元気のないお肉たち。
運動して、美味しいお肉になりなさーい!

そして
お肉だけでなく、野菜もしっかり食べよう!

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一年生のHくんが、
この本面白いアップと言いながら読んでいましたニコニコ

はしれ!やきにくん
塚本やすし 作・絵
ポプラ社  出版社
色々な思いで迎えた3/11

かつて、教室で学んでいた生徒が
満開の桜を運んで来てくれました。

阪大  慶応  早稲田(2人)  武蔵美
よかったねブーケ2嬉しいねクローバー

中学のときに引越してきたKさん。
中学入学のときに引越してしまったにもかかわらず、池田先生の公文がいい!と通信で頑張ったRくん。
小学五年から高3まで学習をしてくれたKくん。

高校を卒業して、次のステップへ踏み出す前に、教室に来てくれました。

嬉しいことこのうえないラブラブ

Rくんは大学合格通知を先生に見せたかったと持って来てくれました合格

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頑張ったね。

3人に共通するのは
英語コンプリートしたこと。
最終教材を修了し、そして自学自習で頑張ったアップ


先生の教室で学習してくれてありがとう。
先生の生徒になってくれてありがとう。
いつまでも、ずっとずっと応援しているよ。
いつでも、ここにおいで!!

本当にありがとうニコニコ

猫は生きている [ 早乙女勝元・田島征三 ]
¥1,575
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昌男の家のえんの下に、
一ぴきののら猫が住むようになりました。
白地にセピア色のまるいはんてんがいくつもあって、
大きな目がりんりんとした、とてもりこうそうな猫です。

なにかおいしそうなものがあると、さっととびだしてきて、
口にくわえるやいなや
またひとっとびに、かくれ家にもどってしまうそのはやいこと。
まるで稲妻のようなので、稲妻という名まえをつけました。

その稲妻は赤ちゃん猫を育てていました。

昌男と母さんと妹二人
そして稲妻と子猫4匹
東京大空襲に合うのです。
妹は焼夷弾が背中に・・・
母とはぐれた昌男。
稲妻と一緒に空襲の中を逃げる昌男。
右も左も
前も後ろも・・・火の海・・・

空襲の様子を
稲妻と子猫たちの目線からも描いています。

我が子が焼夷弾にやられ死んでいく様を
どうする事も出来ずに叫ぶことしかできない母。
そして、まだ残されている命を守るために
命を失った子どもを見捨てて逃げなければならなかった母。
その気持ちを思うと、切ないのを通り越して
もう想像もつかないのです。

火の渦があちらこちらで火柱になって踊っている・・・

真黒になって、


焼野原のあちこちには、なにやら、くろい丸太でもつみあげたような山がいくつもありました。
みな、人間の死体です。
(略)
公園にも、学校にも、運河にも、ものいわぬ死体は、
るいるいと横たわり、うずまっていました。


平和な今だからこそ、
しっかり子どもたちに伝えなけれななりませんね。

作者の早乙女さんは、子供向けの戦争の本をかかれていますが、
もっと小さな子にもわかりやすいように・・・と、この絵本を作られたそうです。
絵を描いた田島征三さんは、大阪の空襲で遊び仲間をみんあ失ったそうです。
(田島さんは疎開して空襲をまのがれたそうです)


小学3・4年の時の担任だったあき江先生
5・6年の時の担任だった めい子先生は
はだしのげんをはじめ、戦争の本をたくさん紹介し読んでくれました。
猫は生きているもその中の一冊。

幼いなりに皆がずっと平和な日本にしていくんだ!と
心の中で拳を振上げたあの日。
あれからもうずいぶんたって、あの時の先生の年齢の息子を持つ私は、
どれだけの子どもたちに心の中で拳を振り上げさせることができただろう・・・

平和な
戦争のない
武器を持たない
そんな日本を子どもたちに作ってほしい。

だから今、先生と呼ばれることをしているのだな・・・





せんそう 昭和20年3月10日東京大空襲のこと[本/雑誌] (児童書) / 塚本千恵子/文 塚...
¥1,260
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絵本作家 塚本やすし氏の母千恵子さん(ちこちゃん)は、
六歳の時この空襲にあいました。

