて、

 ある日、向かないなーって思って辞めようと思ったんです。

 それが、東京のライブハウスで生の演奏聞いて、辞めるの、辞めたんです」

由美子は、この青年の語り口に子供っぽさを感じ失笑した。

彼の言葉には、“自分は決して怪しい者ではありません” という意図があった。

とにかく由美子は、笑いをこらえながらも聞くしかなかった。

「そうなんだ、あっ、でも思った通りだ」

「えっ、何が⁉」

「楽器やってるなって思った」

「あはっ、そうか。

 もともとはクラシックなんですけど、なんか今一 って感じで…

 そんな時、あのアドリブの心地よさにはまったんです」

「つまり、自由に表現したい派ってわけだ」

賢太はそう言われ少し照れながら頷き、話しを続けた。

「そんな大層な理由はないんですけど、

 自由に弾けるっていいなって思って。

 あっ、俺っ、上手く言えてるかな」

「つまり、ここでジャズの勉強がしたいってことなのかな」

「はい、宜しくお願いします」

由美子は、初対面の自分にためらいもなく思いのたけを

語る賢太に新鮮な感動を覚えた。

 

テビチの触感は絶妙だった

 働きだした賢太は、ジャズマンたちと、

すぐに打ち解けていった。

特にピアノでバンマスの伸さんとは気が合ったようだ。

「賢太ともいつかセッションできるといいな。

 本格的に目指すんだろ」

「まだ解りません。

 でも本場で学びたいなって…」

「てことは、ニューヨークだな⁉」

賢太の顔に少し笑みがこぼれたが、その問いには応えなかった。

 

 

 ある日の事、閉店の片づけをする賢太に由美子が話しかけた。

「賢太さん、お腹すいてない?」

「あっ、腹の虫、聞こえました。

 減っています」

「すぐそこに、テビチ(豚足)の美味しい店あるんだけど。

 どうかな」

「はい、お供します」賢太は即答した。

 

 夜通し提灯をともすそのおでん屋は、

鉄板焼きのテビチ(豚足)で大ブレイクした老舗だ。

「子供の頃は苦手だったんだけどね」

由美子のその言葉に賢太も同調した。

「俺もそうでした。

 でもこのよく焼けた皮、やみつきになりますね」

少しカリッとしたテビチ(豚足)頬張(ほおば)りながら賢太は由美子に聞いた。

「あの店って由美子さんがオーナーさんですか。

 あっ、すみません。

 ちょっと気になって」

由美子は大きく首を横に振ると

「いいよ、気にしなくて。

 オーナーは母親、私は任されてるだけ」そう言い切った。

「へーそうなんですか、楽器とかやらないんですか?」

「ボーカルを少し勉強してるけど、めったに歌わない」

「ボーカルかぁ、世瀬山澄子さんとか有名ですよね」

沖縄では有名なジャズ界のディーバだ。

一瞬見せた彼女の物憂げな表情に気づく間もなく、

賢太は話しを続けた。

「由美子さんのボーカル、まだ聴いたことないけど、

 歌うの嫌なんですか。

 聴いてみたいけどな」

「嫌じゃないよ、ただ、上手くないだけ…」 

「ジャズって雰囲気じゃないですか、

 だから、声質や声量が決め手じゃない気がする。

 例えばテクニックも大事かなって…」

「…そうかもしれない」

 

裏腹な言葉の意味は何ですか

 少し沈黙が流れたところで由美子が話題を変えた。

「賢太さんって、おしゃべりかと思ったけど、

 働きだしたら意外と口数少ないね」

「本当に言いたい事を上手く言えないっていう自覚あるんです。

 なぜか違う事言ったりして、だから勢いがないとしゃべれないんです」

「じゃあその理由、深堀してみようよ。

 いいかな三択だよ。

 その1、言いたい事を忘れた。

 その2、罪悪感がある。

 その3、相手を意識している。

 さあどっち⁉」

由美子の問いかけに、賢太はしばしフリーズした。

「なんか哲学的だなあ、数日考えてみます‼」と軽快な口調で返した。

 

 そんなとりとめない会話が続く中、賢太がポソリと言った。

「色々考えている事、あるんですけど…まとまらなくて」

その言葉を聞いた由美子は、何の脈略もなくこう言った。

「何かひらめいた時は、やらずに後悔するより、

 思い切ってやってみるほうがかっこいいよ」

「えっ、それって俺の事ですか。

 あれっ、何か迷いのある顔してますか⁉」

 

 平らに整形されたテビチは、まるで別物のような触感だ。

賢太は、その絶品テビチを頬張りながら、

由美子から目をそらした。

 

 彼女は何かに気づいたように、箸を持つ賢太の手を見つめた。

「最初、健太さんを見た時、きれいな手だなって思った。

 そうしたらやっぱりピアノやっているって言うから

 なーるほどってね」

 

もう一つの思い

 賢太は、ふらっとこの店を訪れた訳ではない。

実は、もう一つ理由があった。

以前から、由美子が通りに看板を置く姿を見かけていた。

それが店に興味をもった最初のきっかけだった。

 

 賢太にとって、こうやって彼女とテビチをつついている事は

軌跡だった。

そして彼は、ここに向かい合わせて居る事に満足していた。

彼女の温かくて、説得力のある語り口は、二十歳の青年には

魅力的だった。

 

 それから数か月後、健太は店を辞めた。

 

“蒼穹の彼方”と人は言う

 時を令和へ戻そう。

猛暑の8月、喉の渇きを潤す人で酒場は賑わう。

栄町歓楽街は、お洒落なオープンカフェもちらほら、

すっかり若者や観光客の社交場となっていた。

 

 あのひときわ異彩を放っていた Jazzバー  “August Moon”

それは色あせることなく今もそこにあった。

 

 

 その階段をゆっくりと踏みしめながら上る中年男性がいた。

ドアをゆっくり開けると、迷わずカウンターへ歩を進めた。

立ち止まった先に居たのは、柔らかな表情を浮かべる女性。

そして男性は、その女性に声をかけた。

「僕を覚えていますか」

「ええ勿論です。

 お帰り、賢太さん」

由美子は満面の笑みでそう応えた。

「あれから渡米して、何とか今も音楽を続けています」

「ええ、知っていました」

 

 賢太は、1枚のCDを由美子に手渡した。

「僕が作った曲です、よかったら聴いてください」

由美子は両手で包み込むように、それを受け取った。

 

 そのタイトルは『Feeling  of  First

「由美子さん、この曲に歌詞をつけたら、歌ってくれますか」

「Yes, with pleasure (^^♪)」

 

 それから彼は、真っ直ぐに彼女を見て言った。

「由美子さん、あなたは、僕の初恋でした」

「ええ、知っていました」

                にへーでーびたん(完)

 

 

 

 

 

元号が変われば街も変わる

  時は昭和から平成、令和へと元号を変えている。

変わりゆくものを数えるより、

変わらないものを見つける方が難しい。

そんな気がしている。

変わらないものって、何だろう。

 

 栄町は新たな観光客や若者を取り込み進化している。

市場商店街は、やっと人が通れるくらい向かい合わせに店が並ぶ。

夕方になるとシャッターの下りた店頭には、

椅子とテーブルが並び酒場へとシフトする。

そこに集う人は、何の(てら)いもなく会話を楽しんでいる。

そうなると(のぞ)かないわけにはいかない。

というより、“聞いてくれ” とせかされているようだ。

 

 

 

ちぐはぐな2人は同級生

  さて、新年を迎えたこの時期、休業の張り紙はまだ見当たらない。

そう、旧正月はまだ先の事。

狭い通路でひしめき合うには、絶好の季節だ。

お隣を気にする人は誰もいない。

 

まずは、一番乗りの2人組にフォーカスしてみよう。

「久しぶり、久美ちゃん。

 みっちーのお葬式以来だね」

伊津子は数年ぶりに再会した久美子に唐突に切り出した。

久美子は、その話題を一旦振り切るように言葉を返した。

「そうだね、伊っ子が栄町って言うから驚いたよ。

 昔はおじさんたちの社交場って感じで近寄れなかったでしょ」

どうやら、里帰りした中学の同級生と、地元の友人が、

酒場で再会といったシチュエーションのようだ。

歳の頃は60代、装いも洗練されたこの両人、年代より若く見える。

社会人として現役を終えたような清々しささえ感じさせる。

 

メイド・イン台湾、そのお味は…

歳のわりに斬新な伊津子の選択肢は果たして…。

「でっ、来てみてどんな感じ⁉」

「面白そう、悪くないよ」

そんな会話で始まったプチ同窓会。

2人がまず向かったのは、知る人ぞ知る餃子の名店だ。

 

   

 

