今回の沖尚が コンプレックスを努力ではね返し、コンプレックスのお陰で 努力出来たと 言えるまで 脱皮した。突き抜ければ 全てが感謝に変わる。
沖縄は 戦中の日本兵の沖縄に対する軽視を
不屈の根性で お返しが 出来た。ハイさんオジさんの歌が出来た 背景には 深い悲しみが合った。
喜納昌吉の実家の近くの オジさんは 酔っぱらって、精神のいかれた、ホームレスの女性を妻の居る、オジさんの家に連れて来て、面倒を見た。 あまりにも 次から 次へて ホームレスの女性を家に上げるから、遂に オジさんの妻は精神に狂いが出てきた。自分の娘をヤギと勘違いして、料理した。
世間の人々は 妻が狂ったのは、いつも酔っぱらっている。酒飲みオジさんのせいだと 言って 子供達の中高生はオジさんに石を投げてイジメた。中学生だった、当時の喜納昌吉は
オジさん夫妻を哀れみ、喜納昌吉は オジさんを非難せずに、オジさんを励ますハイさんオジさんを作った、
喜納昌吉は酔っ払いオジさんに貴方の曲を作りますと 精神のいかれた、オジさんを励ました。
その後 精神をいかれた人々を治す、精神病の病院が 軍政化のコザに出来 た。
終戦の混乱と米兵の暴走が コザの人々にストレスを加重させた。
これを跳ね返す、
曲がハイさんオジさんです、この曲は癒しの曲です。