お兄さんは田舎へ疎開へ。
お父さんは兵隊になり戦争へ行ってしまいました。


そして
昭和20年3月10日深夜・・・

おかあさんが作ってくれたお人形を持って、
焼夷弾が降る空襲の中
火の海の中逃げたのでした。

火の粉がちこちゃんの服にかかり
燃えてしまったのです。
その火の粉を消すべく
ちこちゃんのお母さんはちこちゃんに覆いかぶさり・・・・


一面の火の海。
たくさんの遺体。

今日実家の父に改めて話を聞きました。
小学生のころ、寝るときによく空襲の話をしてくれました。

父は大田区六郷(箱根駅伝1区六郷橋のすぐ近く)生まれ。
小学校3年生だった父。
3月9日夜布団に入ってそろそろ寝ようか・・・というときに
空襲警報が鳴って、いったん静かになったと思ったら、
B29がたくさん蒲田の方向から飛んできたと。

見ると蒲田の方向が真っ赤に燃えて、
B29と人と火が迫ってきて、
みんな多摩川の河川敷に向かって走っていたと。

父は両親とすぐ上の姉さんと妹と一緒に、どてらをかぶって
丸子橋(父の母親の実家)を目指して走った・・・
爆風でどてらが飛ばされて、あー!!と空を仰いだら、
どこからともなく布団が降ってきてそれを被って逃げたそうです。
途中家族がはぐれてしまい、姉さんと二人丸子へ向かって
無事にみんなで会えたと。
姉さんと言っても一つ上なので、小学3年と4年の子どもが、
あの空襲の中、手を取り合って約5キロの道のりを
逃げたのかと思うと涙がこぼれました。

父は、初めて人が死んでいるのを見た。
それもひとりふたりではなく
多くの人が焼けて死んでいた姿を見たと。
近所のおばちゃんが焼夷弾にあたった姿も見た。
今も鮮明にその光景を思い出せると言っていました。


ひもじい思いもした父の子ども時代。
疎開していたのに、お兄さんの出征を見送るために
六郷へ帰ってきたときに空襲にあった父。

私が子供のころ、食べたいというものはなんでも食べさせてくれました。
それは、自分が子供のころ、おなか一杯食べた思い出がなくて、
いつもおなかを空かせていたからだということを、
小さな私もよくわかっていました。

もうすぐ80歳になる父。
うちの息子たちに、もっともっと空襲の話をしてもらわないと。

明日は結婚してアメリカへ渡った空襲を一緒に逃げた姉さんが、
15年ぶりに帰国して会えるとうれしそうに話してくれました。
山ほどの思い出話を、一日じゃ語りつくせないでしょうね。
久しぶりの再会が空襲の日。
あの日の思い出話もするのでしょうか・・・・


ああ いそがしい いそがしい! (児童図書館・絵本の部屋)/評論社
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とってもいい おてんきなのに
ママはあさから
ごきげんななめ。

すごくいそがしいんだって。
ぼくは自分の部屋で
良い子にしていたよ。

急に家中がしいんとなって・・・・


忙しくて忙しくて
やらなきゃいけないことが満載で、
ちゃんとやっているのに
なかなか片付かなくって・・・
気が狂いそうになることって
あるでしょ。

この子のママもそうだったんだ。

そこへ救いの手を差し伸べてくれたのは
最愛のわが子。

もう
なにもかもぼくの魔法で消しちゃえって。

そしてママの手を引っ張って・・・


とびっきりのものを二人でみたよ。

ふたりっきりで。


忙しくてわが子に八つ当たりしたこと
一度や二度じゃなかったな。
それでもいつも
息子は私の味方でいてくれた。

ここ数日、
悩み多き母に手を差し伸べてくれたのも息子。
日々深夜帰宅にもかかわらず、
母の話に耳を傾け、この本を読んでみたら・・・と
本まで貸してくれた・・・。

そんな我が子を誇らしく思ったこの頃。

子どもって
時々とびきりの魔法で、お母さんを楽にしてくれるよね。

ありがとう、りょう。
きょうも何とか頑張れました。

そして
この絵本を読みたくなったのでした。