「久美ちゃんに、ここの餃子、絶対食べてほしいと思って1番手にしたよ」

「じゃあほらっ、得意のグルメレポートしてみて」

「そうだなあ、まずは皮が絶品、焼き目がほどよい、それと…」

 

そんな伊津子の解説に割って入ったのが、名物店主のおじさんだ。

「おいっ、それはちょっと簡単すぎないか。

 まずはそのまま食べてみてよ、その次はヌートバーにして。

 最後は、好きにしていいよ」

「なーるほど、おじさんのそのうん蓄、何回聞いたかなー。

 でもヌートバーって初登場のワードだね」

伊津子は長年通っているが、未だにおじさんで通すところは流石だ。

名前を知らないらしいが、あえて聞く気もないという大雑把なキャラだ。

「どっかで聞いたことあるけど、何だったっけ⁉」

おじさんがにやりと笑い背を向けると、

“後は自分で考えろ”とばかり厨房の中へ消えていった。

 

「伊っ子、ワールドベースボールクラシック見なかったの。

 ほらっ ペッパーミルだよ」

「いえーっ、あれか、胡椒‼

    なーんだ、まったく、素直にそう言ってくれたらいいものを(笑笑)」

つまりは、直に胡椒をかけろという事らしい。

このおじさん本家本元の台湾人シェフ、このうん蓄に間違いはない。

「おっ、確かに美味しいよ」 久美子の言葉に伊津子も笑顔で便乗した。

 

   

 

「次は小籠包、これも絶品だよ。

 この熱々をれんげに乗せて糸生姜をたっぷり、

 先ずは漏れ出たスープを味わう…、

 それじゃあ久美ちゃん、よろしいですか、Here we go!

そんな儀式に(のっと)り、口の中に吸い込まれた(ぶつ)は、

久美子の満面の笑みで、その美味さを証明した。

そして食べ終わる間もなく彼女の口から感嘆句が漏れた。

「んーっ マシッター‼ 最高 (´▽`*)」 

「久美ちゃん、何で韓国語やねん。

  ここはメイド・イン台湾なんですけど⁉」

「ほらっ、話したでしょ。

 韓国語サークル通ってる事、しゃべりたいわけさー」

そんな元少女の2人を遠目に見ていたおじさんも、

思わずサムズアップで歓迎した。

 

歳を重ねて解る事

    少し小腹が満たされた頃、久美子の表情から笑顔が消えた。

2年前、彼女の幼馴染の美智子が他界した。

(しばら)くは触れずにいた美智子の事を、久美子が話し始めた。

「結婚してからずっと病気がちでさ、それでも前向いて頑張っていたの

 知っていたから、何だか辛くてさ」

(そうか、久美ちゃん、誰かに話したかったんだ。

                              今やっと話せるって感じなんだね。きっと…)

伊津子の心の声(吹き出し)もなぜか切ない。

 

そして久美子はこう続けた。

「子供ってある意味残酷さーねー、思春期になると、

 娘たちはみっちーにきつく当たるようになったみたい。

    母親らしいことしてあげられないの

    チムグルシイ(辛い)ってよく言ってたよ」

その話を黙って聞いていた伊津子は、

何かに気づいたように久美子に話しかけた。

「私は子供がいないから母親の気持ちにはなれないけど

    子供の気持ちは解るよ。

    うちの母親も病気がちだったから同じような事した気がする」

久美子は、しばらく伊津子の顔をじっと見つめていた。

そして伊津子はさらに続けた。

「今の私なら、支えられたのにって思ったりするわけさ。

 10代の頃って世間知らずのひよっ子さ、

 だから今、解るんだよね」

伊津子の言葉には説得力がある。

久美子は腑に落ちたと言わんばかりに頷いた。

 

「そうか、いなくなって初めて気づくってやつだね。

  皮肉なもんだね」

「当たり前の日常から、その人だけが居なくなる。

 だから、嫌でも気づくんだよ」

 

これは、何も特別な事ではない。

誰もが経験する “真理” ではなく “心理” だ。

自分の内にある吹き出しに納めてしまわない。

その勇気が、人としての株を挙げてくれると信じたい。

 

「伊っ子、今日会えてよかった・・・チョンマル コマオゥ (´▽`*)」

「またかい、でも、照れるからちょうどいいな」

 

おじさんの登場、絶妙です

 そんなしんみりした2人の間に、またもおじさんが割り込んだ。

「なんか湿っぽくないか。

 ここを出る時には笑って帰ってもらわんとな」

「あはっ、おじさん絶妙‼

    じゃあ笑ってお会計しましょうかね」 

伊津子が栄町を選んだのは正解だったようだ。

 

 餃子の皮からあふれ出す肉汁が、(うち)に秘めたモヤモヤを、

旨味に変えてくれたようだ。

 

Here we go ☆彡

「さあて、次はどこにしようか。

    台湾から関西に飛び級してみる⁉」

伊津子の腹は、既に決まっているようじゃないか。

すっかり少女気分の久美子も負けていない。

「いいねー、という事は、お向かいの “串揚げ屋” って感じ」

それではお2人さん、次なる酒宴へ Here we go ☆彡

 

   あんしぇー またやーさい💐

 

栄町社交街はアジアンだった

 国際通り周辺は、夕方になると本領発揮とばかり   

飲み屋が活気づく。

 

 ここはモノレール安里駅、その駅舎の階段を下りると

そこはちょっと異次元な匂いが漂う。

スーパーマーケットを挟んで二つの通りが伸びている。

怪しげなネオンを放つ長屋通り、

もう一方は真新しい店舗がこれ見よがしに並ぶ通り。

 

 通称“栄町社交街”は、独特の雰囲気を醸し出している。

近年、千ベロブームの恩恵を受け連日大盛況のようだ。

 

 だがある時期になると、店は軒並み休業の張り紙。

   (あっ、そうか、春節真っ只中なんだ)

    なんてことにならないよう、

         とりあえずイントロデュースしておこう。

 

 ここ栄町は、アジアを色濃く反映するスポットなのだ。

店を構える多くの人は、アジア各地の国籍、

若しくは帰化した人たちだ。

“うちなんちゅ”であれば、誰もが知っている。

沖縄は、未だ旧正月(春節)を祝う風習がありアジアを感じる。

うちなーぐちで言うなら “ソーグヮチ” と表現される。

 

昭和の栄町は1つの文化だった⁉

  ここで、昭和の栄町通りがどんな雰囲気だったか触れておく。

 よく知る人たちは、ディープな大人の社交場と表現した。

  “おでん屋” と呼ばれるスナックが軒を連ねる中、

 古酒(クース)泡盛と琉球料理を振舞う居酒屋も増え始めていた。

 

 こういう場所は、得てして文化人やジャーナリストたちに

愛される傾向がある。

新宿の、〇〇横丁といった路地酒場とよく似ている…。

 

 当時ここを愛してやまなかった1人のジャーナリストがいた。

彼の名は坂本哲、来沖するたびこの社交街を訪れていた。

彼のお気に入りは、ンジャナバア(ニガナの和え物)(つま)みに

クースをちびちび味わう事だ。

そして必ずといっていいほど、1人でふらっと立ち寄る。

意識的にそうしているようだ。

 

   

 

        

                   ー酒亀ー

 

 今夜も彼は、行きつけの居酒屋に1人でご来店だ。

暫らくすると、甚平姿の初老の男性が入って来た。

辺りを見回し、坂本を真横から捉えると

並んでカウンターに座った。

 

「坂本さん、あんたよく見かけるね。

 久茂地辺りの洒落た店の雰囲気がするんだが、

 なんでここなんだ⁇」 隣に座った客は物珍しそうにそう尋ねた。

 この社交街で坂本の知名度は高かった。

 

「何でしょうねー、曖昧な事がありすぎるからかな。

 ここへ来るとわずかなヒントを貰えそうで…」

 

「だが、俺みたいに知らんちゅ(他人)が話しかけてくるから、

 カシマシイ(うっとおしい)だろ」

「あはっ、確かにカシマシイですね、普通はそう思うんでしょうね。

 だけどここではそんな事も心地いいんですよ、何故か…

    その ”何故” が講じて、ついここに足が向くんです」

 

 するとこの “うっとおしい客” は、にやりと笑いこう言った。

「多分、それはあんたがジャーナリストだからだろうな」

坂本は思わず持ち上げたグラスの手を止め客の横顔を見つめた。

するとその客も坂本の方に目を向け、自分のグラスを坂本のそれに

コツンと当てた。

 

