長野と東京を行ったりきたりの日々
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罪業

やはり全てに理由があった。
全てが繋がった。

本人の目と言動と周囲と。

私は恩を仇で反したってことだった。

お世話になったのに、

救いを受けたのに

感謝の気持ちがいつからか薄れ
私は傲慢の塊となり

人間ではなくなっていた。

私は報いを受けなければならない。

罪に等しい罰を受ける必要がある。


本当は、

やはり全てあの時に終わらせておけば良かったのかもしれない。

全て諦めとけばこんなことにならなかっただろう。


あの時に消滅するべきだった。

仕方がないの一言では片せない。

お詫びも申し上げられない。

眼前にも立てない。

よくのうのうと出来たもんで、
人を殺しておいてもなお現場に居て、インタビューさえ受けようもんなら、平気でなにがあったんですかってインタビュアーに聞いている。
最近の殺人犯でこんなやついた。

まさか自分が同類項だったなんてね。

そのニュースを偏見を抱き差別的な目で見ていた自分が恥ずかしい。

人生はつくづくわからないもんだね。


善人面の犯罪者

サイコパス

人の気持ちを踏みにじる

キャリアを踏みにじり

家族や人生をも踏みにじり


罪業


それは神でも赦されないよ。

メシアもいない。


目に見えないものが無くなり
やがてそれは目に見えるものとなって現れるんだろう

無限地獄であるが
受け入れるしかない。


下を向いても仕方ないが
上を向けるのか?


悔い改めることが重要なんだと説いていたが
そのレベルは逸脱しているよ。
もはや、どうすることができようか。


温かさ

この一年間、色んなことがありました

その結果に色んな想いがあり、また、色んな悩みもありました
加えて、
周りに色んな想いもさせました

今のこっている結果について、
見方を変えれば、
前とも後ろとも受け止められる
正面みて素直に受け止める気持ちもあれば、
悔しい気持ちも少なからずある
別に悔しい気持ちを抱くのは悪くないし

仕方ないことなんだけど、
解ってはいるのだけど、

最後までやりたかったってのが正直な気持です。


悔やめばきりが無いのだけど、
迷惑をかけた皆さんと
こうやって最後を迎えられた事が不思議でね

本当にありがたいです。


この結果は、

ある意味で、凄い価値がある


やっていたことに対して、
方法論での間違いが多くてよく怒られたし、
なんも築いていないんだけどね、

不思議です。



これからの道を

どう選択していくかね。



本当に

お世話になりました。


苦しみからの解放

努力すれば全てが叶うわけじゃないのは知っている。

現状、諦めることを拒否している自分がいるけど、
それは見方をかえれば、
現実を受け止めていないことになる。

誰から見ても己から見ても
この組織へなにを還元できるのかわからない。
答えは必然的に決まってくる。
辞めるか
異動願いを出すこと。

ここへきて
得た事としては、
わかりたいけどわからない苦しみは誰よりもわかるのかもしれない。


毎日、全力で走っていても追い付けないし追い付かない。


周りを巻混んで手間をとらせ迷惑をかけて、そんな状況に
僕は罪を感じて
人に怯えて

約束も追い付かなくて

気合いや精神論では埋まらない差にどうするのが最適だったのか想い悩み苦しみ時間が過ぎていく


自分が周りと同調して進んでいけることが一番美しいのかもしれないのだけど、
叶うこと、叶わないこと
できること、できないことは
やはりある。

決して美しくはないのだけど、諦めるという選択も有りなのかもしれない。

周りから見れば逃げとも受け止められるが、
それは自分が決めることであって、大切なのは自らがどう捉えるかだ。

諦めるという選択は
一見、情けないものにみえるが、
それも見方を変えれば
潔いと云われるかもしれないし、
美しいとも云えるかもしれない
何かをえることは勿論大切だが、何かを捨てる事は後に何かをえることと同義だからやはり大切だ。

全ては表裏一体

意味も価値も等しいんだ

何事にも云えること


諦める。
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