站椿というのは、同じ姿勢でしばらくの間、動かず立つことで功を練る、割とポピュラーな練習方法です。
意拳に限らず、いろいろな拳法で行われている、基本的で重要な練習方法です。
意拳なら渾元椿、他の武術なら馬歩や弓歩で格好よく立ったりします(個人的に割と好きです)。
見た目が日常生活にない光景なので、神秘的、秘伝的な扱いをされることも多いです。
そのため、凄く低くて、長時間の站椿ができれば功夫が高い、強いのではないか?、そう考えがちです。
確かに長時間できたら、凄い! のですが、じゃあ、実際の効果はどう? ということになります。
例はなんでもいいですが、例えば違う銘柄の胃薬が2種類あるとして、内容の成分が違えば、強さや効き目は違うと思います。
同じように、站椿も目的により方法は変わります。
意拳は多くの場合、腰の位置が高い站椿なので、10分ぐらいから2時間ぐらい、長時間、立つことができます。
その際に体に強い負荷がかからないので、疲れや緊張を伴わずリラックスした状態になります。そのため体の内部感覚が鋭くなり、長時間にわたって感覚や勁力を十分に養うことができます。
外家拳のような、足を深く曲げて、低く沈めた馬歩の場合、一般的に体には強い負荷や緊張がかかるので、それほど長く立つことはできません(ただ、長く練習された方や体重の軽い子どもは20分くらい立てるそうです)。それはそういう困難な状況をあえて作り出して、そこから各種のリラックスや姿勢、下半身の安定等を求めていく、そういう稽古方法です。実際、散手(自由組手)やスパーリングで、馬歩のような低い体勢は瞬間的に現れますが、その高さでずっと戦うことはありません。身体を低くできないのはダメですが、1時間も立つ必要があるかは習っている先生に聞いた方が良いでしょう。
両方は目的が異なります。意拳でも低い站椿をやったり、他でも高い站椿をやったりもします。
習い始めは根性でやるのもいいですが、一通り習ったかなと思ったら、理由を考えて稽古しましょう。