 その途端、坂本の口元が緩み始めた。

「本土に居ると沖縄に課せられた矛盾が活字になって、

 妙に憤りを感じるんですよ。

 だけど、ここにこうして身を置くと、なぜかそんな矛盾が少し

 影を(ひそ)めると言うか…」

「ここで生きるしかない俺たちに、それは正直気詰まりでもあるな」

「どういうことですか?」

「復帰してからというもの、本土並みを求められるだろ。

 少し抵抗もあるわけさ」

「そうですか。

 報道だけが走りすぎちゃいけないのかな。

 やっぱりしばらくここへ通うしかないみたいですね」

「簡単に答えが見つかるようじゃあ、つまらんだろ。

 あんたは心底ジャーナリストなんだから…」

 

そこで文化を紡ぎましょう

 多くの著名人が事ある毎に沖縄を語っているのを耳にする。

この地で生きる者は、そのたび何かしら温度差を感じてしまう。

なぜなら我々は、思ったより強いし明るい、そして開放的なのだから。

栄町は、そんな人たちが夜な夜な集っている。

人も文化も味わいたいなら、あなたも一度、めんそーれー。

 

               あんしぇー・またやーさい (^_-)-☆

 

 信頼の重み

 麻衣子は、多くの関係者の協力を得て、

被後見人 中城(なかしろ)(けん)の保護費受給権を勝ち取った。

仰々しく口にするほどの事ではないのだが…。

 “権利を得た” とするなら、

間違いなく彼の人生における一大イベントになった。

ここから先は、生活の質を上げるための道具探しが始まる。

つまり、利益追求ということになる。

 

 

 麻衣子にはその前に、すべきことがあった。

それは、発生させた負債の整理だ。

くい止めることはできたが、数々の未納金の返済が待っている。

改めて確認すると、G.H.利用料、訪問診療費、薬剤費等々。

(借金なんてまるで他人事だったのに、なぜだ⁉  この罪悪感 (~_~;))

 彼女がまず取りかかったのは、各債権者に対する返済計画書作成だった。

金額は施設を除き、何千円単位だが数か月分の滞納金が発生していた。

 

とりあえず分割払いを交渉し、了解を得る事から始めた。

〇〇薬局では、

「後見人さんが付いているので、特に返済計画書は求めません。

 保護が決定した事も確認していますので、分割で構いませんよ」

〇〇診療所は、

「年度内であれば、支払い可能なタイミングで清算して頂いて大丈夫です」

〇〇G.H.でも、

「返済計画書まで作成して頂いているのに、ノーとは言えません。

 わざわざ賢さんの通帳残高まで提示して頂いて恐縮です」

 

何はともあれ、麻衣子が立てた返済計画に沿って、

債務整理は進められる事となった。

(法定後見人って、信頼されいるんだな。

      今頃気づくなんて…何だか重たいなー)

いつになく彼女の心の声は控えめだ。

 

貴方に委ねます

 そして時は11月、丁度3年前、中城(なかしろ)(けん)に後見の審判が下った月だ。

後見人は、被後見人が審判された月の末日を節目に、

裁判所に年間報告をする事が義務づけられている。

今回は、これまでの事情を報告するため、

例年になく提出資料も厚みを増した。

(さてと、裁判所の書記官はどう反応するのだろう)

そう思いながら麻衣子は家庭裁判所(家裁)へ向かった。

溝口書記官は、淡々と書類に目を通している。

 

間が持たなくなった麻衣子が切り出した。

「後見人が付いていながら、負債はあり得ないですよね」

すると溝口は、少し口角が上がるくらいに笑みを浮かべた。

「保護申請が受理されたのですね。

 仕方がありません、こればっかりは…」

溝口の意外な応えに、麻衣子は驚いた。

「後見人というのは、簡単に言うと被後見人の分身ですから

 罪悪感のような感情も当然でしょう」

(ああ染みるなー、なんていい人なんだ。

書記官らしくない書記官だ)

 

 裁判所の書記官は、役所のインテークワーカーと役割が似ている。

あらゆる審判の権限は裁判官に委ねられている。

内容にもよるが、書記官は、後見人の判断の迷いに決して回答する立場にはない。

「保護の申請には、どうしても負債が伴うようです。

 事例も数多くありますし。

 何か判断に迷う事があれば裁判官へ上申書を提出することですね。

 1つの意見として言えば、この件は、後見人の裁量に委ねる範囲

 だと考えます」

麻衣子は溝口のこの説明を、いたって当然で誠実な回答として受け留めた。

つまり返済方法や手順については、後見人の裁量で執行せよという事だ。

麻衣子はこうして、家裁への報告を無事完遂することができた。

 

貴方の暮らしがある限り

 裁判所への報告も済ませた12月某日、彼女は中城(なかしろ)(けん)に面会するため

G.H.を訪れた。

出迎えてくれたのは、惜しまず協力してくれた内山相談員だった。

内山は長身で体育会系のがっしり型だが、その声と表情はいたって柔和な印象だ。

その彼の背後にすっぽり隠れるようにして顔だけ覗かせたのが賢だった。

細身だが内山に引けを取らない長身である。

「賢さんよかったね、与儀さんのおかげでここから引っ越さなくて済んだよ」

内山のその言葉に賢が反応した。

「そうだろ、俺がここに居ないと困るだろ、稼ぎ頭だしな。

 なあ、兄さんもそう思うだろ」

「そりゃそうだ、だけど礼はちゃんと言ったほうがいいよ」

「おっ、そうか、じゃあ、有難う…ございました」

「僕に向かって言ってどうするんだよ。

 与儀さんに言わなきゃ」

「あっ‼どうも」

彼女は、そんな2人の心緩むやり取りを前に、極上の笑みを放った。

 

人と人を繋ぐものって何⁉

 何かと波乱に満ちた年が明け、新年を迎えた。

麻衣子の職場では、仕事始めの恒例イベントの最中だった。

休憩時間に軽食が振舞われ、各部署の同僚たちが雑談に花を咲かせている。

彼女もその輪に加わりながら、目ではある人物を探していた。

他でもない松川Drだ。

彼女は、中城(なかしろ)(けん)の事例について、その結末を報告したかったのだ。

松川と交わした “憲法談義” が、行動の原動力になったと感じていたからだ。

 

「先生、明けましておめでとうございます。

 旧年中は…」

「おい、堅苦しいのはやめっ‼ ところであれはどうなった⁉」

おやっ、松川も気になっていたようだ。

医療・福祉に携わる者にとっては、インパクトある事件だったという事だ。

「はい、無事ゲットしました」

「おい、正月早々、品のない表現だな、まあ、何はともあれ良かったな」

「たくさんの人に助けてもらいました。

 今は感謝しかないです。

 先生流に言うと、憲法第25条が可視化されたと言うべきなのかな(・・?」

松川は、その言葉に反応して、しばし彼女を見つめた。

「麻衣子、君はよく解っていないな、

 いいか憲法は空から降ってきたとでも思うか、星の欠片か…」

「えっ⁉ んっ(*_*;   また突然ファンタジーなこと言われても…」

「今、禅問答してる暇はないから言うが、

 物事の道理は全て人が創り出している訳さ、

 最終的には人がどう動くかだよ」

麻衣子は珍しく、松川のその言葉に何かを感じ取ったようだ。

「あっ、それ何となく解ります。

 行動の先に応えがあるような… そんな感じかな」

彼女はその先を表現できずにいたが、何かヒントは見つけたようだ。

 

“道理”を(わきま)えるとは

 松川は、そんな彼女の途切れた言葉を補うかのように話し始めた。

「人は常に人と交わって生きているだろ。

 そこには “道理” があると思うんだよ。

あくまで僕の私見だよ…それが憲法語録なんだなー」

彼は、人の交わる場所には道理があり、そこに法という規範があると説いた。

「道理ねー、よく聞く言葉ですね。

  今回動いてくれた人たちは、賢さんの将来を想像したはずですから。

  純粋に…」

 

「人ってのは、無意識のうちに動くとそれがいつの間にか意識に変わる。

 後で気づくと、そこに憲法の原理原則があったということかな」

「それって心理学ですよ先生、まいったなー。

今私が興味津々の分野です」

松川は意味深な笑みを浮かべながら

「『人を制すれば、道は開く』 ってな」

「えっ‼ それって誰の言葉ですか」

「あっ、嫌っ、僕が今考えた(;’∀’)」

「なあんだ、はい・お跡が宜しいようで」

 

 論理的で誰もが納得する筋道を “理に叶う” というなら、

素直に物事の本質を見極めることも目標達成への近道となる。

麻衣子には、それが憲法第25条を理解する糸口になったのかもしれない。

そして常に人は、互いの信頼関係から“道理”を(わきま)え行動している。

これはあくまで、“俯瞰の黒子”の私見にすぎないのだが…。

 

