よろよろと歩いていた。夢も希望もない闇に浸っている気になった少年が、家を飛び出しドヤ街を歩いている。
素行不良のレッテルを貼られ、クソみたいな教師に「お前みたいな奴がいると困るから来るな」と言われた。
「そうか、なら来ないよ」と家に帰り、特にやることもなくギターを弾いたりバイクに乗ったり喧嘩をしたり。
あれから母はあまり自分に話しかけなくなっていた。何と声をかけて良いのかわからなかったんだろう。
そんな日々が数日続くと、今度は痺れを切らした親父に「いい加減にしろ!しみったれてんなら出てけ」と言われる。そうか…それなら全部いらない。と家を出た。
最初こそ僅かに残ってくれた友人とも言えない同級生の家を泊まり歩いたりしていたが、どうにもこうにも居心地が悪かった。
まあ、別にこのまま死んでも良いか。
金が尽きたらそのまま餓死で良いや。
数日経ったある日、俺は無感情にも近い状態で、何の気無しにホームレス達が集まる広場のベンチに座る。時刻は昼過ぎくらいだったか、それから日が暮れるまで特に微動だにもせず地面を眺めていた。
当時、金はいくらかあった。銭湯に入ったりも出来たし、何より駅前で座ってるとヤンギャルや、お姉さん達が声をかけてくれて、マック等をご馳走してくれたりした。ひとりぼっちでボーッとしてる少年を母性本能がくすぐったのだろうか。
もちろん今同じことをしても犬すら寄り付かない。
ただ、そんな日々も長くは続かない。
着ていた衣服は汚れていくし、金は尽きていく。風呂に入らない日々が3日ほど続き、早くもホームレスに片足を突っ込む。そうなりゃ女だって声もかけて来ない。途方に暮れると言うよりは、もうどうでも良かった。
経験をしたあの頃からずっとわかってる、あの人たちは心に穴が空いている。もう俗世の事なんてどうでも良くなる。自分が生きている事も、これからどう死んでいくのかも。
座っていた、ずっと、ベンチで。
何を考えていたのかも思い出せないし、動作を起こした事も憶えてない。ただ、日がゆっくり沈んで行くのを何となく見ていただけ。
楽しいとか悲しいとか寂しいとか、そんな感情のひとつもなく。
ただ、夏の日のことなので暑かった記憶。
ただそれだけ。
どれくらいの時間が経ったのか、辺りはすっかり夕方になっていた。突然、1人の汚いホームレスのジジイが俺に話しかけてくる。
「兄ちゃん、どうした?」
なんだこの薄汚えジジイは。俺はすぐさまに「関係ねえよ、すっこんでろ」と吐き捨てる。ジジイはそんな言葉に事ともせず
『何でこんなところにずっといる?』
『何かあったのか?』
と笑顔で話しかけてくる。
「近寄んな汚ねえ」
「喋りかけんなよジジイ」
そんなような言葉を数回放った。ジジイは『おぉ!怖い怖い』と笑顔で去って行った。
なんであんな俺に声をかけてくれたのかなんて、今の俺にもわからないんだ。それでもそのジジイは、次に落ちた弁当を持って俺の前に現れた。
ふざけんじゃねえよ。
こんなもん食えるかと罵声を浴びせる。
ジジイはバツの悪そうな顔をして、ポリポリ頭を書きながら少しのびっこを引きながら消えていく。「なんだあのクソジジイは」俺はイライラしてきた。次に来たらぶん殴ってやる。それくらいに思っていたかもしれない。
数十分か時間は忘れたが、ジジイは帰ってきた。
「これなら食えるか?」
綺麗な弁当を持ち、片方だけ口角をあげて笑う。
お前は何なんだよ、やめてくれよジジイ。
心の中では心底泣いてた。けれど突っぱねた心を、吐いた唾を引っ込めることが出来なくて。俺は「ああ…」とだけぶっきらぼうに放って、その弁当を食べた。涙目を見せたくなくて、ジジイと反対に向き遠くを見る。走る車や、遠くのビルが涙で滲んだ。どこぞで拾ったか貰ったかしたゴミの弁当は、世界で1番美味しかった。
…
そのジジイは【本間】と名乗った。漢字は合ってないかもしれない。俺は自分の名も名乗り「どうした?」としつこく聞いてくる本間さんに、少しずつ自分に起きた出来事を話していく。
気づいたら息が出来なくなるほど泣いていて、けれど本間さんは特別何か言葉を発することもなく「うんうん」だとか「そうかそうか」と、相槌だけしてくれていた。そこに最初の恥ずかしさもなく、子供のまんまで泣いていた。
全て話し終えた頃には夜もとうに更けていて、「今日は遅いからそろそろ寝なさい」と「明日も話していいか?」と優しく俺に言ってくれた。
「うん」と一言だけ。
本間さんは俺が寝ようとするベンチの真横にゴザを持ってきて、近くで寝てくれた。今思えば、夜の繁華街の外れの外れ。守ってくれてたのか、少しでも安心させようと気を使ってくれてたんだろうか。案の定、安心した俺は泣いた疲れと緊張の糸の切れ目で泥のように眠った。
次の日にはすっかり本間さんに懐いていて、俺はそれからこの本間さんと生活することになる。
これは、俺と第2の父の話だ。
続