 麻衣子は、中城(なかしろ)(けん)の顔を思い浮かべながら1人つぶやいた。

「何となく解ったかも、

最低限度の生活の先にあるもの…日常

今度手に入れるのは何だろう⁉ 楽しみにしてます‼ (^_^)」 

 

                                                                                              THE END💐

 

 

 

                                             

 

 

2度目の挑戦の始まりは

 前回同様、申請から数日後、

グループホーム(G.H.)から実態調査の日程が伝えられた。

今回麻衣子は、調査に立会うことを決めていたからだ。

当日、はやる気持ちを抑えながらG.H.の玄関をくぐった。

直ぐ様、彼女を捉えた内山は、只ならぬ表情をしていた。

 

   嫌な予感と共に彼の第一声は、

 「やっぱり連絡なかったんですね、

 先ほど担当のC.W.さんが実調を終えて帰ったところです」

「えっ⁉ 10:30じゃなかったんですか」

「はい、もう1人の利用者が10:00だったので、一緒に済ませると言って…」

「えーっ‼ それはないです。

 聞きたい事もたくさんあったのに…なんでー (*_*; 」

内山も同じように困惑の表情を見せこう言った。

「しかも、今回も決定は微妙だと言っていました」

(そんな馬鹿な、憲法第25条の奴、

 彼を見放したってことか、あり得ないよ)

麻衣子の怒りと憤りは絶頂に達していた。

内山はそんな麻衣子を気遣うように

「決定が降りない前に、一度保護課の窓口へ行きましょう。

 そこに僕も同席させて下さい。

 福祉の領域なら、聞く耳も持ち合わせているはずです」

「そうですね、玉井さんにも急ぎ連絡してみます。

 その時はお願いします」

「承知しました。

 まったく、あり得ないです」

 

審判は、さりげなくも突然に

 実態調査から2日後、麻衣子たちは保護課の相談窓口にいた。

彼女は玉井と内山に並んで座り、担当したC.W.を待った。

ひたすら(冷静に、穏やかに)と繰り返し内声を発動させた。

それでも自分を鼓舞する勢いは忘れていなかった。

 

 そこへ仲座(なかざ)という小太りで無精ひげ(のような)の男性ワーカーが

カウンター越しに座った。

やけに冷静沈着な彼の様子は、益々麻衣子の内なる怒りを刺激した。

「先日は与儀さんを待たずに実調を終えてしまって申し訳ありませんでした。

 あの後、会議を控えていたので少し急ぎました。

 今日はご質問があるという事なので今解る範囲でお答えします」

 

 彼の前置きが終わるか終わらないかのタイミングで麻衣子が口火を切った。

「今回も、実調の際に、決定は微妙だとおっしゃったようですね。

 確か手持ち金と残高を併せて10万円の壁は超えていなかったはずです。

 それでなぜ今回も微妙なんでしょう。

 それ以外の基準があるなら教えて下さい」

仲座は穏やかな口調で話し始めた。

「10万円と言うのは、あくまで目安です。

 それぞれの市町村によって微妙に異なるのですが、

 それだけで計るのではありません。

 その人の年金額や、かかる医療費等、

 様々な状況を総合的に判断します」

 

 そこで玉井が身を乗り出して切り出した。

「つまり、市町村の裁量も加味しての基準があるということですか」

「そうですね、簡単に金額だけで表せない部分、

 いわゆる個人差は配慮しています」

仲座のこの説明のタイミングで、麻衣子は予め準備した書面を提示した。

そこには、月額収支の実態と、保護決定基準に対する疑問点が記されていた。

彼女は喜怒哀楽に子供っぽさはあるものの、

抑えるべくは抑えるあたり、実に男前だ。

 

麻衣子の逆襲は如何に

「それでは、この書面に沿ってお伺いします」

仲座は少し驚いた表情を見せたが、直ぐに柔らかな笑顔を返した。

「家賃扶助32,000円の壁はどう解釈したらいいですか」

「はい、中城(なかしろ)さんの場合、障害福祉課から施設給付金が出ています。

 これを家賃扶助に当てるのでその分受取額が減額されます。

 なのでインテークでは、

 『もっと安価な施設へ移れないのか』と打診されたと思います。

 決して上限額を超えてはならないと言う意味ではありません」

「つまり他法で受けている恩恵は全て加味した上で

 生活費を試算するという事なんですね」

「そうです。

 これについては保護決定後の説明になるので

 深く詳細には触れなかったのですが…」

すると何かに気づいたのか、玉井がそのやり取りに割って入ってきた。

「えっ、ということは、決定…なんですか⁉ (;’∀’) 」

「はい、切り出すのが遅くなりました。

 今回、中城(なかしろ)(けん)さんの保護が決定しました」

 

「はぁー‼ ちょっと待って・ちょっと待ってー 深呼吸させてください」

何とも麻衣子らしいリアクションに同席した2人も顔を見合わせ苦笑した。

すると仲座はこう続けた。

「施設の方もいらっしゃるので、誤解のないようお伝えしますが、

どの案件でもその状況次第で『安価の施設を探してはどうか』と提案します。

いわゆる通過儀礼のようなものと思って下さい」

「承知しました」

それまで緊張の面持ちで発言のなかった内山も笑顔で答えた。

 

権利は行使すべし

 麻衣子は声にこそ出さなかったが、思いっきり叫びたかった。

(よしっ!これで権利は得た、後は負債の整理だ)

これで負債が広がることは食い止められたのだ。

決して十分な支給が受けられる訳ではないことも承知の上だ。

彼女は既に保護決定後の次なる課題が頭をよぎった。

 

 同席した2人が去った後も、麻衣子は手続きのためその場に残った。

彼女は、次なる課題について仲座に尋ねた。

「仲座さん、彼の場合、通院移送費の支給は可能なんでしょうか。

 2週間おきの通院は欠かせないらしく、施設に支払う移送費が

 結構負担なんです」

「可能ですが、諸々の条件が伴います。

 手引書のコピーを差し上げますので目を通してみて下さい。

 最大の決定要件は、主治医の意見書になります」

「有難うございます。

 施設の方とも相談してみます」

 

 唐突に発言しているようだが、

意外にも用意周到な麻衣子に、驚かされるばかりだ。

後見人は、被後見人の財産を守ると同時に、利益追求が求められる。

彼女は、既に権利を行使するための次の一手が頭をよぎっていた。

そして微かな笑みを浮かべつつ、意気揚々と役所を後にした。

次なる行動のシミュレーションは出来上がっていた。

 

   💐人は過ちから学ぶ、それが人なのだ。

           だが、二度目の過ちは罪になる💐

                      ⋆⋆⋆⋆だそうだ。

 

                          ・・・つづく

 

 

 

いよいよ幕は切って落とされた

  麻衣子が市役所へ保護申請をしたのは、初回相談から1週間後の事だった。

既に施設の内山相談員にも事情は説明済だった。

「役所のワーカーから実態調査の連絡を受けているので僕が対応しますね」

内山相談員も何度か経験済とあって、麻衣子も多くを語ることはなかった。

賢の生活状況は施設が掌握しているし、あえて同席はしないと決めていた。

「損害保険が認められないってとこが気になります。

 その辺り事故の状況説明を求められると思います」

「解りました。

 必要性はアピールしておきます」

 

貴方の暮らしを変えたのは

 施設入所から半年を経過した頃、賢は既に破損事故を起こしていた。

それでも施設に移り住んでから、彼の生活は一変していた。

入院中はできなかった事が、できるようになったことだ。

それは他でもない日常的な行為、歯磨き習慣だ。

麻衣子は、口腔ケアが感染予防として、重要であることを知っていた。

 

 「本人が望まない習慣を、ケアする側の価値観で押し付けるのはどうかと…」

彼女は以前、病棟で受けたこの説明を思い出していた。

改めて治療優先の場と、生活の場の違いを実感させるエピソードだ。

今では歯磨きペーストの好みを口にするほど、習慣化されている。

いうまでもなく、普通の暮らしが彼を生活者へと成長させた。

 

ありえない敗北です

  保護課の実態調査を終え、1週間が経過した。

 申請から2週間が過ぎたころ、麻衣子の下に保護課の通知が届いた。

「えっ!却下、そんな馬鹿な。決まりじゃなかったの、なぜ⁉」

 麻衣子は驚きのあまり封筒を強く握りしめ、暫く動けなかった。

 

  直ぐ様、役所の保護課へ連絡を入れた。

 担当ワーカーの説明はこうだった。

「保護基準に値する最低生活費を上回っています。

 また、6月には年金額が増額されますので、

 それを踏まえて保護費支給に該当しないと判断しました」

麻衣子の心臓は早鐘を打つ勢い、これまでの手順に手落ちはなかったか等

様々な状況を思い起こしていた。

その時初めて“権利”という言葉が頭の中を駆け巡っていた。

権利には当然のごとく縛り(法律)が存在している。

1つでも合致しなければ、それは非合法になることを知った瞬間だった。

 

起死回生なるか⁉

 さて、この先麻衣子はどう動くべきか、即座に思考をフル回転させた。

(自分だけの判断では弱い、客観的意見が必要だ。そうか、あれだ‼)

彼女の言う “あれ” とは、『成年後見制度中核機関』を指している。

数年前に制度化され、権利擁護事業に特化した相談支援機関のことだ。

 

 権利擁護事業の主な目的は、支援が必要な方々の「権利」や「利益」を守り、

誰もが地域社会で自立した生活を送れるようにすることだ。

具体的には、不当な取引による財産の侵害、虐待や不適切なケアの防止、

保険・福祉サービスの契約等を支援することにある。

その対象は、後見人等を求める人やその担い手という事になる。

麻衣子たちのような後見人にとっては、強い味方と言える。

 

 早速その事業所を訪ねた彼女は、間髪入れずに用件を切り出した。

「実はつい先日、保護申請したのですが却下されました」

麻衣子は迷うことなく事の状況を、時系列で話し始めた。

柔らかな面差しの玉井相談員は、男性にしては中々のハイトーンボイスだ。

どこか中性的な雰囲気を感じさせる。

 

「却下の理由は何だったのでしょう」

「預貯金が、保護基準の生活費を上回っていると言われました」

「担当ワーカーは、基準額を教えてくれましたか」

「はい、9万から10万らしいのですが、何だかアバウトな回答ですよね」

そんな問答がしばらく続いたところで玉井から提案があった。

「それでは、月額収入と支出を書き出してみませんか、

 それで次回申請のタイミングが計れるはずです」

 

玉井のその言葉を聞いて、麻衣子は予め準備しておいた

出納表を提示した。

用意周到な彼女に、玉井も驚きの表情を見せた。

「これはすごい、問題も拾いやすいですね」

実は麻衣子もこの表を作りながら気づいたことがあった。

「ええ、ここに来る直前に気づいたんです。

 時期が早かったーって(*_*;」

「そのようですね。

 今現在の残高を見る限り、次回申請はもう少し待ったほうがいいですね」

「そうですよね、ここで今話しながら整理もできました」

「次回は、ご一緒させて頂きたいのですが大丈夫ですか」

「ぜひ、お願いします」

 

 ここでは、相談する側とされる側として対峙しているが、

互いに支援者の立場にあるだけに、率直な意見交換となった。

つまり、腹の探り合いをすることなく、

互いの意図に暗黙の了解があったということだ。

麻衣子はこの日最高の笑みを見せた。

法的根拠が存在する申請の相談窓口では、

第三者を同席させることが望ましい。

その客観的視点がいかに重要か、彼女は知っていた。

 

敗北は勝利の前兆と言うけれど…

 3ヶ月後、彼女は玉井相談員を伴い、再び保護課の窓口を訪れた。

「2度目ですが、保護申請の相談にきました」

カウンター越しの担当者は、初回同様太田だった。

「今回は中核機関の相談員さんが同席しますが宜しいですか」

玉井はおもむろに名刺を差し出し軽く挨拶をした。

「太田さん、基幹事業所の玉井です。

 宜しくお願いします」

「はい、存じ上げています。

 いつもお世話になっております」

(なーるほど、そういう関係なんだ、よしっ!覚えた)

 

 麻衣子の内声には意味がある。

それは自分の中に湧き上がる衝動を癒す緩衝材なのだ。

だからこそ、どんな場面でも発動させている。

 

 間もなく太田が口火を切った。

「前回、本人の詳細につては聞いていますので、

 残高の確認をさせて下さい」

麻衣子も通帳を手渡すと同時に話し始めた。

「このままいくと10月分の支払いは負債をだすことになります」

だからどうだという結論を、彼女はあえて口にしなかった。

すると太田は言った。

「何も出し惜しみをしているわけではありませんよ。

 前回は、保護決定の基準に従った決定です。

 そもそも、〇〇市の家賃上限は32,000円ですが、

 この施設は35,000円なので、上回っています」

(出し惜しみだと⁉ こっちはそんな事なんて知らんわい。

 ははーん、ない腹を探ってきたな。

 太田さん、その発言、貴方には似合わないって(゚д゚)!)

麻衣子も、ここは我慢のしどころとばかり、ぐっとこらえた。

太田も少しずつ詳細に触れる発言がある一方、

麻衣子には今1つ彼女の説明が理解できなかった。

 

 そこで、施設相談員から入手した情報をぶつけてみた。

「ですが施設職員の話しによると、つい最近こちらで

 保護を受けている方が入所したと聞いています。

 家賃は同じ額だそうです」

「通帳残高が基準生活費を下回っていたのでしょう」

ますます混迷する麻衣子に気づいた玉井が発言した。

「つまり、最低生活費の上限額を下回るタイミングが

 ベストということになりますか」

太田は無言でうなずいた。

「それと、通帳残高だけが本人の財産ではありません。

 手持ち金も合算します」

「なるほど、施設に預けてある小遣いなどが

 手持ち金ということになるんですね」

「そうです。

 前回却下の理由が、通帳残高に手持ち金を合わせると

 最低生活費を上回っているという事でしたので」

そこまでの話の展開に、麻衣子も、やっと腑に落ちた気がした。

 

最低限度の生活を可視化すると

  この最低生活費とは、憲法第25条が定める“最低限度の生活保障”を

 可視化したという事になる。

 日本国民の最低限度の生活費は10万円がボーダーラインという事なのか。

 麻衣子は、太田と玉井のやり取りを聞きながら、

この25条の意味を改めて考えていた。

 

「健康で文化的な最低限度の生活」は、

憲法第25条で保障された生存権の核とも言われている。

人間らしく生きるための最低限の生活水準を指し、

これを実現するために生活保護制度などが設けられている。

この権利は、国が社会福祉・社会保障・公衆衛生の向上に

努める義務を伴い、国民の生活全般に関わる重要な理念といえる。 

 

 この条文は、言い換えると生活保護制度の根幹でもあり、

保護受給を認めるか否かの重要な基準となっている。

麻衣子は、その可視化された基準に、

なぜか根拠のない虚しさを感じていた。

(人の生活には、対価が伴うのは当然…なんだけど⁉

             あーっ‼ 今は忘れよう、思考放棄だ)

そんな彼女の表情を見透かしたかのように、太田が切り出した。

「こちらからの提案ですが、月末にもう一度残高を確認させてください。

 電話連絡で結構ですので…

 今お伝えできるのはここまでです」

玉井も、太田と同じように麻衣子の表情を覗き込みながら

この提案を促すような(まなざし)を送った。

そんな2人の視線を受けて、彼女もまた腹が座ったようである。

 

その秘策、リスクあり⁉

  麻衣子は後日、再び玉井を訪ねた。

 彼女には万が一を想定するある秘策があった。

「玉井さん、私たちの仕事は、リスク管理(マネジメント)が必要です。

 そこで私の対策をお話してもいいですか」

 玉井は、柔らかな表情を浮かべながら(うなず)いた。

 

「あくまで万が一なんですが、

 次回も却下となった場合、彼が抱える負債は今後益々膨らんでいきます。

 まずはそれを止めないとけません。

 その時は、再入院を考えています。

 彼の場合、重度身体障がい者の医療助成を受けているので、

 入院費は免除になります。

 そうして負債を解消して、新たに安価の施設を探す。

 つまりリセットです」

 

 「重度心身障害者(児)医療費助成制度」とは、重度の障害を持つ人の

医療費自己負担分の一部または全部を助成する市区町村管轄の福祉制度だ。

中城(なかしろ) 賢もその受給者証を既に取得していて、その対象者なのである。

 

 玉井は、麻衣子の突飛な発言に戸惑った表情を見せた。

「与儀さんの考えは僕にも理解できます。

 ですが、それは彼の今の生活や心情も振り出しに戻すという事ですよね。

 それはどうなんでしょう⁉」

「重々承知の上です。

 対価を払えないからといって、人の生活を止める事はできないでしょ」

玉井は、麻衣子の苦渋の選択を理解すると同時に、

避けるべき選択肢だと認識した。

 

 暫く2人の間に沈黙が流れた。

「病院の相談員さんには、少し情報発信しておこうかと考えています」

「そうですね、

 相談員の心理としては、前情報のないまま、この依頼は動揺しますね」

 ごもっともな意見だ。

 こんな深刻な場面ではあるが、専門職同士のやり取りは、

 率直で清々しいものがある。

 麻衣子はその後も心中複雑で、中城(なかしろ)(けん)の顔が浮かぶたび、

 その幻影を消去したくなる衝動にかられた。

 

日本国憲法は美しいんです‼

  麻衣子は、本業の(かたわ)らも中城(なかしろ)案件が頭から離れずにいた。

 ある日の昼休み、彼女は休憩室で1人物思いにふけっていた。

 すると彼女は、背中のあたりに気配(けはい)を感じて振り向いた。

 同法人診療所の松川Drだ。

 彼は訪問診療医として、地域医療に携わる医師だ。

 歯に衣着せぬ物言いは、

地域住民からは賛否の声もあるが、信頼される医師だ。

 言い換えると、正直者、根拠のないことは軽々しく口にしない。

 そんな職人気質の医師だ。

 

 麻衣子は、この無駄のない物言いをする松川に、

ことある毎に教えを乞う関係だ。

「こらっ‼ 昼休みとは言え、心ここにあらずか⁉」

彼女はふっと息を吐くと、物憂げに言葉を紡いだ。

「先生、一時保護なんて理由で入院することって罪ですよね」

「罪だとする根拠を聞かないと何とも言えないが、

 精神科ではよくあることだろ」

そこで麻衣子は、今回の事案について簡単に説明した。

すると松川はこう言った。

「まさに憲法第25条の体現みたいな話だな」

「憲法ですか⁉」

松川は腕組みをしながら話し出した。

「25条を語る上で、まず僕が真っ先に言いたい事は1つ!

 なんとも美しい表現だってことだよ」

「美しい⁉ どういうことですか」

「日本国民には、健康で文化的な最低限度の生活が保障されるってことだろ。

 こんな詩的な表現の最高法規って他にはないだろ。

 まずはそこだ」

「えっ、ちょっと凡人には解りません」

「単純に言葉の美しさだよ、凡人もクソもないさ、率直に美しいんだよ」

麻衣子は、また顎に手をあて思いっきり首を(かし)げた。

「金で計られる以前に、人としての真理を説いていると思うんだよ。

 僕は法律家じゃなくて医者だから、人は国の責任で守られるって

 とこに共感する訳さ」

松川のこの語り口に、麻衣子も漠然と何かを感じ取ったようだが…。

「美しい物にはトゲがあるってことですか」何とも彼女らしい発想だ。

ここは、らしさを尊重しつつ軽く受け流しておこう。

「理念ってのはあなどれないものだよ。

 不思議と人はそこに向かっていくんだよ。

 必ずあの美しい条文が体現される方向へな…」

「つまり、それって、言い換えると保護は決定するよってことですか」

「まあ、そこはオブラートにしておこう。

 何せ僕は医者であって、保護決定権者ではないからな」

麻衣子は解るような・解らないような、そんな曖昧さを、

安堵の思いで受け入れた。

 

権利と義務の関係って

 松川は、さらに法の原則に触れる発言をした。

「当然のことながら、憲法は人としての権利を表現しているんだよ。

 だが、人は権利を得ると同時に、義務が発生することを忘れがちだ。

    その義務を全うできるかどうかを法律(刑法・民法等)が監視するんだよ。

 医業もまさしく権利を(たて)に何でもかんでも報酬化できないだろ」

「権利があれば、そこに義務が発生するってことか。

 それは私も熟知しているつもりです」

福祉の専門職であるかぎり、“権利と義務”の関係は、

切り離すことのできない真理ということになる。

 

 「健康で文化的な最低限度の生活」とは、

具体的に言うとどういうことなのか。

この“俯瞰の黒子”も改めて考えてみることにしよう。

 

「健康」であるという事は、病気にならず、衛生的な環境で暮らせること。

「文化的」とは、単なる生存を意味するのではなく、教育、文化活動

といった人間らしい生活を送るための最低限の要素だろう。

人はその理想に近づくための権利を得て、これを持続させるために

義務を果たすことになる。

例えば、対価を得る(権利)ために労働し、

それに見合う税金を納める(義務)といったことだ。

麻衣子も、この事案を通して

「最低限度の生活」の意味に気づき始めている。

 

超えられない試練はありません…

 麻衣子は、オフィスの窓から空を眺めて思った。

(今知っている情報を繋ぎ合わせていけば達成できるはずなのよ)

彼女の内声は既にポジティブ思考に転換され始めた。

松川医師の発想も、その助けになったことは言うまでもない。

とりあえず、病院相談員への情報発信も済ませた。

(やるべきことはやった☆彡)

準備は全て整った。

 

 それから太田の助言通り、月末まで時期を待ち、月が変わると同時に

  2度目の申請をした。

 麻衣子はひとり呟く

「超えられない壁はぶち破るしかない、やってやろうじゃないの」

与儀麻衣子殿、その意気です。

この“俯瞰の黒子”も陰ながら、あっ!(もとい)

影としてエールを送ろう。         

                 …つづく

 

       

日本国憲法第25条

「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」

 

 

 

プロローグ

 私は、何を隠そう人である。

唐突だが、社会人としての役割を無事卒業させて頂いた者だ。

今や何の肩書もない…ただの人である。

このご時世を反映して、あえて性別は明かさずとしよう。

言うなら、“俯瞰の黒子” とでも言っておこう。

 

 現役の頃は、納税者としての義務を果たし、ひたすら労働に励む日々だった。

今は、その恩恵にあずかり、“俯瞰の黒子” という身分で、社会の現状に

触れる機会を与えられた。

つまり、のぞき見をゆるされていると言ったところだ。

 

 この世の中、知っている事より、知らない事のほうが圧倒的だと

既に気づいている。

 

 人生終盤に突入したばかりの新参者ではあるが、

人の幸福って何(・・? 等と考える機会を与えられてしまった。

ここに来て今更といってしまえば、身もふたもないのだが…。

何はともあれ、これから遭遇する出来事を、

この“俯瞰の黒子”が、ナビケートしてみよう。

 

財産を守るとは人を守る事です

 いきなり目に飛び込んできた1人の女性、覇気のある足取りが心地よい。

(あご)に手をやり、ひとり言を呟きながら、オフィスへ吸い込まれていった。

彼女の名前は与儀(よぎ)麻衣子(まいこ)

地域相談支援事業所の相談員という肩書を有している。

とある法人に所属する社会福祉の専門職者である。

その専門職には、他にもいくつかの役割が付与されている。

その1つが成年後見人である。

彼女も本業の傍ら二足の草鞋を履く身分なのである。

 

 彼女のキャラクターを一言で言うと、単純明快。

つまり喜怒哀楽が顔に出てしまうタイプ。

曲がったことが嫌いで、直ぐに激昂(げっこう)するのはやっかいだ。

この仕事をするようになってからは、流石(さすが)に抑えも効くようになった。

つまり、on・off  の切り替えが上手くなったという事だ。

だが、彼女をよく知る人たちに言わせると、切り替えの上手さは天性らしい。

ある意味この職種は、彼女にとって適材適所と言える。

 

  

 

 

 ここで成年後見制度について触れておこう。

法定後見人とは、裁判所から任命を受けた”三士会”がその役割を担っている。

“三士会”とは、主に3つの専門職能団体

(弁護士会・司法書士会・社会福祉士会)を指す。

家庭裁判所へ後見制度利用の申し立てを した後、その権利が認められた

当事者に対して、裁判所が後見人等(後見・補佐・補助)を任命できる。

麻衣子も職能団体に登録する法定後見人ということになる。

 

 彼女は今、難題とも言える案件に直面している。

当初はまだ、なんなく切り抜けられると思っていたようだ。

だが直ぐに、事の重大さを知ることになる。

 

 彼女が担当する被後見人が退院し、障がい者施設へ入所して1年が過ぎた。

中城(なかしろ)さんの預貯金が底をついてきた、セオリー通り保護申請しなくちゃなー)

このところ彼女は、そのタイミングを計る事で思考の殆どをつぎ込んでいる。

 

  中城(なかしろ)(けん)なる人物は、知的障害と統合失調症を合併し、

長期間精神科に入院していた。

昨年、無事退院し、障がい者施設(グループホーム・G.H.)に

入所した48歳の男性だ。

彼は入院中、家庭裁判所から後見相当の審判を受けていた。

その後、麻衣子が彼の後見人に任命されたという経緯だ。

つまり麻衣子は、被後見人中城(なかしろ)の法定後見人となったわけである。

 

 父親を数年前に亡くしてから、彼の相続人となる親族は不明のままだ。

体に障害はなく、日常生活の行動は保たれているが、コミュニケーション

理解力に乏しい。

ひたすらに自分の世界を誇示し、話し始めると留まることを知らない。

問題は、突発的な粗暴行為がある事と多飲水にある。

人は水分不足で干からびると死に至るが、摂りすぎもまた危機的なのである。

そんな彼にも、普通の生活を手に入れるチャンスが巡って来た。

そうして、新たな生活の場を得た。

 

 

 

退院直前の置き土産(回想1)

 時は1年ほど前に遡る。

中城(なかしろ)(けん)が退院を3日後に控えたある日、麻衣子の携帯に着信がとびこんだ。

病棟ケースワーカーの島袋(しまぶくろ)妙子(たえこ)だ。

「賢さんが椅子を壊しました。

 詳細は師長から連絡が入ると思います。

 残念ですが完全破損の状態で弁済対象になります」

担当して以来、初めてのアクシデントだ。

よりによって何故今なのかと、麻衣子は1人絶句してしまった。

 

 程なくして師長から事の詳細について連絡があった。

師長は電話越しで、申し訳なそうに麻衣子に語り始めた。

「モニターで確認したところ、夜中に食堂の椅子を投げ飛ばしたようです。

 実物を確認したところ、使用不能の状態です」

麻衣子が中城(なかしろ)(けん)を担当して2年になるが、物を壊すほどの粗暴行為は

初めての事だった。

「また、どうしてそんな事したのでしょう」すかさず麻衣子は切り出した。

「はい、本人にも理由を確かめたところ 

  『ガタガタして壊れていたから危ないと思って壊した』 と言っていました」

「えっ、それが理由ですか」麻衣子は思わず声を荒げてしまった。

「退院する事を理解していた半面、どこか不安もあったんでしょう。

    その表れかと推測しています」

さらに師長はこう付け加えた。

「彼のキャラクターからすると、それなりの配慮ともとれるんです。

 つまり自分がいる間に壊してしまえば新しい椅子が届く、

    他の患者が助かると思ったんでしょう」

精神科の看護師はその道のエキスパートだ。

彼らの的確な分析に麻衣子も納得せざるを得なかった。

同時に彼女は受話器を握りながら、なぜか笑みをこぼしてしまった。

 

 人の行為はその人なりの認知力に裏打ちされた理由がある。

麻衣子はこのエピソードを通してそう実感していた。

そんなどたばたを経て、彼は退院した。

その事件以来麻衣子は、彼が新たな環境に馴染むまで

気が抜けないことを学習した。

 

新たな生活の始まりは…(回想2)

 それから施設での生活も数か月が過ぎ、平穏な日々が続いていたある日、

G.H.の内山相談員からの一報が麻衣子に飛び込んできた。

それは案の定、衝撃的なものだった。

「賢さんが、談話室のテレビを壊してしまいました。

 どうやら使用不能のようです」

不意打ちの出来事に、職員も防ぎようがなかったとの説明だった。

 

 ここで、入所と同時に加入した損害保険が功を奏し、

本人は最小限の負債額で事なきを得た。

これは、障がい者を対象とした保険である。

仮に保険事故が発生したとしても、事後の保険料は、

契約時と同額という優れものだ。

入院中の一件を教訓としたリスクマネージメントが、ここで活かされた。

”過ちは正すことに意味があり、二度目は罪になる”

そう心して臨んだ麻衣子の判断が勝利した。

そんな彼女のポリシーからすると、理由は改めて聞くまでもなく推察できた。

スタッフも細心の配慮で本人に接していたことは彼女自身も知っていた。

この事態は、成るべくしてなったと自身を(いさ)めた。

 

 それ以降、賢は徐々に落ち着きを見せ、面会のたびに笑顔も増えてきた。

「俺が、ここで働ける間はこの会社も安泰さ」

そんな賢の発言をスタッフも笑顔で受け入れている事を麻衣子は知っていた。

当然の結果として、環境変化に対する賢の心の葛藤も和らいでいった。

 

保護申請、まずは相談から

 入所後1年が経過し、現在の麻衣子の気がかりは、賢の財産状況だ。

そろそろ預貯金が底をつき始めたのだ。

入院費に比べ、施設利用料の方が上回ることは、入所当初から試算済みだった。

そろそろ、生活保護の申請の時期にさしかかっていることを実感していた。

 

 麻衣子はまず、市役所の保護課窓口へ相談にやってきた。

「太田と申します。

 状況をお聞かせください」 

柔らかな口調のこの女性はインテークワーカーだ。

 

 インテークワーカーとは、

介護・福祉の分野で、困りごとを抱える相談者(利用者)と最初に出会い、

その悩みや要望を聞き取り、適切な支援につなげる役割を担う専門職

(ソーシャルワーカー等)のことである。

その業務自体を“インテーク(受理・受け入れ)”と呼ぶ。

彼女の第一声を聞いた麻衣子は、

(よっしゃ!これは相性よさそうだ、いける‼) と内声を発動させた。

「私の担当する被後見人さんが、1年前に病院を退院してG.H.に入所

 したんですが月額の年金収入を上回る施設利用料を支払ってきた結果、

 近日中に預貯金が底をつくという試算になり、保護申請の相談に来ました」

「そうですか、

 本人の通帳をお持ちでしたら拝見したいのですが、よろしいですか」

「はい、どうぞ」

太田は、柔らかな口調ではあるものの、表情は全く変えず、いわゆる

ポーカーフェイスだ。

(あれっ、少し印象が変わったな、感情が読み辛いタイプか(・・?)

 

 麻衣子はさりげなく太田の表情を観察し始めた。

少しでも多くの情報を収集しようと、すかさず会話の攻略法を練り始めていた。

保護受給申請にあたっての一通りの説明をうけたところで、

太田は確信に触れる説明を始めた。

「まず被保護者は、基本、任意保険加入は認められていません。

 予めお伝えしておきます」

「今後、物を壊したりする可能性があるので、負債は抑えられると思うんですが…」

太田は麻衣子の説明には応えなかった。

「必要書類は揃っているようなので本日付けでも申請は可能です。

 ですが、なるべく直近の支払いは済ませた方がいいかと…どうしますか」

 

 麻衣子はやけに意味深な彼女の発言に即座に思考を巡らしながら

慎重に言葉を発した。

「それはどういうことでしょう、可能な範囲で説明して頂けますか」

「今は保護基準の預貯金額を上回っているので、

 この月の支払いを済ませた後がいいと思います」

太田のこの言葉は、その時の麻衣子には勝利を呼び寄せるものに聞こえた。

(なるほど、預貯金額か、それは最高のヒントじゃないの、太田さん有難う)

 

 この手の面談は、お互いが専門職であればあるほど、腹の探り合いの応酬だ。

どちらも相手の攻略法を探っている。

あえてどちらが探り当てたかは触れないでおこう。

 

 太田は面談の最後にこう言った。

中城(なかしろ)さんの今の生活は入院中と比べてどんな様子ですか」

「一言で言えば、人並みの生活が戻ったという印象です」

その時初めて、太田と麻衣子の双方に笑みがこぼれているのを見届けた。

 

 時は若夏の季節にして、官公庁では新年度を迎えたばかりだ。

そして麻衣子の試練の始まりでもあった。

 

                        ・・・つづく

 

 

 

 久しぶりの投稿です(^_-)-☆

 

今年前半は頑張りすぎて、暑苦しい夏を迎える頃には

 

ネタが尽きてしまいました。

 

ここに来て、やっと投稿意欲が復活してきました。

 

覗いてくださった皆様には感謝です。

 

書く事、想像する事って、やっぱり楽しいものです。

 

さーて、それじゃあまた、知らなかったこと、

 

あれこれ見つけては、語ってみるとしましょう。

 

Evryone‼ here we go ☆彡

 

 

 

  

                               

         クワンソウは、島野菜と呼ばれる「沖縄の伝統的農産物」。

        安眠効果が認められ、煎じ茶として飲用されることが多いが、

        沖縄では野菜として食卓に上り、家庭でも栽培されている。

        琉球王朝時代から民間療法に利用され、宮廷の接待料理の

        食材としても珍重されていた。出典:琉球新報/マイナビ農業

 

     漢方クリニック受診

      2025年1月某日

       いよいよ漢方外来受診だ。

       やっと、ここまでたどり着いたかと思うと感慨深い。

       あの昔気質(むかしかたぎ)の爺ちゃん先生との再会、ちと楽しみだ。

 

       診療室

       ◎「先生、お久しぶりです」

       Dr「うん、今度は何があったの」

                   ◎「脊柱管狭窄症にすべり症という診断がでて、

                           内服とブロック注射をしたんですが、よくなりません。

                     この痛みを何とかしたいです」

                   Dr「どのあたりが痛いの」

                   ◎「腰は痛くありません。

                        両方の太股の裏とふくらはぎあたりが

                           痙攣したように痛むんです。

                           整形の先生は、症状坐骨神経痛と説明していました」

                    実はこの先生、もともと整形外科の先生で、

                       外科医としての経歴があるらしい。

                    “多くを聞かずとも解っている”と言わんばかり…口数も少ない。

                   でも、不思議と落ち着く。

 

                       さて、核心部分に触れてみよう。

                    ◎「鎮痛剤を3~4ヶ月服用してきましたが、傷みがとれません。

                      西洋薬を長期服用することに抵抗があるので離脱したいんです。

                         それで漢方薬で改善目指したいと思って」

                 Dr「・・・そうか、じゃあ、頑張って離脱しようね」

                         この反応、さすがにウルッときた。

                         しかしそこはくい止めた。

                         さすが爺ちゃん‼

                         殺伐とした私の胸を打ったのだから。

                    Dr「1週間後に来れる?」

                    ◎「はい、大丈夫です」

                    漢方薬2種類処方。

        このマッチングで効果があるかってとこを診る。

                    そうやって、調整をしていくようだ。

                    Dr「冷たい物飲んじゃだめだよ。

                            下半身浴とかしなさい」

                    毎回診療終盤ともなると、先生が口にする締めの言葉だ。

        いいよねー。

 

                  

                   芎帰調血飲(キュウキチョウケツイン)    疎経活血湯(ソケイカッケツトウ)

 

 

                   漢方クリニック・1週間後の再診

                 今のところ、良くも悪くも体に異変はない。

                    だが、西洋薬を切って漢方薬に変えても、痛みの増悪はない。

                   ということは、“漢方、いけるかもしれない”

                   そう考えると、思わず待合室で1人ニンマリ <(^_^)>。

                   Dr「どうかな、何か不具合とか出てないか?」

                   ◎「大丈夫です、薬書に書いてあるような副作用もありません」

                   Dr「じゃあ、そのまま続けてみようね」

                   ◎「でも、この脊柱管狭窄症って、心当たりないんですが、

                            なぜそうなったんでしょうね」

                   Dr「加齢現象、骨の老化」 

                       主語も述語もぶっ飛ばされてしまった。

                       なぜか、腹も立たん、あちこちで言われ尽くしている。

                   ◎「よく言われます」

                   そう力なく言い切った私に、先生は初めて視線を向けた。

                   Dr「この漢方が、水も滴るって感じにしてくれるからね」

                      (何言っているんだ、この爺ちゃん(・・? )

                       私の頭が、思いっきりはてなポーズ、無言のリアクションだ。

                   Dr「水分のバランスが整えられると、

                           筋肉にも良い作用をするはずだよ」

                   ◎「つまり、若返るってことか⁉」

                       思わずひとり言ぶって呟いてみた。

                   Dr「そうとも言う」

                   何んだかんだで、この爺ちゃん先生とは、

                      いい関係性ができそうだ…。

                      そして最後の決まり文句が出た。

                  Dr「冷たい物は飲みすぎないようにね、体を冷やしたらダメ」

 

                  整形外科クリニック・再び

                   今の私のスケジュールは、残り数回のリハビリと並行して、

                  漢方クリニックを通院中だ。

                  思い描いたとおりに事が進んでいることは、

                  すこぶる気分がいいものだ。

                  幸い、痛みの長期化による、メンタル・トラブルもなし。

 

        リハビリ室

        PT「漢方薬はどうですか」

        ◎「何となくだけど、痛み和らいでいる感じしますよ」

       PT「そうでしょう、人の体は嘘をつきませんから、触れば解ります」

        ◎「そうですか、あまりにも痛みが長引いたので、

          何が正常だったか解らなくなっています」

       PT「まあ、漢方はじっくり、じんわりと言った感じでしょうから、

          あせらずにですね」

        ◎「そうですね」

                 PT「僕の立場で言うのも何ですが、Ope.の必要性なさそうですよ」

                  ◎「私もそう思うんだけど、どんな術式になるのか、

      興味あるんですよねー」

      PT「おっ、そうなんですか、知的好奇心ってやつですか」

       ◎「まあ、そうとも言う(笑笑)」

                  実は、 “術式については執刀医に聞け” と言う先生の言葉が

                     気になっていた。

                 PT「あと2回でリハビリ終了ですよ。

                    筋トレとストレッチの訓練メニューは継続してくださいね」

                  ◎「はい、解りました。

                           それじゃあ、いよいよ最終段階だ」

                       次に問われる言葉を期待して放ってみた。

                           (ずるいねー、我ながら(*_*;))

          PT「えっ、今度は何を思いついたんですか」

                  ◎「ここだけの話ですよ、実は、これこれしかじかで…

                           あっ、先生に言わんでよ」

                 PT「勿論です。

                       でも、決めるのは患者さん本人ですから、後悔のないようにね。

                           土壇場で回避する患者さんもいますから、大丈夫‼」

                  えらく励まされてしまった。

               しかし、ここの先生からは、

                       “紹介状発行 = 手術” だと、くぎを刺されている。

               罪悪感* 無きにしも非ずだ。

 

                   何を企んだかと言うと、

                      手術を前提にして、先生へ紹介状を依頼する。

                     そうして、総合病院執刀医の意見を聞く、

                     つまり術式を探っちゃえ‼ってことだ。

 

      診察室

                    Dr「紹介状書いたからね、〇〇先生は僕の後輩だから、腕は確かだよ。

                      宜しくと言っておいて」

                そんな雑談するゆとりはなさそうだが、とりあえず快諾してみた。

 

                   総合病院受診

                    とうとう、ここまできてしまった。

                   自分でも、この行動力に脱帽というところだ。

                   いやはや、自画自賛は他人に放出しなければ良しとしよう。

                   紹介状が出て、受診予約日まで少々時間の経過もあって、

                   現在、更に痛みは緩和している。

 

                   診察室

                   Dr「画像見たけど、これは両方痛いでしょ」

                   ◎「痛みは右が強いかな、左は痺れがちょくちょくって感じです」

                   Dr「両下肢の動き診てみようね」

                    クリニックの先生がチェックしたものと同じような内容だ。

                   Dr「動きは悪くないね、間欠跛行(はこう)もないようだし」

                    ◎「ペインクリニックの先生は 

                            “今するなら、予防的な手術だね” と言っていました。

                     整形の先生からは “簡単に痛みはとれない” 

                           と言われ手術を薦められました」

                   Dr「まず言えるのは、僕は、予防で手術はしないよ」

                    なるほど、これは頭に入れておこう。

                   ◎「もし、手術となった場合、どんな手術になるんですか?」

                   そこそこっ‼ そこが知りたい‼。

                   Dr「骨を削ることになる。

                     リスクもあるOpe. だし、決して簡単ではないよ」

                    どうやら何でもかんでも、ボルト固定すると言う訳でもなさそうだ。

                   ◎「実は、今漢方薬服用していて、もう1ヶ月くらいかな。

                    ほぼ痛みは改善してきています」

                   Dr「じゃあ、今のところは大丈夫じゃない」

                   ◎「そうですよね、この程度でリスク背負うのも難儀なことですもんね」

                   Dr「そういうこと、リスクもだけど、費用も馬鹿にならないよ」

                    懐事情にもご配慮いただくなんて、有難いことだ。

                   Dr「70を超えて、歩けないくらい痛むようだったら、決断の時かな。

                    その年齢になったら、医療費も安くなるでしょ、後期高齢でね」

                   ◎「あはっ、そうですね」

                    やはり、痛みの度合いと、QOLの極端な低下が、

                       判断材料になる事は解った。

                  ◎「先生、〇△先生に返書お願いしてもいいですか」

                  Dr「ああ、電話しておくよ」

                  ◎「宜しくと言っていました」

                   妙な日本語と思いつつ、ありのまま伝えた。

                  Dr「そうか、経過良好ということだな」

                   おー、聞かなかった事にしよっ、個人情報ってやつに触れるぞ。

                   個人的にはその風潮を否定したいが、

                      今は何かにつけ、情報の流通を邪魔する世の中だ。

 

                   という事で、私が私に課したミッションは完了した。

                  漢方薬に助けられたのは、これで2度目だ。

                  西洋薬には、即効で痛みを除去する役割があることは承知している。

                  人体構造は皆同じでも、体質やそれぞれ臓器の強度には個人差がある。

                  これまたしかりだ(=_=)。

                      そこで、我が身を実験台にできるってことは、ちょいとワクワクする。

                 決してマッドサイエンティストもどきの奇人、ではないのだが…。

                 何をチョイスするかについては、自問自答あるのみ。

                そして、お医者さまとのマッチングは(こと)の外、重要なのである。

 

              The END…(^▽^)☆彡

 

        

                 *りんどう*